04.16[木] / 埼玉県 / 川口市立映像・情報メディアセンター メディアセブン

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ドロセラ・ルピコラ(Drosera rupicola)オーストラリア産の球茎モウセンゴケ【画像提供:木谷美咲】

主婦の木谷美咲(きやみさき)さんはある日、園芸店で食虫植物(ハエトリソウ)に一目惚れ。それ以来、すっかり食虫植物に魅了された彼女は、自宅で70種類以上の食虫植物に囲まれて暮らしているらしい。



木谷美咲さん

 こんな美人を“奴隷”にしてしまうとは、食虫植物恐るべし。植物は平和的で静かなイメージがある。しかし「食虫植物」は植物でありながら自発的に虫を捕まえて食べる。正直に言う、獰猛で攻撃的、そしてちょっと不気味なイメージがあった。

 一体、食虫植物とはどんな植物なのだろう? 木谷さんから直接話を聞けばその魅力が分かるかも知れない。彼女のトークショーに足を運んでみた。

 会場は川口駅前にある川口メディアセブン。月に二回ほどトークショーが開催されている。内容は身近なテーマからマニアックなものまでかなり幅広く、仕事帰りの人が立ち寄ることも多いのだとか。今回は木谷さんがこれまでに出版した本が販売され、ハエトリソウをモチーフにした『ハエトリくん』のグッズが書籍購入特典として配布されていた。





 さらに客席前には様々な植物が並べられていた。これら全て食虫植物だそう。一言に食虫植物と言っても、こんなに色々な種類があるのか。どれもユニークな姿で非常に面白い。そして、想像以上にきれいでカッコいい。トークショー開始前から食虫植物への期待がぐっと高まる。







 食虫植物が植えてある器もとてもオシャレ。素朴な素焼き、コロンとした球体、ゴシックな雰囲気の黒いガラス製、などなど。木谷さん曰く、デザート皿などモダンな器と食虫植物を合わせる方法なども本で紹介しているそうだ。



【注意】虫の画像が出てきますので、苦手な方はご注意ください。

10年に及ぶ食虫植物と彼女の関係、そして多彩な罠。

木谷さん「今回のトークショーは『私、食虫植物の奴隷です。』というタイトルなわけですが、皆さんが興味をお持ちなのは“奴隷”でしょうか? それとも“食虫植物”でしょうか?(笑)」

 冗談交じりにトークショーを始めた木谷さん。「おそらく、“食虫植物”に興味がある方がほとんどかと思うので、今日は食虫植物についてお話ししますね」と笑顔で続ける。

 彼女が食虫植物に初めて出会ったのは2005年。食虫植物という存在は知っていたものの、初めて見たハエトリソウの姿に驚き、惹きつけられたという。 「こんなに素敵な形の植物があるなんて! そして虫を食べるなんて、なんて不思議なんだろう」。まるでハエトリソウが話しかけてきたように感じたそうだ。

 食虫植物とは虫を食べる植物の総称。虫をおびき寄せ、捕まえ、消化吸収して栄養にする。660種以上12科19属もの食虫植物がある。そして虫を捕まえる方法も多種多様だ。

挟み込み式:ハエトリソウやムジナモなど
二枚貝式になった葉(補虫葉)で虫を挟み込む。



 ハエトリソウの場合、トゲトゲがついた補虫葉の内側にある感覚毛に2回以上短い間隔で触れることによって、葉がわずか0.1秒で閉じる。葉が閉じてしまうと、もう逃げ出すのは不可能に近い。恐ろしい『ハエトリソウの柩』だ。 どんどん消化吸収された虫はミイラのようになり固い外骨格だけが残ることもあるが、雨や風などにより外に排出される。パクパク虫を食べそうなイメージがあるが、意外と虫を捕まえる能力は低いそう。



落とし穴式:ウツボカズラ、サラセニア、セファロタス、ヘリアンフォラ、ダーニングトニアなど
ツボのような変形した葉の中に虫を誘い込む。この捕虫器と呼ばれる袋には消化液が入っており虫が落ちるとどんどん底に沈む。そしてやがて消化されるという仕組み。

木谷さん「私が食虫植物を魅力的と思うように、虫も魅力的に思うんでしょうね。そして『たまらん〜!』と食虫植物に向かっていってしまう。そういう意味では、私は虫の気持ちが分かる気がします」

