日本代表の慢性的な病気を、ザッケローニは一週間で完治させた<br>(Photo by Tsutomu KISHIMOTO)

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選手個人個人の力で劣る日本が世界に立ち向かうためには、チームとしての完成度が高くなければダメ。同じ監督の元でじっくり修練し、チーム力を高めていく方法が日本には適している。これが、次のワールドカップまでの4年間、1人の監督に丸投げ同然に任せてきた一番の理由に他ならなかった。

ファンもこの考え方に疑問を持たなかった。チームとして完成するまでには時間が必要だとの認識で、ほぼ日本国内中は一致していた。

今年に入り、岡田ジャパンが、ワールドカップが近づくにつれ下降線を辿っていったときも、当時の会長、犬飼さんが、「ここに来て新しい監督を呼ぶのはリスクが大きい」と言ったのも、代表チームの強化には時間が必要だという認識が、その根底に流れていたからだろう。ファンも同様。岡田続投を支持したファンも、「いまさらどうにもならない」が本音だったはずだ。「悪いのは監督だけじゃない」。「実際にプレイをするのは選手。選手に勝つ気が足りなければ、監督を代えてもどうにもならない」と、不調の原因を選手に求める声も多く聞かれた。

そうした中で僕は「それなりの人物なら、3か月あれば十分だ」と主張したわけだが、そのことの正しさをいま、ザッケローニが証明している格好だ(自慢するわけではないけれど)。

前任者が約2年半掛けても治せなかった病を、ザッケローニは僅か1週間程度の合宿で完治させることに成功した。

もともと全身、病に冒されていたわけではない。ガンが体中に転移していたわけではない。優秀なお医者さんがキチンと見ればサッと発見、摘出できる、本来そう難しくない手術だった。優秀なお医者さんを探す気さえあれば、解決できた病だった。僕は、世界には優秀なお医者さんが数多くいることを、これまでの取材経験から確信していたので、「3か月あれば」と、強く主張したワケだが、それだけガンの進行に手をこまねく姿に憤りを覚えたのだ。

何度も言うけれど、世界は広い。優秀な人材は必ずどこかに存在する。一般のファンには見えにくいかもしれないが、ネットワークを張る力があるはずの協会までその姿勢を長らく貫いていたことは残念で仕方がない。前回のブログにも書いたけれど、これは10年前にできていても不思議のない話なのだ。苦い教訓だと考えるべきだと思う。

選手個人個人の力で劣る日本が世界に立ち向かうためには、チームとしての完成度が高くなければダメ。同じ監督の元でじっくり修練し、チーム力を高めていく方法が日本には適している――何より、この従来の考え方にメスを入れることが必要だ。ザッケローニは基本的に2年契約。その契約を延長するか否かはいまのところ分からない。再度、代表監督探しをする必要が生じるかもしれない。監督交代を機に、下り坂に転じる可能性は十分ある。今年の春のようなに状態に逆戻りしたとき、つまり、このお医者さんでは、病気が治せそうもないと思ったとき、フットワークよくキチンと適任者を探せるか。