小保方「STAP論文」の嘘を米科学誌は予見していた
【フリーランスドクターXのぶっちゃけ話・番外編】
2014年の科学ニュースといえば、ダントツで小保方晴子氏のSTAP騒動(注1、2)ではないだろうか。1月に彗星のように現れて「リケジョの星」「ノーベル賞候補」と崇められるも、2月には論文のコピー&ペースト疑惑が発覚、3月には早稲田大学の博士論文にもコピぺ騒動が飛び火、4月には「STAP細胞はありまぁす」のセリフを生んだ釈明記者会見に至った。
その後も、「採用試験における特別扱い」だの「らくがきのような実験ノート」だのヤバい事実が次々と発覚し、7月には論文を正式撤回し、8月には指導者の笹井芳樹氏が自殺を遂げる。そして12月19日、理化学研究所は「STAP細胞は作成できなかった」ことを公式発表し、本人は依願退職となった。
この騒動、1年を通して大きな話題だったわりに、一般人にとっては今ひとつ真実が見えてこないところがあるので、この際だから「科学界における新発見のルール」についておさらいしてみたいと思う。
「世紀の大発見」が世に出るまでのシステムある日、私が「画期的な新薬X」を発明したとしよう。「新薬X」を世に広く知らしめるには、論文を書かなければならない。この場合の論文とは、当然ながら英語である。また、書きあげた論文は他の研究者に先を越されぬよう、速やかに科学雑誌に投稿し、掲載される必要がある。婚活において素敵な男性100人と友達になっても成婚しなければ意味がないように、研究において素晴らしいデータを集めても、それを論文にして科学雑誌に掲載されないと意味がないのである。
権威ある科学雑誌は、査読(peer review)というシステムを採っている。「最先端の科学的発見」ともなると、フツーの編集者(editor)レベルでは何がスゴいのかよく判らないので、同じ分野の研究者数名に論文を査読(review)してもらった上で判断するのだ。編集者は著者(author)の名前や所属を伏せた状態の論文を査読者に送り、査読者(reviewer)は、「受理(accept)」「要修正(revision)」「却下(reject)」のうちいずれかの判断を下してコメント(comment)を添えて編集者に返却する。編集者は数名の査読者の判断を総合して、最終的に雑誌に掲載の可否を判断する。
また、大学とひと口に言っても「最高学府〜Fランク大」まであるように、科学雑誌にもランキングがある。
大学ランキングを示す数値が偏差値ならば、科学雑誌ランキングを示すのがインパクトファクター(Impact Factor/以下IF)である。IFとはざっくり言うと、「その雑誌に掲載された論文が、どのぐらい他の論文で引用されたか」という実績を数値化したもので、科学雑誌の影響力を示す指標である。
数ある科学雑誌のなかでも「CNS」と称される3誌は、『Cell』(IF=33)、『Nature』(同42)、『Science』(同32)と高いIFに裏付けられた権威を誇っている。一般人ならば、「IF > 30の雑誌に掲載 ≒ スゴい発見」と理解しておけば間違いはないであろう--「偏差値 > 70の大学を卒業 ≒ エリート」みたいなものである。なお、ここでいう『Science』誌は、日経BP社の発行する『日経サイエンス』とは全く別物なのでお間違えなく。
研究者ならば誰しも自分の書いた論文は、高いIFの雑誌に乗せてもらいたい。しかしながら高IF雑誌は投稿論文数も多く、査読は厳しく、掲載率は低い。
また、「投稿→査読→修正……」といった過程は、数か月〜1年かかる場合もあるので、あんまり高望みしてモタモタしていると、他の研究者に先を越されてしまって「第一発見者」でなくなるリスクもある。
よって、自分の研究レベルを自覚して、それにふさわしいIFレベルの雑誌に投稿することは、研究者として大切なのである。まあ、婚活女子が分不相応な高スペック男ばかり追いかけて年を重ねるよりも、自分を客観的に見つめて同レベル男と交際することが成婚の秘訣……みたいなものである。
