日本の美徳。暴走族をも激変させた「トイレ掃除」の不思議な効果
先日掲載の記事「松下幸之助と本田宗一郎は、なぜ「従業員のトイレ」にこだわったのか」でもお伝えしたように、トイレ掃除を大事にする著名人は少なくありません。一時は「トイレ掃除で金運と成功をつかむ!」といった類の本も続々と発売されました。金運アップ云々は別としても、トイレ掃除が人の心を磨くのは本当のようです。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』では、トイレ掃除で得られる5つの効用を紹介しています。
心を磨くトイレ掃除
トイレ掃除を通じて教育を立て直す活動が広まっている。以下は大分県の小学校5年生、足立弥佳さんの作文の一部である。
10月28日火曜日。5年生のそうじ場所「トイレ」を今よりさらにきれいにするため、イエローハット(JOG注:自動車用品販売会社。創業者の鍵山秀三郎氏が「掃除道」の提唱者)の方と一緒にそうじをすることになった。イエローハットの人や先生は、「トイレにも心がある」という。だが私は「そんなことあるものか」と思った。…
担当の便器に着いた。足には、もうオシッコやちょっとのウンチがついていた。ヤスリでゴシゴシこするが、プールそうじとは違い、なかなかあかが取れない。だからもうヤケクソにゴシゴシやっていたが、ちっとも取れなかった。
しかし、先生やイエローハットの方がいっていた「トイレの心」を思い出し、「きれいになるように」と思いながらこすると、「ツルッ」まるで本当に私の心が伝わったようだった。そして本当にトイレの心がわかったように思った。私は本当にビックリした。
トイレのそうじ時間は2時間もあったのに、30分で終わったような感じがした。しかもトイレもピッカピカになっていた。プールそうじのときのうれしさとちがい、一人につき一つの便器だったから、「これは私がそうじした便器だぞ!」といううれしさだった。はっきりいって、あんなにきれいになるなんてまったく思っていなかった。短時間で何年ものよごれを取った喜びは、人には表しきれないほどのものだった。
トイレから出てみんなに会うと、みんな「私(僕)はやったぞー!」という顔をしており、かがやいていた。私のそうじを始める前の心は、とってもボロボロで汚かった。それはそうじをする前のトイレに似ていた。
だが、トイレのそうじをすると私の心もみがけたような気がした。先生やイエローハットの人たちがいっていたからとはちがう。これは本当に自分が思ったことだ。「トイレには心がある。そしてその心は人の思っていることがわかり、そうじをしている人と同じような心のかがやき方をする」このことに初めて気づいた。
(『掃除道』鍵山秀三郎・著/PHP研究所)
汚いトイレのなかでご飯を食べる生徒たち
トイレ掃除で問題校を劇的に改善した例もある。以下は広島県立安西(やすにし)高校に教頭として赴任した山廣(やまひろ)康子先生のレポートである。
私が教頭として赴任してきた平成13年4月当初の安西高校は、地元警察の協力を得なければとても手がつけられない危ない問題校でした。…
校内には至るところゴミが散乱し、ところかまわず平気でゴミを捨てていました。トイレのなかも想像を絶する汚さでした。驚いたことは、その汚いトイレになかで、ご飯を食べる、ジュースを飲む、という行為を生徒が平気でやっていたということです。初めて見たときは、本当に信じられない光景でした。
集団リンチ事件なども起こり、毎日警察に電話をしない日はなかった。広島北警察署に呼ばれて学校の現状を報告していた時のこと、ちょうど同席していた「広島掃除に学ぶ会」の井辻会長が「お手伝いをさせてください」と申し出た。そして、その年の12月に予定されていた「掃除に学ぶ会」の会場を安西高校にする事となった。
しかし、生徒が掃除に参加してくれるかどうか、山廣先生は不安でならなかった。問題行動のあった生徒の顔を見かけるたびに「おいでね」「参加しようね」と声をかけた。それでも安心できずに、開催日が近づくと、夜な夜な生徒宅に電話勧誘までした。前日には「誰も来てくれないのでは」と悶々として眠れなかった。
「変わったね」
