2014年5月に国家戦略特区の「グローバル創業・雇用創出特区」(創業特区)に指定された福岡市

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最近、一部の若手起業家の間である地域が注目されているという。――福岡だ。

人口減時代に突入した日本にあって、福岡市は過去5年間で人口が約6万5千人も増加(国勢調査、2010年10月から2015年7月の増加数)。これは2位の川崎市と比べても2万人近く多い数字だそう。

また若者(15〜29歳)の人口比率は政令指定都市中No.1(2010年国勢調査)、市内総生産は3年連続でプラス成長を達成している。

2014年5月、福岡市は国家戦略特区の「グローバル創業・雇用創出特区」(創業特区)に指定された。すでにLINEやサイバーエージェント、レベルファイブといった日本のIT・デジタルクリエイティブを牽引する企業が軒並み福岡に拠点を構えているが、“創業特区”となったことで、さらに多くのスタートアップ企業が福岡を目指している。

事実、福岡で創業し、福岡での成功を目指す“フクオカンドリーム”を夢見る若手起業家も多いという。

そこで“フクオカンドリーム”を夢見る、また実現しつつある若手起業家の現状を探るため、現地・福岡へと飛んだ。

福岡の商業の中心地・天神のど真ん中にあるシェアオフィス。笑顔で迎えてくれたのは、化粧品のマッチングサービスを中心にイベントやアプリ開発を行なう株式会社Medyの原田真美氏だ。

彼女は地元・広島でリクルートに就職し、結婚情報誌の営業を担当。広島に3年半、福岡に3年勤務した後に退社し、福岡に残って今年3月に開業した。商圏の大きい東京や地元の広島ではなく、あえて起業の地に福岡を選んだ理由をこう語る。

「生活コストの低さや、よそ者を自然に受け入れる福岡の風土がまず第一ですよね。それに加えて、起業に対する行政の支援が手厚く、右も左もわからなかった私にはとても好都合だったんです」

「創業特区」となった福岡市は、積極的に規制緩和や起業サポートも行なっている。例えば昨年10月、創業支援の拠点として「スタートアップカフェ」を開設。原田氏はここで定款の書き方から創業資金の確保、ビジネスモデルの改善まで会社設立の“いろは”を学んだという。

「昨年の9月に会社を辞めて、10月に起業の相談をし、今年の3月にはもう会社ができていました。すごいスピード感というか何もかもがスムーズに行き過ぎちゃって、私自身が現実に追いついてないかも(笑)」

そしてもうひとつ、原田氏が福岡での起業を決めた理由が、女性の美意識の高さだという。女性人口に対する美容院や美容師の数が多く、エステサロン、婦人服店、ヨガ教室に至っては、人口あたり全国1位の店舗数を誇る。自分のスタイルを磨くことに余念がない女性が多いという。

「東京や地方の女性は、洋服の趣味やライフスタイルが似ている人同士が集まって、他のグループと交わらない傾向がある。でも福岡では、コンサバ系とストリート系のコが仲良くカフェでお茶してたりする。自分の“好き”を追求しながら、違いを認め合って尊重しているなんて、まるで外国みたい。ここでなら私の考えているサービスも受け入れられると感じたんです」

一方、街の中心地からあえて離れ、福岡の豊かな自然環境を生かしてサービスを展開するスタートアッパーもいる。ウミーベ株式会社のカズワタベ氏だ。

20代で起業し、東京・渋谷を拠点にしていたが、脚を骨折したことをきっかけに“人間よりも車が優先”されている東京の暮らしにくさを痛感。たまたま訪れた福岡の街と人に魅了され、移住を決めた。

天神から電車で30分の距離のオフィスに伺うと、なんと窓からは見渡す限り一面の青い海。海辺にある会社だから、ウミーベ…というわけだ。

「オフィスを海辺に作ったのは、主に広報と採用のためです。毎日きれいな海を眺めながら仕事ができることは、それだけで十分コンテンツ力が高い。会社自体にユニークなストーリーを加えたかったんですよ。渋谷の雑居ビルで起業してたら、こんなことできませんからね」

