涌井秀章投手とロッテ球団との初交渉は11月19日になるようだ。そしてマスコミの報道によればロッテ球団はその日、涌井投手に対し先発手形とインセンティヴを合わせ、2年総額6億円という条件を提示すると言う。片岡治大選手に関する記事でも書いた通り、西武球団が提示している条件とはまるで雲泥の差だ。ロッテ球団のこの提示に対し、西武球団は先発手形さえ提示せず、金額的にも今季推定年俸2億2000万円からの減額による単年契約という。もちろん西武球団も報道されていないだけでインセンティヴは提示しているはずだ。だが涌井投手が最も求めているのは金銭面ではなく、先発として起用することなのだ。果たして鈴木葉留彦本部長はなぜ先発手形を出すことができないのか?編成の長である鈴木本部長であれば監督に伺いを立てずとも、その権限により手形を発行できるはずではないのか。それとも西武球団の編成の長には権限など存在しないのだろうか。

監督を選任するのは西武球団では鈴木本部長の役目だ。それなのに涌井投手の先発復帰に関して鈴木本部長は「監督の意向もある」と言い、涌井投手の先発起用を決して明言することをしなかった。確かに監督の意向も重要だ。だがそれ以上に球団本部長には普通に考えれば本来は明確な権限があるはずだ。チームビルディングの最高責任者であるのだから、GMを置かない西武球団であれば球団本部長の意向に監督は基本的には従わなければならない。西武球団の悪い癖として、そのような責任の所在を明確にしないためにチーム作りが上手くいかないことが多い。鈴木本部長の「監督の意向もある」というコメントは、これはまさに責任転嫁でしかない。「必ず監督を説得する」くらいのことを言って、涌井投手に対し先発手形を確約するのが球団本部長の務めであり、マネーゲームには決して参加できない西武球団が見せられる最大限の誠意とは言えないだろうか。

もちろん無条件で手形を出さないのには、「先発の座は自分で取り返せ」という檄も込められているのだと思う。だが西武球団と涌井投手との関係は過去の契約更改やトラブルを起こした際の球団の対応を見ていても決して良好とは言えない。良好ではない関係であるのに下手に檄を飛ばすだけでは、誠意が涌井投手に伝わるはずはないのだ。もちろん報道だけでは見えないことも多々あるとは思う。我々ファンが知る由もない交渉が、西武球団と涌井投手の間ではなされているのかもしれない。だが少なくとも現時点での情報だけで判断するならば、西武球団は涌井投手を本気で慰留したいようにはファンにはとてもじゃないが感じられないのだ。これこそが最たる問題ではないだろうか。

確かに今、西武ホールディングスは再上場を目指して再建を進めている最中であり、西武球団に対して不必要な金銭的補填はしたくないというのが本音だとは思う。だがそれによって主力選手を同時に2人も失ってしまえば、来季の優勝は開幕前に潰えることにもなってしまう。それでは再建どころか、最悪の場合優勝争いに絡めないライオンズは西武HDのお荷物にもなりかねない。それでなくても西武HDにはサーベラスという物言う大株主の存在があるのだ。涌井・片岡両選手に対して条件・金銭的誠意を見せる痛手と、2人を同時に失う痛手。どちらがより大きな痛手であるかは火を見るよりも明らかだ。

何もマネーゲームをしろとは言わない。だが少なくともファンが納得できるだけの交渉は見せてもらいたいのだ。仮に、万が一でもこのまま涌井・片岡両選手を失ってしまうことになれば、ファンは誰も納得することはないだろう。鈴木本部長にしても、伊原春樹監督にしても、立場的にスポーツ紙は毎日読んでいるはずだ。つまり涌井投手が先発手形を求めていることは重々に承知しているはずなのだ。だからこそ「先発手形は出せない」と言うのではなく、「先発として使うからエースの地位を自分の力で取り返せ」くらいのことを涌井投手に対し言って欲しいと筆者は期待しているのだ。

西武球団には本当にまったく交渉力がない。果たして西武球団はなぜ瀬戸山隆三氏を招聘してこなかったのだろうか。瀬戸山氏と言えばダイエーホークス時代、西武ライオンズの黄金期を作り上げた功労者である坂井保之氏の許でチーム作りを学んだ辣腕だ(もちろん坂井氏に戻ってもらうという選択肢があっても良いと思う)。井口資仁選手がメジャーからマリーンズに入団したのも、ひとえに瀬戸山氏の存在がマリーンズにあったためだ。ただ、瀬戸山氏も坂井氏の後任となった後はダイエー本社が経営難に陥り、人気ベテラン選手の首切り役をさせられ、ホークスファンの反感を買ってしまうこともあった。西武HDも経営は決して芳しくはない。だが瀬戸山氏が戦力外通告をしたのは38歳でその年46試合にしか出なかったベテラン選手だ。涌井・片岡両選手のような大活躍が見込まれる選手ではない。つまり瀬戸山氏が当時買ってしまった反感と、今鈴木本部長に対し筆者が感じているものとはまったく内容が異なるのだ。

西武球団には涌井投手に対し、同じく経営に苦しみ、さらには自前の球場を持っておらずに莫大な経費も抱えているロッテ球団でも出せる2年総額6億円という額を提示する経営体力は、果たしてもうないのだろうか。そうであるとは決して信じたくはない。だがここ2年の先発としての不振があったからと言い、ここまで頑なに2億2000万円からの減額と単年契約、そして先発手形の不提示に拘る姿勢を見せられると、西武球団が高額年俸選手を放出したくて仕方がないようにファンの目には映ってしまうのだ。もちろんそんなことはないとは思う。だがそうでなかったとしても、ファンの目にはどうしてもそう映ってしまうのだ。減額での単年契約はまだ仕方がないと思う。これに関してはインセンティブを付帯させれば問題はないだろう。だがせめて先発手形だけは明確に提示してもらいたい。ファンも見たいのは最終回にだけ投げる涌井投手の姿ではなく、完封勝利を挙げる姿なのだ。守護神が長年固定できなかったからとは言え、仮にまた不調になったら涌井投手を守護神起用できる可能性を残しておくというのは、これは球団としての怠慢であるとしか言いようがない。

FA獲得を明言した球団の諸条件を精査し、その上で涌井投手が他球団を選んでしまったのならばそれは仕方のないことだと思う。だが現状で西武球団が涌井投手に対し提示しているのは、とても引き留める気がないように思えるほどのものなのだ。仮に、万が一涌井投手がライオンズを出てしまうというようなことになれば、この一連の流れにファンは決して納得することはしないだろう。だからこそ、ファンが納得できるようになるためにも、鈴木球団本部長にはもう少し慰留に対し本気度を見せてもらいたいのだ。「西武球団にはお金がないのでこれ以上は出せませんよ」と言うのは、これはもはや交渉ではない。ただの無責任な言い分だ。涌井投手だけではなく、片岡選手を引き留めるためにも鈴木本部長には“交渉”を行ってもらいたい。それこそが筆者を含め、今ファンが抱く最たる願いなのではないだろうか。