人は怠惰な生き物だ。
面倒な作業から逃げたい。体力を温存したい。
何とかして苦痛から逃れようとする。
我々が手抜きをするのは肉体作業だけじゃない。
知的作業も同様である。
色んな人がサッカーについて論じるのを見聞きする。
でも本当に「考えて」いる語り手は少ない。
伝聞を繋ぎ合わせてそれらしくストーリー化しているだけだ。

誰でも「考え方のクセ」がある。
「こういう状況ならこう判断する」という傾向がある。
言い換えるとステレオタイプの選択だ。
思い込みを基に安直な結論が導き出される。
ただ「クセ」は体系的に構築されたものでない。
直感的、情緒的で矛盾も多い。
まぁ細かい前提から詰めると脳に掛かる負荷が大きすぎる。
それなら「出来合い」を活用した方がお手軽に違いない。
クセ、思い込みは個人レベルに止まらない。
マスコミから巨大掲示板まである種の「脊髄反射」を見て取れる。

南アフリカ大会の収穫は「偏った思い込みの破壊」に尽きる。
今まで日本サッカーに関する議論は束縛されて不自由だった。
自虐からのスタートがお約束だったからである。
日本は「フィジカル」が弱い。
日本は「個人能力」が低い。
日本は「決定力」が無い。
こういう前提が所与のものとして共有されていた。

岡田ジャパンの4試合を先入観抜きで見れば気づいたはずである。
コンタクトプレーは彼らのストロングポイントだった。
日本は4試合を終えて被ファウル数が最多。
一方でイエローカードは4試合で7枚しか受けていない。
そのうち少なくとも2枚は遅延行為である。
球際が優位だった証拠に違いない。
特にデンマーク戦は大型選手に全く当たり負けなかった。
決定力も悪くなかったと思う。
日本は4試合で枠内シュートが27本。
枠内率が出場チーム中最高だったらしい。
ちなみにかのルーニーが今大会は無得点。
メッシやクリスチアーノ・ロナウドも豪快に外しまくっていた。
大スターもフィニッシュは苦しむのだ。
このデータは世論が歪んだ先入観に支配されていた証明である。
前提が間違えたら結論も狂う。
私は今までそういう空気に抵抗を試みたけど無力だった。

日本サッカーは過小評価されていた。
ドイツ大会の惨敗が一つの理由である。
もう一つWBCの成功も影響しているだろう。
ナショナリズムはやはりサッカーより「保守的スポーツ」と馴染む。
情緒的な揺れ戻しがサッカーを襲った。
日本サッカーを見下す空気が社会に横溢した。
日経の社説まで代表を小馬鹿にする内容を書いた。

この国は武道的スポーツ観が根強い。
サッカーは外来文化である。
新参者で信頼をまだ勝ち得ていない。
ちょっとの「粗相」で厳しい反応を受ける。
2ちゃんねる的に日本サッカーを扱き下ろせばこうだろうか?
サッカー選手はチビで軟弱。
チャラチャラして練習をサボる。
パス回しばかりでシュートから逃げる。
そういうネガティブイメージが意外と強い。
実際のところサッカー界は人材確保で優位に立っている。
「ギャル男率」もおそらく野球より低い。
そしてパス回しは言うほど上手くない(苦笑)

問題はサッカーメディアが俗論に巻き込まれたことだ。
どんな業界も「いい情報」と「悪い情報」がある。
サッカー報道は悪い情報へ振れ過ぎるように思えた。
特に岡田ジャパンに関しては粗探しばかりだった。
代表は昨年にチリ、ベルギーに完勝した。
ガーナに中立地で勝った。南アフリカにアウェーで引き分けた。
でもそういう試合はほとんど振り返られることが無かった。
2月の4試合が終わると一気に罵倒大会が始まった。
「てぐすねを引いて待っていた」様子に見えた。
彼らは無自覚に論調が歪んでいた。

これからは議論が前向きになるだろう。
間違った先入観から自由になって内容も豊かになるはずだ。
ただ日本サッカーにはまだ不足がある。
諸外国から学ぶべきモノが決して少なくない。
日本代表は「ベスト16」である。
それ以上でも以下でもない。
オランダやパラグアイを相手に悪くない試合はできた。
でも勝ち切ることができなかった。
確かに相手の良さを消すサッカーは一定の結果を出した。
ただあれが日本の強みを出す唯一の方法とは思わない。
リアクションサッカーを4年続けても実りは少ない。
「ボールを動かす」「人を掛けて崩す」サッカーに戻ることが必須だ。
上手く行かなければまた帳尻合わせをやればいい。

最後に皆さんの議論へ一つ注文がある。
「世界」の濫用を避けてもらえないだろうか?
私はこのマジックワードが思考停止を誘う罠だと思う。
そもそも「世界」の定義が分からない。
同じ強豪国でもブラジルとドイツはサッカーが全く違う。
更に言えば日本も世界の一員に違いない。
語り手が日本の目指すべきターゲットを明確に意識できてない。
だから曖昧な言葉で緩い議論がダラダラと進むのだ。
日本サッカーが劣っているというなら明確な指摘がないと不毛だ。
どの国、どの選手、どのプレーという細密に言及するべきである。
ベスト16の国が今さら「世界と並ぶ」なんて認識もおかしい。
今後は「どう上回るか?」という野心的な議論をするべきだ。

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