現実味あるスタイリングなどから、近い将来の市販化にも期待が高まる「LEAF NISMO Concept」(撮影:尾形文繁)

イエローキャブを利用するのは化石のような人

先日、私は、数年ぶりにニューヨークを訪れた。ニューヨークでの移動手段といえば、かつては流しのタクシー、いわゆるイエローキャブばかりだったが、今回はそれが完全にUberに置き換わっていた。もちろんイエローキャブはいまでも走ってはいるが、わざわざあんなものを利用するのは、よっぽどの暇人かスマートフォンも使えない化石のような人だけだ。

Uberは2009年、カリフォルニアに誕生すると瞬く間に世界を席巻し、設立後10年も経たないうちに主要都市のタクシーを駆逐してしまった。

このUberのような現象が、ここ数年さまざまな分野で起こっている。代表的なのがコンピュータだ。「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」というムーアの法則にのっとって、演算処理の速度は毎年急激に増しており、2045年には人類の知能を超える究極のAIが誕生するといわれている。

ほかにもドローンで人間を運べるようになったり、車まで造れる3Dプリンタが出現したり、ビットコインが実用化レベルに達したり、ヒッグス粒子やiPS細胞が見つかったり、と一つひとつ例を挙げていったら時間がいくらあっても足りないくらいだ。

このように、私たち人類はかつて経験したことのない急激な変化の中にいる。これまでの常識に縛られていたら、ニューヨークの街でイエローキャブを探してうろうろしている人たちのように、不利益を被ることになりかねない。

とはいえ、つねにインターネットをチェックし、最新情報を上書きしていれば大丈夫かといえば、そういうものでもないのである。

特に技術的なことは複雑だし、公表する側が重要な部分を意図的に隠している場合もあるので、ネットニュースの見出しだけを拾い読みしてわかったような気になるのは危険だ。

GPSの誤差は数センチメートルになった?

たとえば、この8月に鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた「みちびき3号」。これで日本もようやく自前のGPS衛星を保有する国になったとか、対応するiPhone7(取材時)のGPSの精度が上がって誤差が数センチメートルになったというような話を本当だと思い込んでいる人が実に多いが、実際はそうではないのである。

まず、みちびき3号は、アメリカのGPS(全地球測位システム)の精度を高める測位衛星であって、日本版のGPS衛星ではない。

さらに、iPhone7はクアルコムのGPSチップを使っているので、アメリカのGPSとともにみちびき3号の出す、GPSを補正する信号を受信することが確かにできる。それゆえ、精度はセンチメートル単位まで向上するのだが、問題は、送られてくる信号が国土地理院の電子基準点からの補正データという点だ。

そのためにiPhone7に到達するまでに10数秒のタイムラグがどうしても発生する。10秒あれば時速60キロメートルで走っている車は、166メートルも進んでしまうんのだ。つまり、誤差数センチメートルといっても実際には、現在の10メートルの測位レンジと大して変わらないのである。

本当に誤差が数センチメートルなら自動運転にも使えるが、いまはまだ無理と言わざるをえない。一般のスマートフォンユーザーにしてみれば、みちびき3号の恩恵といっても、せいぜい『Ingress』のポータルや、『ポケモンGO』のジムがふらふらしないで表示されるようになるくらいだろう。

また、最近はフォルクスワーゲンや神戸製鋼所のように、社会的権威のある企業までが意図的にデータを改ざんしていたりする時代だから、世に出ている情報だけですべてを理解するのは、最初から不可能だと思っていたほうがいいかもしれない。

では、私も『2030年 ジャック・アタリの未来予測』のジャック・アタリ氏に倣って、変化の本質に迫りながら、自動車業界についていくつかの未来予測をしてみよう。

最初は、自動車の覇権について。これは世界市場の4割を占める中国市場がカギを握っている。その中国の野望は日本とドイツを押さえつけて、自らが自動車生産で世界ナンバーワンになることだ。しかし、それをガソリン車やディーゼル車で行おうとしたら、100年かかってもトヨタやフォルクスワーゲンに勝てないことは、彼らも重々承知している。

そこでどうしたかといえば、中国は電気自動車(EV)に舵を切ったのである。経験に裏打ちされた技術開発が必要な内燃機関では太刀打ちできなくても、モジュールの組み立てで対応できるEVであれば、自国のベンチャー企業でも生産できるからだ。実際、すでに中国は、国内で販売される自動車のうち2018年は8%以上、同2019年は10%以上を、電気などの新エネルギー車にすることを義務付けている。中国市場に大きな比重を置いているEUやアメリカの自動車業界も、こぞってEV化に取り組み始めた。

ゆえに日本の自動車メーカーも、これまでのガソリン車の技術を捨ててEV化を行う以外、生き残る道はないのだ。ところが、私が先日この話を自分のフェイスブックに書いたところ、「日本は中国の顔色なんてうかがう必要はない」「日本の自動車メーカーはこれまで培った中国にまねできない技術で勝負していくべき」といったたぐいの書き込みが少なからず寄せられ、これにはかなり驚いた。

自動車の日本市場など世界のわずか5%しかないのである。国内のビール市場でいえばオリオンビール。ファンがいるからとオリオンビールだけ造って満足していたら、そのうちどこかに吸収合併されてしまうのが関の山だ。だから、トヨタやニッサンも必ずEVがメインになる。そうしないかぎりいまの企業規模は維持できないから当たり前なのだが、そういう認識ができない人が意外と多いのだ。

私は、日本の自動車産業がオリオンビールのようになるとは思っていない。それに、EVが主流になっても勝ち目は十分にある。EVに不可欠な電池の技術に関しては、日本はいまも圧倒的な優位に立っているからだ。逆にいえば、この電池技術こそが日本の自動車業界の生命線といってもいいだろう。国内の各自動車メーカーが電池の技術を開発してクロスライセンスを行う。さらに、それらを特許でガチガチに固めて中国メーカーに売り込むことに成功すれば、世界市場がEV化しても日本の自動車メーカーは安泰なのである。

自動運転は当面トラックだけ

次に、自動運転。これは技術的にはすでに十分可能だ。むしろその実現は技術より、各国の道路行政に負うところが大きい。日本とアメリカであれば、明らかに日本のほうが早いと私はみている。


なぜなら、日本の場合は、高速道路がフリーゲートのアメリカと違って、インターチェンジにゲートがあるので、高速道路の一車線を自動運転トラック専用にするといったことがやりやすいからだ。また、アメリカでは、無人のトラックはかなりの確率で強盗に襲われ、荷を奪われる可能性が極めて高い地域がかなりあるので、その対策にもまだまだ時間がかかるのではないだろうか。

さらに、自動運転は当面トラックだけだろう。ニューヨークのタクシー運転手はヒスパニック、インド人、アラブ人といった移民の仕事だが、彼らの賃金は驚くほど低い。

AIを搭載して無人化すると、いまのところ逆にコストが上がってしまうからである。機械より安い金額で働く人間がいるかぎり、その分野で自動化は起こらないのだ。

(構成:山口雅之)