 艶めかしい曲線を描くその袋、意味深げに開けられた入り口。そこからは虫が好む匂いが出ているかもしれない。確かに思わず入って行ってしまうかも……。



粘りつけ式:モウセンゴケ、ムシトリスミレ、ドロソフィルム、ビブリス、ロリドゥラ、イビセラなど

葉の縁や表面にネバネバした粘液がついた腺毛が生えている。虫の羽や足がくっつくと、消化液が出てきてそのままじわりじわりと溶かされてしまう。最後は吸収されて黒い点のようになるそうだ。恐ろしや。



ドロセラ・システィフロラ(Drosera cistiflora) 南アフリカ産の塊根モウセンゴケ【画像提供:木谷美咲】



 捕虫葉を拡大して見ると、腺毛の先に水滴のような粘液が付いている。これが朝露のようにキラキラしてとてもきれい。思わず触りたくなってしまうが、虫も同じような気持ちになるのだろうか。マニアはこのように部分部分を拡大し、“ミクロ”目線で見る人も多いらしい。



 水滴のように見える部分が粘液 。食虫植物にはあまり臭いものはないが『ドロソフィルム』 はなかなか強烈だそう。(ケモノ臭さ+死骸が腐った臭さ+青臭さ)÷3=近所迷惑になるぐらいの臭さ、だとか。



 可愛いらしい花を咲かせるムシトリスミレ。これも食虫植物とは驚きだが、下にある葉の部分で虫を捕まえるそう。綺麗な花で虫をおびき寄せているのだろうか。

木谷さん「一つの植物の中に“天国と地獄”があります。なんというか因果を感じさせますね」



 コスモスのような花を咲かせる『ビブリス』。「とてもきれいな植物ですが、線状の葉で虫を捕まえまし。 こんなに繊細なのに食虫植物なんですね〜!素晴らしい!」と興奮気味な木谷さん。この可憐さと残忍さのギャップに萌える。分かる気がする。



 ツノゴマ科の『イビセラ・ルテア』。英語では“デビル・プランツ”、日本語では“悪魔の爪”、“旅人泣かせ”とも呼ばれる。木谷さんが実際に実を持ってきてくれたが、先端から2本の鋭く大きな鉤状の角が生えている上に、果実全体にも細かいトゲが沢山生えている。確かにこれを踏んだら泣く。なんて凶悪な形なんだろう。

木谷さん「ある意味食虫植物“らしい”形です。神経に触るというか、感覚を刺激する形ですよね」
また、食虫植物の学名は『ドロセラ・システィフロラ 』、『ドロセラ・スコルピオイデス 』などまるで呪文のよう。和名がないものも多いらしいが、学名での呼び名もミステリアスで素敵に思える。

吸い込み式:ミミカキグサ類、タヌキモ類。

 水中や土中に伸びた地下茎に低圧状態の小さい袋を持つ。袋の入り口にあるトゲに虫やプランクトンが触れることにより、袋のドアが開きスポイトのように水と一緒に虫を吸い込んでしまう。





 まるで立てた耳かきのように見える『ミミカキグサ』や、ウサギそっくりな白い花を咲かせる『ウサギゴケ』。ウサギゴケの花は本当にかわいらしい。

迷路誘導式:ゲンセリア属
食虫植物の罠の中でもかなり複雑な仕組みだそう。逆Y字の細かい管状になった葉が、地面の下に迷路のように広がる。そこに迷い込んだ虫を消化室へ誘い入れる。一度入ると出てこられない恐怖の地下迷路だ。

あの手この手で虫を食べる食虫植物だが、逆にバッタなどの虫に食べられてしまうこともあるとか。自然の世界は厳しいのだ。

アヴァンギャルドでエロティック! 食虫植物の魅惑。

 様々な形態とその罠を知り、ますます食虫植物に興味がわいてきた。ここからはお待ちかね(?)木谷さんを虜にしてしまった食虫植物の魅力をたっぷり語ってくれた。

反逆の精神が宿っている

 通常なら食物連鎖のピラミッドにおいて、底辺の存在である植物。それなのに上位である虫を捕えて食べてしまう。さらに栄養が乏しい土地でも虫を食べ、他の物を糧にして生き延びる術を持っている。当時、辛いことが多く上手くいっていなかったという木谷さんは、そんな食虫植物の生きることへの執念を感じさせる姿に勇気づけられたそうだ。

