『月と蟹』に見る、子どもにとっての“神様”とは?―道尾秀介さんインタビュー第2回

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 長編小説『月と蟹』(文藝春秋/刊)を上梓した道尾秀介さんへの単独インタビュー。第1回目はどうして子どもを主人公に据えるのか、その理由について語って頂いたが、第2回となる今回は『月と蟹』の核心に迫る内容となっている。そして、道尾さんは小説を通してどのようなメッセージを語りかけようとしているのか?
 3回にわたってお送りする単独インタビューの第2回は、「神様」という存在についてお話を聞いた。

■『月と蟹』に見る、子どもにとっての“神様”とは

―本作では子どもたちが「ヤドカミ様」という神様を創り出し、残酷ともいえる遊びをしますが、道尾さん自身は子どもの頃、「神様」を信じていましたか?

「うーん、どうなんだろう。信じてなかったと思いますね。いわゆるコックリさんとかはやりましたよ(笑)流行りましたから。でも、そういうことを遊びで出来るということは、信じていなかったんでしょうね。心霊写真が流行したときにもワイワイやっていたけど、それだってつまり幽霊を信じていなかったってことですからね」

―そういう風に遊ぶというのは、神様を信じていないからですね。

「子どもは既成の神様を信じる能力を持っていないですよね。だから自分たちで創るしかない。慎一君と春也君は、小学5年生だからおそらくは仏教やキリスト教は知識として知っているとは思うけど、それを信じる能力がまだない。だから、ヤドカミ様という神様を自分たちで創ったんです」

―すごく繊細ですね。

「もう少し上の年齢…小学6年生や中学1年生くらいになると、人の嫌な部分やいざこざと直面しても逃げ出すという手段が出てきますけど、小学5年生ではまだそういうことができないんですよね。だから、どうしても正面から全部受け止めてしまう。それが、神様を創って自分たちを救おうという発想につながってしまったんだと思います」

―でも、そういうことって実は子ども時代に経験しますよね。勝手に神様や世界を創って、それが1つの遊びになる。

「そうなんですよ、みんな実はやっていますね。程度の差こそあれ」

―本作はミステリーとはまた違う、“トリックが仕掛けられていないミステリー小説”…言い方がちょっと見つからないのですが、すごく「読ませる小説」という印象を受けました。こうした物語の構想にしたのは何故ですか?

「今作は正面から勝負したいという気持ちがあって、文章の瑞々しさだけで書き上げたかったんです。もし、この作品の中にミステリーの仕掛けを入れろと言われたら、1日くらいあればトリックなんて考えつきますし、1週間あればそれに沿って改稿もできてしまいます。非常に簡単なんです。でも、『月と蟹』でそれをやってしまうと、物語が崩れて台無しになってしまう。
僕は解釈の仕方がたくさんある作品を書きたいと思っているのですが、ミステリーという型を使うと、いわゆる真相というのがあってそれ以外に結末がなくなってしまうんです。そうじゃないミステリーも中にはありますし、『向日葵の咲かない夏』や『ラットマン』もそうじゃないつもりなんですが、ある程度の枠はどうしても決まってしまいます。でも、この手の小説は年代、性別、家庭環境などによって読み方が変わってきますから、書き甲斐もありますよね。読み手の中に余韻が深く残る作品であって欲しいです」

―道尾さんは小説を執筆するにあたり、ご自身で一貫したメッセージはあるのでしょうか。

「一貫して書きたいと思っているのは、“救い”です。その具体的な書き方は毎回違いますし、とても難しいことなんですけどね。読者を突き放して物語を終わらすというのはとても簡単なんですが、その真逆、つまり救いを描くことはすごく難しい。でも、これまでもそれは意識してきたし、これからも変わらないですね」

―先ほど道尾さんは色んな解釈の仕方がある小説を書きたいとおっしゃいましたが、その解釈の仕方を読み手に委ねて、その読み手がそれぞれの救いを物語から得るということですか?

「僕が出来ることは、登場人物たちにとっての救いを書くこと、ただそれだけです。それを読んで救いを感じてもらえれば有り難いですし、小説ってそういうものでしょう」

第1回「道尾秀介はどうして「子ども」を主人公に据えるのか?」を読む
第3回「“人間失格”をきっかけに作家の道へ」は10月5日配信予定です。

(新刊JP編集部/金井元貴)


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