並木裕太『日本プロ野球改造論』
バブル華やかなりし頃、老舗企業に好感度アップと人材確保のために、企業イメージを一新する提案をすることが何度かあった。
ある倉庫業に、マークを変えましょう、イメージカラーを設けましょう、とプレゼンをした。全く反応が無かった。しばらくして年配の役員が「俺ら倉庫屋は、地味で汚いものと決まっているんだ、そういうものなんだ」とぽつりと話した。当然、プレゼンは不調に終わった。

この本の著者、並木裕太さんは気鋭の経営コンサルタント。若干34歳のときにプロ野球オーナー会議でNPBの改革案をプレゼンする機会があったが、約1時間のプレゼンを聞いたオーナーたちの反応も、似たようなものだったようだ。いくつかの質問はあったが、加藤良三コミッショナーは何もしゃべらなかったそうだ。

このとき、並木さんの「プロ野球は改造すべきだ」という思いは、確信に変わったという。

この本には、NPBの改革案が具体的に述べられている。

NPBは、観客動員数が減少し、地上波テレビから中継が消えようとしている。様々なコンテンツが出てくる中で、プロ野球の売り上げ規模は過去20年、ほぼ横ばい。これに対しMLBは売り上げを4倍に伸ばしている。
WBCで連覇したように、NPBの実力はある部分ではMLBに肉薄しようとしているにもかかわらず、ビジネス面では大きく水をあけられているのだ。

並木さんは、NPBの現状を、技術力は高いのに、業績が伸び悩む日本の大手家電企業に例えている。

なぜそうなったのか?並木さんは、NPBには全体を統括する強いマネジメントが不在であり、リーグ全体の利益を追求する「リーグビジネス」の発想がないことを指摘している。また、NPB全体をコンテンツと考えれば、当然推進しなければならない「戦力均衡」の発想もない。

この指摘は、目新しいものではない。スポーツ経営のオーソリティである帝京大学の大坪正則教授が早くから指摘していることである。

ただ、並木さんはもう一歩踏み込んでいる。
MLBには、野球改革のために常に強力なコミッショナーが存在したことを紹介し、名誉職に過ぎない日本のコミッショナーとの対比を強調している。並木さんは、楽天イーグルスが創設された時に、自ら売り込んでビジネスに参画し、ダイナミックプライシングシステム(価格変動制チケット)の導入などを手掛けている。
現場に身を置いての実感なのだ。

本書の第2章では球団の経営に参画し、プロ野球の改革を目指している若手ビジネスマンへのインタビューを行っている。
私はこの章を読んで、気持ちが明るくなった。古い体質が一向に改まらないNPBだが、志を持った有為の人材が、内部から改革を進めているのだ。やはりパリーグの方が改革の風は強く吹いているようで、PLM(パシフィックリーグマーケティング株式会社)を設立し、リーグビジネスを展開しようとしている。
とっくにすたれている放映権ビジネスにしがみつくセリーグと比べて、パリーグはかなり進化している。

予想されたことだが、全体としてNPBがいっかな変わらないのは、渡邊恒雄氏をはじめとする老人が実権を握っているからだ。彼らはスポーツビジネスの何たるかを知らず、興味も持たず、ひたすら既得権益の保持に血道を上げている。
しかし、こうした人たちが一線を退けば、新しい経営陣の手によって、NPBの改革は一気に進むのかもしれない。人材は育っているのだ。

この本ではさまざまなビジネスの提案もされている。中にはもろ手を挙げて賛同できないものもある。

MLBの球場では席数を減らしてVIP席を作ることで収益を向上させている。NPBでもこれを真似る球団がでてきているようで、先日は横浜スタジアムがバックネット裏の放送席を廃止してVIPルームを作った。森永卓郎氏が憤慨していたが、これなどは、社会構造の違うアメリカのやり方をそのまま導入するのが正解とは思えない。

また、MLBの球場で展開されているテーマパーク的な周辺アトラクションなども、日本でそのまま実施するのはどうかと思う。

さらに、韓国野球が球場で騒ぎたいだけのライトユーザーを獲得して観客動員を増やしていることも紹介されている。応援団が大嫌いな私にしてみれば「やめてくれ」と言いたくなるような話ではある。

しかし、大局観に立つならば、そうした疑問符のつくアイディアも含めて、ビジネスを変革することが重要なのだ。少々の喧騒には目をつぶって、NPBの改革を見続けていきたいと思う。

当サイトの読者の中には、自チームが勝てば幸せ、あるいは企業努力の結果としてチーム力に差がつくのは仕方がないと言う意見の人も多い。

それはそれで一つの見方ではあるが、プロ野球と言うコンテンツが複数の球団の競合関係を見せることで成り立っていることを考える視線も持つべきだと思う。

どこの球団のファンであっても、プロ野球ファンであるという前提を外すことはできないのだから。

本書は、そういう視点をもたらしてくれるという点でも必読だろう。