2012年早々から“牛丼値下げ戦争”が勃発した。業界3位の松屋は、これまで320円だった牛めし並盛の定価を、1月16日から280円に値下げ、トップを走るすき家の牛丼並盛280円と肩を並べた。さらに、2位の吉野家も期間限定(1月31日まで)ながら、牛丼並盛を380円から110円も値下げして270円で提供している。

 もはや限界とも思える牛丼業界の低価格競争だが、さらに熾烈になるのではと見る人もいる。その引き金は、すでに日本が交渉参加を決めているTPPだ。

 参加国間での関税が基本的にすべて撤廃されるTPPが発効になれば、当然、海外産の安い食品が大量に流通することになる。食品業界に詳しいジャーナリストの吾妻博勝氏も「TPPによって、国産の食材にこだわらない外食チェーンつまり、ほとんどの大手外食チェーンのメニュー価格は相当安くなるでしょう」と指摘する。

 では、実際どの程度値下げになるのか。外食産業に詳しい「百年コンサルティング」代表の鈴木貴博氏に、TPP発効後の牛丼価格を細かく試算してもらった。

「吉野家の牛丼並盛の定価は380円で、食材の標準量は牛肉90g、ご飯250g。同社は仕入れ値を公表していませんが、肉については同じアメリカ産牛肉を取り扱うコストコの価格、米については一般的な飲食店のケースを参考にすれば、1杯当たりの仕入れ値は牛肉が約98円、米が約30円と推定できる。単純にこれを足して、現在の牛丼の原材料費を128円と考えましょう」

 では、これが関税撤廃によっていくらまで下がるのか? 鈴木氏が続ける。

「現在、輸入牛肉には38.5%の関税がかかっていますから、牛肉の原材料費98円から関税分を差し引くと71円。次に米のほうですが、現在はミニマムアクセス米(政府が海外から関税なしで受け入れている一定量の米)以外の輸入米には、国産米の保護政策として778%の高関税がかかっています。そのため、輸入米は国内にはほとんど出回っていません。しかし、関税が撤廃されれば、TPP参加国から大量に流入してくると思われます。現在の国産米(新潟県魚沼産コシヒカリ)の1kg378円に対して、アメリカ産米(日本人の好む短粒種)は1kg166円と、約56%も安い。今は国産米を使っている大手飲食チェーンの多くが、輸入米に切り替えてくることは十分に考えられます」

 あくまでも輸入米の品質に問題がなければ、という前提のもとだが、かなりの低価格化が予想される。

「輸入米にシフトすれば、1杯当たりの米の原材料費は約30円から約13円になる。牛肉と合わせると、牛丼並盛の原材料費は約84円と、TPP前より44円ほど安くなります。この額を単純に現在の吉野家の牛丼並盛の定価から引くだけなら330円台止まりですが、実は飲食店の価格は“原材料比率”を維持しながら変えていくことが多い。結論からいえば、吉野家の牛丼並盛は100円以上もの値下げが可能です」

 原材料比率とは、定価に占める原材料費の割合のこと。このケースでいえば、現在の吉野家の牛丼並盛は、128円÷380円=約34%ということになる。

「これに従い、TPP発効後の原材料費84円が全体の34%に当たる定価を計算すると約250円となる。つまり、理論上は吉野家の牛丼並盛は、TPPによって約130円の値下げが可能ということです」

 同様の方法で、業界トップのすき家の牛丼も試算してみると……。

「食材の重量は吉野家とそう変わらないので、原材料費を現行で128円、TPP後で84円としましょう。すき家の牛丼並は280円なので、現在の原材料比率は約46%。これをTPP後にあてはめると、売値は約180円になります」

 インパクトのある数字だが、これはあくまで“理論上”の話。はたしてTPP後の日本の外食産業は、どう変わるか。

(取材/頓所直人、取材協力/興山英雄)

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