機能美

 虫を捕まえるからこそ、罠だからこその美しさがある。その形になったのには意味があり、だから美しいと思えるのかもしれない。美しいから虫を捕まえられる、虫を捕まえるから美しい。

官能美

 例えばハエトリソウの英名『ビーナスフライトラップ』。ビーナスには女性器という意味もあるらしく、“その形”に似ていることから発見者が名付けたのだとか。また、刺毛がビーナス(女神)のまつ毛のように見えるから、と言う説もある。どちらにしてもちょっとエッチで素敵だ。

 また、食虫植物は形、色、粘りなどもエロスを感じさせる。そうしたセクシーさも虫を、人を惹きつける一因かもしれない。

木谷さん「食虫植物は“セイ”を感じさせます。漢字で書くと“性”であり、“生”でもあります。この二つは同じことだと思うんです。食虫植物ほど生きることを感じさせる植物はないでしょう。

パイオニアプランツとも呼ばれていて、山火事の後のような他の植物がまだ生えていない、生えられないようなところでも育ちます。食虫植物が生えているのは主に湿地や岩場。栄養が乏しい土地、いわゆる痩せた土地に生息するものが多く、不足する養分を捕虫によって補っていると考えられます。虫を食べてでも生き残ってやる! というガッツを感じますね」



食虫植物を観察しながら死ねたら本望!?

 食虫植物は5〜7月が観察のベストシーズン。さらに、湿っていて低い場所に生えることが多い。 湿度が高い土壌に腹ばいになって観察していると、上からは太陽が降り注ぐ。皆さん熱中症になりかけながら観察するそうだ。立ち上がる時にクラクラしてしまうこともあるらしいが、愛好家の方々は『食虫植物を観察しながら死ねたらいいなー』と話しているのだとか。なんという食虫植物への愛情だろうか。泥まみれ、水浸しになるそうだが、とても楽しいと木谷さんは目を輝かせていた。

 ちなみに、食虫植物は色々な植物を育ててきた園芸家達が最後に迷い込む“袋小路”らしい。育てるのが難しく、行けども行けどもゴールはない。20年以上のベテラン園芸家さんでも育てるのは難しいとか。そんなところにいきなり飛び込んでしまった木谷さん。今では立派な食虫植物マニアだが、当初は園芸用土という存在すら知らず、学術名が飛び交うマニア達の会話にあっけにとられたらしい。





 しかし、現在ご自宅のベランダには食虫植物の鉢が所せましと並べられ、園芸店か植物園のよう。

木谷さん「最初の頃は(食虫植物を)すっごい買って、すっごい枯らしちゃいました。でも、折角育てるなら、簡単なものより自分が好きなものをお勧めします。難しいものだったとしても、愛しているから頑張れるということもあると思うんです。人と一緒ですね(笑)ずっと一緒にいると、感覚として『この位置がいいよね?』とか、『もう少し水欲しい?』とか、分かってくるんです。言語化しにくいんですが、そういうところが栽培においては大切ですね」

食虫植物が望むことを感じ取り、尽くす。まさに“奴隷”状態だが、木谷さんは楽しそう。食虫植物を育てられるようになると、他の植物がとても簡単に感じられるそうだ。難しいからこそ、ロマンがあるのかもしれない。

ちなみに『虫をあげたほうが良いのか?』という質問を良くされるそうだが、食虫植物は虫のみを食べてエネルギーにしているのではなく、基本的には光合成能力がある。自分で栄養分を合成出来るので特に必要ないとのこと。虫を捕まえて食べることは非常にエネルギーがいるので、与えすぎると弱ってしまうこともあるらしい。

愛しすぎて(!?)食虫植物を食べちゃった。

 木谷さんの食虫植物への愛は、鑑賞・育成だけにとどまらず、調理して美味しい食べ方を研究するまでに至っている。





 ウツボカズラのフライ、ウツボカズラにご飯を詰めたウツボカズラ飯……。奇想天外にも思えるが、マレーシアの山岳民族は携帯食としてウツボカズラ飯を食べるらしい。持ち運びしやすく、捕虫器内の消化液には殺菌効果もあるのだとか。ちなみにウツボカズラのお味は酸っぱいそう。



