「フレディ・マーキュリーと同じ「移民の子」として:ラミ・マレック、『ボヘミアン・ラプソディ』を語る」の写真・リンク付きの記事はこちら

ラミ・マレックがホイットニー美術館に併設されたカフェのバルコニーに座っていたると、黒い服の青年が近づいてきた。彼は不安そうな面持ちで、マレックに「1枚だけ写真を撮ってもいいですか? ポルトガルから来たんです」と尋ねた。

マレックは青年のほうに向き直ると、灰色がかった青い目の周りにシワを寄せて笑い、「ぼくに会うためだけに、はるばるポルトガルから来てくれたの?」と言う。この冗談で、青年は緊張が解けたようだった。彼はマレックと肩を組んでセルフィーを撮ると、「邪魔して本当にすみませんでした」とつぶやいて立ち去った。

人気テレビドラマ「MR.ROBOT/ミスター・ロボット」で主役のエリオット・オルダーソンを演じて以来、マレックは街なかで声をかけられることが増えた。この日の彼はさっぱりとひげを剃り、袖口を折り返した黒いシャツジャケットを着ている。クイーンのフレディ・マーキュリーを演じた『ボヘミアン・ラプソディ』のプロモーションツアーで、ヨーロッパから帰ってきたばかりだという。

マレックは「MR.ROBOT」について、「ニューヨークを舞台にした作品に出演できて本当によかったと思っている。役者として最高の経験だよね」と語る。

「そうしたら、次に来たオファーがこの映画だろう。ぼくは生きていくうえで役者という仕事を選んで、それを楽しんでいる。でも今回の役では、これまでやってきたことが根本から覆されたよ。つまり、フレディのようなタイプの人間だと、とにかくとてつもなく内省的な感じになるだろうと思ってたんだよね。それなのに、1年後にはスパンコールのコスチュームを着てステージの上で跳ね回っていたんだから」

両親はエジプトからの移民だった

スパンコールを散りばめたステージ衣装と同じで、プロモーションで世界を飛び回るのもまったく新しい体験だった。マレックは「母も連れて行ったんだ。喜んでたよ」と言う。彼が仕事絡みのイヴェントに家族を連れ出すのは珍しいことではない。2年前にはエミー賞の授賞式に、いとこ同伴で現れている。

アーティストでエイズ活動家でもあったデイビット・ウォジャローウィッチュの作品が展示されている部屋のガラスのドアを開けながら、マレックはこう話す。「そう、いとこがいるんだ。人には『ぼくの家族です』って紹介することが多いんだけど、前に双子の片割れに『家族みたいにして育ってきたのは確かだけど、本当は家族じゃなくて親戚だろう』って言われたことがあるよ」

2019年2月10日に英国アカデミー賞の授賞式に出席したラミ・マレック。彼は主演男優賞を受賞した。PHOTO: GARY MITCHELL/SOPA IMAGES/LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

ロサンジェルス生まれのマレックの両親は、エジプトからの移民だ。子どものころはよく真夜中に父親に起こされて、エジプトのいとこたちと電話で話をしたという。「父はぼくたちが互いをきちんと知っていなきゃならないと思ってたんだ」

マレックと同じように、マーキュリーも移民の家族の下に生まれ育った。本名はファルーク・バルサラで、両親はインドからザンジバルにやって来たパルーシー(インドに住むゾロアスター教徒の集団)だった。マーキュリーは17歳のときに家族とともに英国に移住している。

「ファルークってアラブ系の名前だよね? フレディの生涯や文化的な背景、本当の名前を知ったとき、彼のことを理解できる気がしたんだ。自分も昔、彼と同じような経験をしていたかもしれないって思った」

マレックも感じていた「違和感」

マレックは80年代後半から90年代のロサンジェルスで少年時代を送ったが、ラミという名前について常に「違和感」があったという。

「自分を含めた家族やその伝統が場違いだと感じていたんだ。そういう気持ちで学校に行って、それでも自分の文化を隠さないでいるっていうのは、いつもすごく混乱した。アイデンティティをどこに位置づければいいのか葛藤があったんだ。フレディもそうだったと思うよ」

マレックは「モラル面で難しい状況を抱えていて、でもそれに……なんて言うんだろう?」と続け、少し言葉に詰まった。「向き合うっていうこと?」と助け舟を出すと、マレックは嬉しそうに「ああ、それだね。でもその状況に向き合うのを避けているキャラクターが好きなんだ」と言った。

彼は冗談めかして「ごめんね、アラビア語が母語だからさ」と笑う。マレックは4歳までは家ではアラビア語を話していたという。

動画を見ながら“練習”した日々

『ボヘミアン・ラプソディ』のあとでは、マレックとマーキュリーを重ね合わせずに見ることはほとんど不可能だ。ただ、ふたりにはいくつもの共通点がある一方で、主役に決まるまでの道のりは平坦ではなかった。

マレックがニューヨークで「MR.ROBOT」の撮影をしていたとき、『ボヘミアン・ラプソディ』のプロデューサーのグレアム・キングとデニス・オサリヴァンからデモテープを送ってくれないかという連絡があった。マレックはこの時点ですでにオーディションを済ませていて、この役に選ばれるのはほぼ確実だろうと考えていた。