ウミーベでは、釣果共有カメラアプリ「ツリバカメラ」や、釣りニュースサイト「釣報(ツリホウ)」などを開発。「釣報」は開設から半年で月間100万ページビューを達成するなど急成長中だ。

「インターネット×デザインという、これまでの知見がある専門領域に自分の好きな“釣り”という要素を掛け合わせて開発しました。好きなことを仕事に直結できたので毎日楽しいですよ。早朝に釣りに行き、アプリを使って改善点を考え、そのままオフィスに直行。効率のいい循環ができてます」

スタートアップに求められる決断力とスピードを遺憾なく発揮するカズワタベ氏は、早々とフクオカンドリームの手応えを掴みつつあるようだ。

こういった若手の起業家たちが伸び伸びとアイデアを試せる背景には、かねてより商人の街として発展してきた福岡の風土も影響があるのかもしれない。現在でも市民の9割が第三次産業で働き、人的交流が活発で、人とのつながりを大事にする文化があるため、よそ者もコミュニティに関わりやすい。

また、産・学・官を越えた交流が盛んで、垣根が低いのも特徴的だ。福岡市経済観光文化局の創業支援係長・中島賢一氏が福岡の特徴を次のように話してくれた。

「スタートアップとは本来、新しいアイデアや技術革新により既存の枠組みを解体してイノベーションすることですから、旧来の業界団体の利権と反目しがちなもの。にもかかわらず、新しいものを積極的に取り入れて面白がる土壌があるのがユニークなところかもしれません」

その実例が、アプリ「にしてつバスナビ」だ。このアプリは、岡本豊氏が代表を務める株式会社「からくりもの」が開発したサービス。

長野から移住してきた岡本氏は、地元の人以外はなかなか使いこなせない福岡のバス路線の複雑さをアプリ上で解消すべく、起業後すぐにアプリ開発に着手。公開されている西鉄バスの運行情報とバス停情報を取得し、路線や料金、遅延時間の目安までを瞬時に表示できるアプリを、会社設立から半年でリリースした。

「バスをさがす福岡」という名称で、あくまで非公式のアプリだったが、リリース後の1年間で5万5千ダウンロードを超え、市民生活に欠かせないアプリにまで成長。予想以上の反響に驚いた岡本氏らは、西鉄バス担当者に“挨拶”をしに行くことに…。その時のことを、岡本氏はこう振り返る。

「初めはビクビクしてたんですよ、怒られるんじゃないかと。でも担当の方が開口一番、『いいアプリですね!』と言ってくれて、思わず笑みがこぼれました。うちみたいなベンチャーを西鉄のような大企業が対等に接して認めてくれるとは思ってなかったんで、驚きましたよ。お互いの立場にこだわりなく、人対人で話ができるのが福岡の魅力だと思います」

その後、西鉄バス側はこのアプリを公式アプリに採用することを決定。現在では「にしてつバスナビ」という名前で市民に広く認知され、その維持管理とアップデートはすべて「からくりもの」が請け負うという、良好な関係が続いている。からくりものは、その後も福岡で開催されるイベントの公式アプリなど質の高いサービスを継続。現在は社員4名体制で、すでにベンチャーから一歩抜け出した感のある、安定経営を続けているのだ。

福岡アジア都市研究所の資料によると、2014年度の福岡市の開業率は7.0%で、2年連続全国1位。また、起業者のうち若者の割合が12.3%と、これも全国1位(2012年度就業構造基本調査より)。この数字が何よりも福岡にスタートアップを考える若者が集っていることを物語っている。

地方移住が注目され、他の市町村でも様々な施策、PRが積極的に行なわれ始めている。そんな中、自らのアイデアと行動力を武器に、着実にサービスを広げていく現代の起業家たちがチャンスは福岡に!とばかりに集う? フクオカンドリームをモデルに各地で刺激を与え合う先に日本再生もかかっている!