■盛り上がりを見せたJFLのダービーマッチ

今年はずいぶんと早く桜の開花が早い。

とはいっても、のんびりポカポカ陽気が続いてくれればいいのだけれど、そういうわけでもない。

夏日になったかと思えばいきなり10度以上も気温が下がったりと寒暖の差が激しいし、やたらと風の強い日も多い。砂煙が街中にやってきたり、大陸から黄砂やイヤな感じの物質が飛んできているとの情報も聞こえてくる。なんだか、目まぐるしく変わる天候に桜がビックリして蕾をほころばせてしまったかのようだ。

しかしながら東京にも例年より早い開花宣言が出された3月16日は、実に暖かい春の日差しが降り注ぎ、風も穏やかな絶好のサッカー観戦日和になった。

観戦カードに選んだのは、もちろん冬の間から決めていたJFL第2節『S.C.相模原vsFC町田ゼルビア』のダービーマッチ!

スタジアム外にはいくつかのグルメトラックが出店していて、なんとなく気分で選んだ佐世保バーガーの味は絶品だった。ちょっとのんびりした調理だったので、ハーフタイムに並んだところ後半が始まってしまったのはご愛嬌だったが。もし麻溝公園競技場に足を運ぶ方がいらしたら、キックオフ前に時間に余裕をもって並ばれることをオススメする。味は絶品だ。

■町田のプレーからは余裕が感じられた

S.C.相模原のJFLホーム開幕戦は、1-4と大差での敗戦となった。

とはいえ相模原の司令塔・佐野裕哉がケガで本調子からは程遠かったこと、それでも前線の御給にくさびのパスを入れながらサイドを突いて少なくないチャンスを創り出せていたことを考えると、そこまで悲観するようなゲームではなかったと思う。

前半終了間際の失点は不必要なファウルから直接FKを決められたもので、後半アディショナルタイムには前がかりになった裏をカウンターで突かれて失点した。

町田は主力が大量に抜けたとはいえ、やはり1シーズン、Jリーグで過ごした経験は大きかったようで、ゲーム運びにも余裕が感じられた。サポーターの数や応援の質、ボリュームでも町田が圧倒していた。相模原サイドの応援でスタジアムに一番響いていたのがメインスタンドで観戦していた少年団の声だったのは寂しい限り。J2昇格を本気で目指すのであれば、努力はピッチ上の選手だけが求められるものではないと思う。

■WBCの侍ジャパンは残念ながら準決勝で敗れた

ところで、Jリーグ開幕とタイミングを同じくして行われていたのが第3回WBCである。ご存じのとおり、侍ジャパンは残念ながら準決勝で敗れ、3連覇はならなかった。

とはいえ、第2ラウンド・台湾戦の粘り腰は見事であったし、準決勝も勝つチャンスはあった。国内組オンリーの戦力を考えると、立派な戦いぶりだったと思う。

ただ、ちょっと気になることがあった。日本が戦った第1ラウンドは福岡で行われたが、好調なテレビの視聴率とは対照的に、球場の客足は伸び悩んだというのだ。

確かに、第1ラウンドで対戦したブラジルや中国は日本からしてみれば格下。

ブラジルのことを自信を持って『格下』と言えるのは、やはり日本が野球先進国であるから。ブラジル人が、日本人を『サッカーが下手な人』の例えで出すように、日本は、まだブラジル人のことを『野球の下手な人』として呼ぶことはできようか。

■野球が日本で強く根付いていると実感

ヤフオクドーム(このネーミングもいかがなものか)はレギュラーシーズンのソフトバンクホークスの試合は満員御礼。一方で、日本代表チームの試合は、閑古鳥とまでは言わないまでも空席が目立ち、選手たちもちょっと気にしていたという。

この関係性は、サッカーの歴史ある国の代表チームとクラブのファンとの関係と似ていやしないか。

オラが街のクラブのホームゲームには必ず繰り出すけど、代表戦、しかも勝つに決まってるような格下の相手との試合ではスタジアムがなかなか埋まらない。そんなのはヨーロッパではよくあることだ。

この代表≦クラブの関係は、その競技の“根付き度”を表しているともいえよう。

サッカーに比べて野球がいかに日本で根付いているかが、はからずも炙り出されたカンジがする。

相模原vs町田のゲームには、翌日に行われたJ2の何試合かを上回る、JFL第2節最多の4,893人が入った。

いつか、Jリーグはカテゴリー1から3までお客さんがいっぱい入ったけど、代表戦の集客はイマイチだった……、なんていう日が来るだろうか。

■著者プロフィール
永田 実(ながた みのる)
1975年8月22日生まれ。神奈川県相模原市出身。元TOKYO FM アナウンサー。Rマドリー、バルサ、マンチェスターU等、来日したビッグクラブの親善試合を実況。
2007年、TOKYO FM を退社し、スポーツコメンテーター、ナレーターとして第2の人生にチャレンジしている。