STAP細胞のデタラメを予見していた『Science』と『Nature』問題のSTAP論文は、2012年に『Science』誌に投稿し却下された後、2013年に『Nature』誌に投稿された。『Nature』誌は「要修正」の判断だったが、笹井氏らの指導によって論文を修正して2014年1月に受理された。
今回の騒動に関連して、『Science』誌や『Nature』誌はSTAP論文の査読コメントをWeb公表している(注3)。『Science』誌の査読者は2012年の時点で、「緑に光っているのは、単なる死にかかった細胞では?」「他の細胞が混入?」といった後々の問題点を予見しており、改めて「CNS誌の査読レベルの高さ」を示している。
また、著者のなかでも最初に名前が記された筆頭著者(first author)は「その研究で最も貢献した人」とされる。「30歳でCNSのファースト」というのは、「大学3年で司法試験合格」級の快挙だろう。ちなみに、上司の笹井氏が初めてCNSの一角である『Cell』誌に載ったのは32歳のときであり、その4年後には36歳という異例の若さで京大教授となった。
STAP騒動以前に小保方氏が筆頭著者となった論文は、IF2〜8レベルで3本、IF合計は16と計算できる。これに『Nature』誌の論文2本を加えると16→100と計算され、これは早稲田大学の……いや、日本のほとんどの大学教授を凌駕するレベルとなる。
2014年6〜7月、まだ勢いがあったころの小保方氏が「筆頭著者としての説明責任」「筆頭著者である私」等々、やたら「筆頭著書」という単語を強調して釈明していたのも、ここらへんをアピールしたかったと推察できる。
小保方氏以外にも「コピペ博士」がゴロゴロいる私の場合、IF1〜6の雑誌に筆頭著者としての掲載経験が5回ある。「偏差値55〜60ぐらいの法学部卒」と言えば企業の採用担当者やら婚活女子がイメージできるように、「IF12の医師」と言えば、大学病院における研究能力の目安にはなる。
現在、このようなIFを調べるにあたって、大学図書館などに出向く必要はない。インターネットの発達によって、スマホ1台あればその研究者の発表した過去の論文数やIFがたちどころに判明する。そして「IF=0、マトモな科学論文なし、実は大学院生より業績がない」というような教授が実は少なくないことも露呈しつつある。
STAP騒動の余波で、早稲田大学の博士論文には小保方氏以外のものにもコピペが蔓延していることがバレてしまったが、大学の上層部は詳しい調査には及び腰である。その理由はズバリ、「本気でコピペ調査されると、大学院生のみならず教授クラスでもヤバい人がゴロゴロいる」のだと私は確信している。
例のSTAP論文は、『Nature』誌のホームページから無料ダウンロードできる。論文の冒頭には「撤回(Retract)」の文字が掲げられ、ちょっぴり痛々しい(冒頭の写真参照)。しかしながら、その程度のWeb検索もせず、論文そのものに目を通さないままにこの問題を論評するジャーナリストやら文化人とやらがワンサカいるのも残念ながら事実である。
笹井氏の死後、CNSのなかでも『Cell』誌と『Nature』誌は追悼記事を掲載した(注4)。日本は本当に偉大な科学者を失った……と惜しまれる。合掌。
まとめ婚活は成婚してこそ、研究は論文が科学雑誌に掲載されてこそ意義がある大学ランキングの指標に偏差値があるように、科学雑誌ランキングの指標がIFであるCNSと呼ばれる『Cell』『Nature』『Science』の3誌は高IFで“科学雑誌の御三家”であるインターネットの発達した現在では、研究者のIFは簡単に判明する。その結果「大学院生より研究業績のない教授」がゴロゴロいることがバレつつある笹井芳樹氏は本当に偉大な科学者だった注1:
筒井冨美(つついふみ)フリーランス麻酔科医。1966年生まれ。某国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場をもたないフリーランス医師」に転身。テレビ朝日系ドラマ『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』にも取材協力