GPIFの運用比率見直しに「生活保護のほうがマシ」
「若い頃から水商売、日雇いの建設作業員を転々としよった。ばってん、年金なんか払ったことはなか。生活保護は受け取らんたい。役所の人間にあれこれ言われるのは好かんけんね。月収、7万円もいけばいいほうたい」
12月の寒空の大阪市西成区の公園で、こう話すのは吉田栄治さん(仮名・60歳)だ。高卒後、しばらく鉄工所に勤務したものの馴染めず、以来、生まれ故郷である九州を離れ、大阪の地にやって来た。これまで正規雇用の職に就いたことはないと話す。だが、非正規雇用の者であっても国民年金保険料を毎月納付する義務を負う。
だが、その日その日の暮らしを大事にしてきた吉田さんにとって月額約1万5000円の国民年金保険額は大きな負担だった。だから支払うことなく60歳を迎えた。国民年金保険料を一度も納めたことがない吉田さんは、当然のことながら無年金者として、これからの老後を過ごさなければならない。
「義務を果たしてないから権利がない。当然のことたいね。いざとなれば生活保護もある。なせばなる。難しく考えとらんよ」(吉田さん)
バクチのようなGPIFにカネを払う行為こそバクチ国民年金保険料は現在、大雑把にいえば、日本年金機構が徴収し、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用している。そして60歳以上といった受給要件に達した者が受給を申請、年金などを受け取ることになる。このGPIFでは徴収した年金保険料などを、株式や債券などで運用するのは、ひとえに「変動する経済の動き」に備えたものだ。徴収した年金保険料をそのまま何ら運用せず、ただプールしておけばその額は目減りすることはない。しかし長期的な視点でみれば物価や賃金上昇で、徴収した年金保険料額という資産そのものの価値が目減りすることもあり得る。だから効率的に運用し、それを避ける目的がある。
GPIFでは、年金資産約130兆円を運用しているが、この10月末、それまで12%だった株式での運用を25%に引き上げた。同時に60%だった国内債券の比率を35%に引き下げている。経済動向に合わせ、年金加入者が将来塗炭の苦しみを味わうことのないよう、「決して失敗できない」(厚生労働省関係者)資産運用をGPIFでは強いられている。
しかし資産運用に“絶対”は有り得ない。専門家ならずとも年金資産の運用に失敗し、もしかすると年金が貰えなくなるのではとの不安は誰しも付き纏う。
「国が年金と称して集めたカネをバクチ(金融市場での運用)ですることだってあろうもんが。そんなもんに入ること自体がバクチたい。俺が年金保険料払わんかったのは、あながち間違いではなか。そのための生活保護たい」(吉田さん)
吉田さんのように考える人は大阪市西成区など、あいりん地区にはすくなくない。年金がなくとも生活保護というセーフティネットがある。だからこそ年金保険料など支払わなくてもいいという考え方だ。
「生活保護があるから国民年金保険料を支払わないというのは本末転倒。国民年金保険を支払っていれば老後は安泰という考え方を今一度、きっちり啓蒙しなければならない」(厚生労働省担当者)
年金受給期間の短縮は2015年10月実施予定各種報道によると、12月17日、政府は消費税率10%引き上げ時に実施するとしていた年金受給に必要な加入期間を25年から10年に短縮する措置を予定通り2015年10月から実施する方針を固めたと伝えた。
国民年金保険料の未納分を過去10年分まで納付できる特例措置を利用し、あらたに年金受給を考えている人がいる一方で、「10年だろうと25年だろうと、西成の住人には関係なか」(吉田さん)という人も数多い。
政治が、行政が、どんなに啓蒙活動に力を注いでも、差し伸べられた救いの手を振り払う人は、いつの時代、どのような社会情勢でも後を絶たないのかもしれない。
(取材・文・写真/秋山謙一郎)