 探究心旺盛な木谷さんは、なんと『食虫植物フルコース』まで作ってしまった。サラダ、鉢植え風フライ(鉢植えから伸びたつるの先にある捕虫器が、そのままフライになっているように見える!)、チョコレートコーティングしたものなど、食虫植物づくしのメニュー。

 しかし、調理中はかなりの違和感と罪悪感にさいなまれたらしい。食虫植物をペットに置き換えればその気持ちが良く分かる。

木谷さん「料理を作っているうちになんだか辛くなってきてしまいました。可愛がることと、食べることは別ですね。もう食虫植物料理を作ることはないと思います……」



 さらには「昆虫料理研究会」ともコラボ。マダガスカルゴキブリの素揚げとウツボカズラの天ぷらはあっと言う間に無くなってしまったとか。また『蝉&食虫植物バー』というイベントも開催された。大皿にてんこ盛りの蝉、なかなか衝撃的なビジュアルだ。セミのコンフィ、セミの親子串揚げ、セミ味噌などなど、ユニークなメニューは大人気だったそうだ。

木谷さん「食虫植物をあまり料理したくないのは、心情的なもの以外の理由もあって……。結構値段が高いんですよ。でも、蝉ならそのへんでたくさん取れて、タダだから良いですね」

昆虫食も極めつつある木谷さんは、昆虫食に関する本も共著で出版している。虫嫌いの人が見たら卒倒してしまいそうな表紙だが、見方によってはなかなか美味しそうである。

桜毛虫のおこわ:桜の葉を食べて育つので、ほんのり桜味がするとか。バッタフライ:羽を広げるようにして揚げるなど、ビジュアルにもこだわった。カミキリムシの照り焼き:木谷さん曰く「想像するだけでヨダレが出る」程美味しいらしい

 愛する食虫植物と同じように、虫を食べてみたい! という気持ちもあったのだろうか? 物事の見た目やイメージにとらわれず、どんどん新しい世界への扉を開けていく木谷さんの好奇心と探求心は素晴らしい。



 その他にも多数の本を出版している木谷さん。食虫植物と多肉植物を扱った『マジカルプランツ』は台湾でも出版されている。







 サラセニアという食虫植物の魅力を活かしたアレンジメント作品を紹介する『サラセニア・アレンジブック』は、美しい写真も特徴的。食虫植物をテーマにした小説集には、ある日妻が虫を食べるようになるというホラー的な作品「食虫植物の妻」 も収録されており、こちらも興味深い。

 色々な食虫植物の写真、貴重な体験談、面白い裏話などが満載で、 二時間のトークショーはあっという間に終了。木谷さんの言葉の節々、食虫植物について語るときの瞳の輝きから、本当にこの人は食虫植物を愛しているんだなぁ、ということが伝わってきた。

 そして、食虫植物とは、こんなにも魅力的で興味深いものだったのか!少し大げさかもしれないが、感動に近い驚きと喜びを感じた。

いつも一緒? 身に着ける食虫植物

 食虫植物を育て、食べ、愛でている木谷さん。ファッションにも取り入れている。ハエトリソウがモチーフの本革製帽子「ハエトリ帽」は、きちんと感覚毛もついている。職人さんによる手作りだそう。また、胸元には同じく革製のハエトリソウネックレスが。可愛い!





 トークショー後には、お客さんたちが食虫植物を興味深そうに眺めたり、写真を撮ったりしていた。初対面同士の人がほとんどのようだが、目の前の食虫植物や自分が育てている植物について意見を交換する姿も見られた。









 お土産にモウセンゴケの仲間「ドロセラ・カペンシス(和名アフリカナガバモウセンゴケ)」をいただいた。食虫植物は育てるのが難しいが、この種類は比較的育てやすいらしい。繊細な腺毛、そこからじんわりと染み出す粘液。なんだか可愛らしく思える。

 明日鉢を買ってきて植え替えてあげなくては。どんな土が良いのだろうか? 置く場所はどうしよう? 水はどのくらいやれば良いのだろうか? 気づけばインターネットで情報をあさっている自分がいた。最初は少し気味悪く思っていたのだが、すっかり食虫植物に魅了されてしまったようだ。“食虫植物の奴隷”になる日は近いかもしれない。

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(文・写真/篠崎夏美)

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