相模川法律事務所 弁護士 石井琢磨氏

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敵対関係にある者同士が向かい合い、一触即発のムード――。個人間のトラブルが話し合いに持ち込まれたとき、交渉が進まないことがある。弁護士の石井琢磨氏は、「根本的な問題が隠れていることがある」と説明する。

例えば、訴える側が「騙し取られた金を返せ」と要求しながらも、内心では「裏切られたことを謝ってほしい」ことを強く願っている場合、本当に大事なのはお金ではない。相手の真の欲求を見抜かない限り、対処は的外れになってしまう。

一般的な弁護士の4倍の裁判をこなすという石井氏は冷静さを保つ一方で、相手の感情を必要に応じて誘導する。「欲求を探るのに、相手を怒らせるのも有効な手段。人は感情的になると、本音が出ます。金銭を要求されたら、低い金額を提示するなど、極端な案を出してみる。それに対して怒る相手に『どうしてダメなんですか?』と聞けば、理由を説明するから、だんだん本音が見えてきます」。

しかし、目の前の相手が憤っていると普通は動揺してしまうし、同じように怒り返せば話はこじれるだけ。自分自身が冷静さを保つ手段として、石井氏は「複数の自分がいるようにイメージするのがいい」とアドバイスを送る。

「怒られている自分を『頑張って耐えられるかな?』と他人のように俯瞰して見たり、『後でメンテナンスしておこう』とロボットのように考えてみる。そうやって感受性を薄めておくと、負の感情に汚染されにくくなります」

相手があまりに激昂するときは、ひたすら発言をメモするのが効果的。記録化されることで、相手は後で発言を追及される不安を抱き、確実にブレーキになる。

怒っているときは聞く耳を持てなくても、一旦感情を発散させた後、人は理性的になるもの。敵から仲間へ関係を修正するチャンスだ。「仲間意識を育む方法のひとつが、共通の敵をつくること。敵といっても実在の人物である必要はありません。ルールや前例をあげて、『このせいで解決しないんですよ。でも頑張りましょう!』と語っていると、“一緒に戦っている”感が高まります」。

連帯感が芽生えた後は、共同作業を行うといい。「解決すべき点をまとめよう」と提案して、片方がノートを広げて、もう片方が書く。問題を持ち帰って考えることにして、再び擦り合わせる。そんな簡単な作業だけでも、思いのほか距離は縮まるという。

こうした手段を駆使し、思惑通り話し合いが着地しても、最後まで気を緩めてはいけない。「こっちの言い分が正しかったでしょ?」といった捨て台詞で、相手に敗北感を与えると、後々、話がこじれる可能性があるからだ。

「最後に負けたフリをするのも大事ですね。『こんな厳しい案件はなかったです』『ここまでしっかりした人は初めてでした』と自分も傷を負ったような発言をして、向こうの自尊心を満たしてあげる。そうすれば相手も気分よく終わるから、握手で別れられます」

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交渉テク
・相手を怒らせて本音を引き出す
・共通の敵をつくり、仲間意識を育む

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(ライター 鈴木 工 撮影=市来朋久)