だが、プロデューサーたちは周囲を納得させなければならなかった。彼は淡々とした口調で「こういう世界だからね」と言う。

マーキュリーになり切るのにどれくらいの時間が必要なのかはわからなかったが、ネットで見つけたマーキュリーのインタヴュー動画を見ながら準備をした。

「インタヴュアーの役をしてくれる相手がいなかったから、質問も答えるのも自分でやって、それを撮影した。フレディの映像を何回も観ながら、彼に魅了されていったよ。最初は『これは自分とは違うな』と思ったんだど、急に自分の声や手の動きが変化して、フレディみたいになっていくのに気づいたんだ」

本当にフレディみたいになっていく自分

作品はまだ製作資金を確保できていなかったが、マレックは毎晩、ありし日のマーキュリーの姿を見続けた。プロデューサーを説得してロンドンに行かせてもらい、イギリス英語と身体表現だけでなく、歌やピアノのレッスンも受けた。身体表現のコーチとは、1日4時間もマーキュリーのインタヴューやパフォーマンスの動画を観たという。

「じっと座って彼のインタヴューを観ながら、どんなポイントでどんな動きをするのか観察したんだ。まばたきをするのはいつか、歯を隠すのはどんなときか。なんでその瞬間に歯を隠すのか。2時間くらいそんなことをしてから、次は例えばライヴエイドでの『RADIO GA GA』をやったり、『キラー・クイーン(Killer Queen)』をマリー・アントワネット風に歌ってみたり、そんなことばかりしていた」

『ボヘミアン・ラプソディ』のワールドプレミアに出席したラミ・マレックは、クイーンのブライアン・メイとロジャー・テイラーとともに撮影に応じていた。PHOTO: MIKE MARSLAND/MIKE MARSLAND/WIREIMAGE/GETTY IMAGES

一方で、伝説のヴォーカリストを演じることに対して、恐れに似た感情もあったという。マレックはこれを「名誉(honor)と慄き(horror)」と表現するが、役づくりを進めるにつれ、クイーンのパフォーマンスを再現するというアイデアに興奮が高まっていった。

「彼の特徴、いたずっらぽいところや、その喜び、自由、自分を抑えない奔放さ(少なくともそう見えるよね)、そういう部分を真似し始めたとき、本当にフレディみたいになっていく自分を感じた。要するに、自分らしさをきちんと理解しているっていうことだよね。それが彼だったんだ。自分が何者なのかということに対して、ものすごく自覚的な人だった」

ステレオタイプな役柄を乗り越えて

いまでこそ有名になったマレックだが、キャリアを通じて主役ばかりを演じてきたわけではない。ベン・スティラーの『ナイト ミュージアム』では、シリーズの3作品すべてで古代エジプトのファラオの役だった。

テレビドラマ「24 -TWENTY FOUR-」にはテロリスト役で顔を出している。アラブ系という出自によるステレオタイプな役柄にはうんざりしたこともあったという。

2016年には「MR.ROBOT」での演技でエミー賞のドラマ部門主演男優賞を勝ち取ったが、非白人男優の受賞は実に18年ぶりだった。マレックの成功は、マイノリティに属する俳優の勝利として賞賛された。

マレック自身はこれについて、「ぼくのエスニシティのために、どんな役を与えればいいのかわからなかったんだと思う。自分自身も主役をやろうなんて望んだことは一度もなかった」と話す。

「だから『MR.ROBOT』でラミ・マレックが主役を演じたっていうのは、ある意味では革命的だったんじゃないかな。若いころだったら、いつかあんなことが起きるなんて考えもしなかったよ」

『ボヘミアン・ラプソディ』についても、10年前ならマーキュリー役は確実に白人俳優だっただろうとマレックは言う。「ファルーク・バルサラという側面は無視されていただろうね」

あの「義歯」の秘密

ギャラリーの出口に向かう途中で、淡い水色のコラージュ作品が彼の目を引いた。タイトルは「Fuck You Faggot Fucker」で、中央には男性ふたりがキスをしている様子が描かれている。マレックは少し考え込みながら、「なんだろう。妙な高揚感があるよね」とつぶやいた。

「色かな。映画でも、色調を変えるだけで、ものすごく雰囲気が変わるんだ。色って感情に直接に訴えかけるから。フレディがエイズの診断を受けるシーンがあるけど、あそこも色を変えると印象がまったく違ってくる。(ウォジャローウィッチュの)この絵は全体的に綺麗な水色だよね。暗い青じゃなくて水色っていうのが、明るい感じを醸し出しているのかもしれない」

マレックは「さあ、外でもっと明るい話をしよう」と言って、軽い足取りで階段を降りていく。わたしたちは館内の喧騒から逃れ、ハドソン川沿いの静かな遊歩道に向かった。再びスパンコールのステージ衣装の話を始めたマレックは、「グラムロックのミュージシャンの写真は見たことがあったけど、まさか自分があれを着るとはね……」と言う。

「初めのころは、これに慣れるまで時間がかかるだろうなと思ってたんだ。でも最後のほうになると、衣装係に『同じデザインで真っ赤なやつをつくれる?』って聞いてたよ」

撮影用の小道具といえば、あの義歯は欠かせない。マレックはマーキュリーの歯並びに近づけるために特殊な入れ歯をはめて、歌もその状態で歌っていた。

「あの歯はとってあるよ。実は金メッキをしてもらったんだ。これまでの人生で最高の贅沢かもしれない。でもフレディの気持ちになって、彼みたいにすごく風変わりなことをやるとしたらなんだろうって考えたんだ。そしたら全部を金歯にしちゃうのが、いちばん彼らしいかなって思ったんだよね」

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