文字どおりの金の卵――。2012年ロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太(27歳/三迫ジム)が、ついにプロのベールを脱いだ。8月25日、東京・有明コロシアムで行なわれた73キロ契約の6回戦で、東洋太平洋ミドル級王者の柴田明雄(31歳/ワタナベジム)に圧巻の2回TKO勝ち。契約を交わしている業界最大手のトップランク社、ボブ・アラム・プロモーターがリングサイドで見守るなかでの快勝だった。

 40キロ台後半〜50キロ台前半の軽量級のスピーディーなやりとりと、強打とテクニックが融合した60キロ前後の軽中量級を見慣れている日本のボクシングファンにとって、この日の村田対柴田の試合は、ド迫力ものといえた。その主役が、村田だったことは言うまでもない。開始ゴングが鳴ると、偵察の時間も惜しむように相手に圧力をかけ、惜しげもなく十八番の右ストレートを再三繰り出した。さらに1年前のロンドン五輪で見せた、重量感たっぷりの左ボディブローも披露。1ラウンド終盤に伸びのある右ストレートでダウンを奪い、2ラウンドにはワンツーでKO寸前に追い込んでレフェリーストップに持ち込んだ。「一発、これをもらったら危ないなという(柴田の)パンチがあった」と村田はいうものの、実際にはまったく危なげない内容の完勝だった。

 戦闘時間は5分24秒――。この短い時間のなかで、村田は何を見せ、どんな将来性を感じさせたのだろうか。

 試合後、村田本人は「80点ぐらいは(もらっても)いいですか?」と控えめだったが、関係者の評価はおおむね高かった。海外進出を含め、総合的にサポートしている帝拳プロモーションズの本田明彦会長は、「デビュー戦にしては200点の出来」と絶賛。アラム・プロモーターも、「単に世界チャンピオンになるだけでなく、スーパースターになる素材であることを確認できた」と手放しで喜んだ。WBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志(33歳/ワタナベジム)に至っては、「(村田は)スパーリングをやるような感じで落ち着いて戦っていた。世界? 間違いなく行くでしょう」と断言したほどだ。

 こうしたなか、「もし戦うとしたら」という視点で、付け入るポイントを探りながら観戦した選手もいた。元WBA世界スーパーウェルター級暫定王者の石田順裕(38歳/グリーンツダジム)である。リングサイドで観戦後、石田は興味深いコメントを残している。「早い段階で柴田さんの腰が引けてしまったのが残念。(村田の)右が来るのが分かっていながら、サークルすることしかできなかったじゃないですか。僕なら出てくるところに右のカウンターを狙います。(村田が)強いのは間違いないけれど、こう戦えば、というのも見えました。ぜひ戦いたいですね」。最後はラブコールを添えて、村田をこう分析した。すでに村田は、元世界王者からも対戦候補として意識される存在になっているのである。

 その村田本人は、自分のボクシングで最も自信のある部分として、「プレッシャーのかけ方」と答えている。その理由として、「僕と対峙して下がらなかった相手はいなかったから」と加えた。30戦目にしてこれ以上ないほどの完敗を喫した柴田のコメントが、それを裏づけている。「身体の力、プレッシャーがすごくて、何もできませんでした……」。また、今回の試合を前に20ラウンド前後のスパーリングの相手を務めた日本ミドル級王者、中川大資(35歳/帝拳ジム)も同様の感想を口にしている。「フィジカルの強さ、体力を生かしてプレスする力は飛び抜けています。イメージとしては、壁が押し寄せてくる感じです。それでスタミナも削られてしまうんです」。

 ただ、パワーやフィジカルの強さ、巧みな圧力のかけ方など、一定の答えを出している村田だが、見据える先が世界であることを考えると、初陣で東洋太平洋王者を圧倒したからといって満足などしていられない。なにしろ、160ポンド(約72.5キロ)を体重上限とするミドル級には、世界中に数えきれないほどの実力者がいるのである。その頂点にいるのが、2004年アテネ五輪ミドル級銀メダリストであり、現WBA王者のゲンナジー・ゴロフキン(31歳/カザフスタン、ドイツ)だ。キャリア7年で27戦全勝(24KO)と完璧なレコードを誇り、前出の石田を含め、目下8連続KO防衛中の絶対王者である。当然といえば当然だが、村田自身も、「今は勝てない」と脱帽するしかない強さを見せつけている。