ところが、当日の早朝、「先生、おはよう。イケメン隊登場だよ」と生徒たちがやってきてくれたときには、天にも昇る嬉しさでした。
当日の参加者は約280名にものぼり、大成功でした。参加した生徒は、最初は「ウァー」「キャー」といいながらも、トイレ掃除にどんどん熱中していきました。掃除終了後、生徒たちは清々しい笑顔を満面に浮かべていました。
こうしたトイレ掃除を半年に一度ほどのペースで続けた。
掃除を続けてきた結果、校内が急速にきれいになっていきました。並行して、校風がガラリと変革していきました。もう、生徒が警察のお世話になることもなくなりました。服装の乱れも見かけなくなり、問題行動も激減してきました。近くの団地の人や県教育委員会、そして、いろんな関係機関の方から「変わったね」といわれるまでになりました。
その年には、7年ぶりに体育祭を復活できた。
とくに感動したのは、チームワークのとれたマスゲームでした。問題行動を起こしていたあの生徒たちがあれだけやれる――そう思うと、涙が止まりませんでした。
「マジでトイレを掃除するのかよ?」
「広島掃除に学ぶ会」では、広島県警と協力して、トイレ掃除によって暴走族を更生させるという活動を展開している。その始まりは平成11年11月18日。県警の少年対策本部や教育委員会、市民有志など103名の関係者が、暴走族22人を連れて、広島市内の新天地公園に集まった。
参加した暴走族は、金髪、茶髪、ピアスといったファッションの少年少女ばかりです。それを見て、参加した大人たちも硬くなっており、緊張のあまりただ突っ立っている人たちも目立ちました。
少年少女を引率してきた警察署員の方々も、説得して集めるのにたいへんな苦労をされたようです。彼ら一人ひとりの自宅に車で迎えに行って、参加させた警察署員もおられました。なかには、やっと連れてきたにもかかわらず、「だましやがった!」と逃げ出した少年もいました。
また、「ウッソー、聞いてないよ!」と警察官に文句を言い出す少年。「マジでトイレを掃除するのかよ?」「長靴履くのダサいよー」と座ったまま動こうとしない少女。
「暴走族が素手で便器を洗っている」
このような雰囲気のなかで、いよいよトイレ掃除が始まりました。もしもの事態を考えて、警察署員の方々と私たちが少年少女をサンドイッチ状態にしてのトイレ掃除です。初めは反抗的だった少年少女も、いざ始まってしまうと、見る見るうちに順応し、一心不乱に便器と向き合うようになりました。
少女のなかには、感動して、「便器に手をつっこんでいるところを写真に撮ってや」とか、「私の便器のほうがきれいになっているよ」と素直に心を開いてくれる子もいました。
なかには、最後まで抵抗して、途中で逃げ帰った少年も数人はいたようだ。しかし、掃除が終わったあと、少年少女の中からはこんな感想が出た。
最初は抵抗があったが、やりだしたら夢中になった。楽しかった。今後も参加したい。こうした掃除をする大人がいることに驚いた。
こんな光景に、近隣の人たちも驚いた。スーパーの店長は「いつも店内をウロウロしていた、他のお客が怖がっていたあの少年が、トイレを素手で掃除している」。トイレ掃除をきっかけに心を入れ替え、暴走族を抜け出す青少年も現れていった。
「新宿から東京を変えよう」
この頃の広島市は暴走族の無法ぶりで全国的にも有名になっていたが、それまでの検挙至上主義から転換し、町ぐるみのトイレ掃除によって、暴走族青少年の更正に今までにない手応えを得た。
この取り組みを率先推進した広島県警本部長の竹花豊氏は、その実績を買われて、平成15年7月に東京都の治安担当副知事として招聘された。竹花副知事は犯罪の多発する新宿を安全、安心な町にして「新宿から東京を変えよう」と町ぐるみの掃除に取り組んだ。
月に一度の早朝掃除で、「日本を美しくする会」の人たちとともに、植え込みに投げ捨てられた空き缶、ホームレスの使い捨てた段ボール、道路にへばりついたガム、電柱に貼り付けられた広告用チラシ、酔っぱらいの小便跡などをきれいにしていった。
約1年も掃除を続け、街がきれいになるに従って、犯罪件数も減っていった。平成15年に比べて、翌年の犯罪件数は50%以上も減少した。客層も変わってきている、と地元の商店街の人は語っている。
トイレ掃除の5つの効用
なぜトイレ掃除がこうした効果を持つのか、について、各地で展開されている「掃除に学ぶ会」では、次の5点が紹介されている。
第1は、トイレ掃除を続けていると、例外なく謙虚な人になるということ。そして謙虚に物事や他人に向き合うことができるようになる。
第2に、気づく人になる。普段何気なく使っているトイレも、掃除をしてみれば、こんなに汚れていたのか、と気づく。その気づきが人に向かえば、思いやりの心につながる。
第3は、感動の心を育む。身の回りのありふれたトイレ掃除でも、ひたすら取り組むと、こんなに綺麗になった、という感動が生まれる。また、その姿が見ている人の感動を呼ぶ。
第4に、感謝の心が芽生える。自分でトイレ掃除をして見れば、普段使っているトイレや教室なども、誰かが掃除をしてくれたから、と気づき、小さな事にも感謝できる感受性豊かな人間になれる。
第5に、心を磨く。掃除に一心に取り組んでいると、雑念が消え、素直な心になる。
神道や仏教でも、掃除が修行の基本として教えられるのは、掃除が人の精神に及ぼす影響が昔から認められているためであろう。同時に掃き清められた神社や仏閣が、参拝する人の心を清める。
日本統治時代の台湾でも清潔な国づくりが効果を上げた。現代の企業経営でも、整理・整頓・清潔・清掃・作法・躾の6つの「S」が基本とされている。
中国の凄まじく汚れたトイレで
トイレ掃除は海外にも展開されている。台湾でイエローハットを経営している大財閥の叙重仁社長が、自ら率先して300人以上の人々とともにトイレ掃除をする姿は、台湾中の新聞やテレビのトップニュースとなった。ブラジルでも日系人たちのトイレ掃除が全国的なニュースとなった。
鍵山氏は、中国にもトイレ掃除を教えに行った。中国のトイレの汚れ方は凄まじい。自分さえ良ければいい、という人が多いために、用を足した後、水を流さない。次に入った人も、どうして前の人の残したものを自分が流さなければならないのだ、と、そのままその上に用足しをする。かくして、水洗トイレなのに山盛りの糞尿が残る。
鍵山氏が、中国の大学構内で学生たちと掃除した時も、こういう状態だった。さて、こういう状況はどうするのか、と学生たちが固唾を飲んで見守っている中、鍵山氏は素手で山盛りの糞尿を便器の穴に押し込み、水を流した。
そして、静かに振り返って「さあ、あなたはここをきれいにしてください」と一人一人に便器を割り当てていった。ここまで率先垂範されると、学生たちも後には引けず、トイレ掃除に取り組み始めた。
「日本をゴミ一つない国にしたい」
トイレ掃除の実習が終わった後、学生を前に鍵山氏は講演を行った。質疑の時間に、一人の学生がこんな質問をした。
私は大きなことをやるために大学へ来て勉強しています。掃除のような誰にも顧みられない小さなことにこだわっていては、大きなことができないのではないでしょうか。
そこで鍵山氏が「あなたは、大勢の人が見ている前で、道に落ちている一本のタバコの吸い殻を拾うことができますか」と尋ねると「拾えません」。「あなたはずいぶん立派な体格をしていますね。手を見せてください。こんなに立派な手があってどうして拾えないのですか」とさらに聞くと、学生は「恥ずかしいから、とてもできません」。
私は、毎朝、自分の会社の周辺と道路を掃除しています。バス停にはいつも5、6人、多い時には10人もの人がバスを待っています。その目の前で、ゴミ拾いをすることは、なんとなく気恥ずかしいものです。ましてや、その人たちの足元に落ちている吸い殻を拾うのには、そうとう抵抗があります。
しかし、人間というのは、そうした抵抗を超えていくことで心が鍛えられ、より成長できるものだと思います。ですから、吸い殻を一日に少しずつでも拾って歩けば、そのたびに大きな勇気が得られることになります。
私は、この吸い殻や空き缶などをただ拾うことだけが目的ではなく、日本をゴミ一つない国にしたいと思っています。これを小さなことだと思いますか?
学生は即座に「大きいことだと思います」と明快に答えた。
文責:伊勢雅臣
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出典元:まぐまぐニュース!