日中の暖かさが肌寒さに変わりつつあった試合前、スタジアムDJが声高に叫んだ。
「FIFAランキングでアジアナンバー1の日本と、2位のオーストラリアの対決です！」

　昨年のアジアカップでファイナルを争った両チームの対戦は、アジアの頂上決戦と見なされてきた。ドイツ・ワールドカップ以降は4度対戦しており、1勝2分け1敗とイーブンの成績が残っている。

　07年のアジアカップでは日本が勝利を収めたものの、決着はPK戦へ持ち込まれた。昨年のアジアカップ決勝は、延長戦による勝利である。90分以内で勝ちきったゲームとなると、01年8月までさかのぼらなければならない。データとしては、もはや参考にならないものだ。

　4日前にアウェイでオマーンと引き分けたオーストラリアは、日本に遅れてブリスベン入りした。移動距離の長さと気候の違い、さらにはホームにもかかわらず時差にも直面していた。

　フィジカルコンディションとスケジュールは日本に有利だが、何といってもオーストラリアはホームである。ブリスベン市内のスタジアムはところどころに空席が目立ったものの、分厚い音量の声援が〈サッカルーズ〉に降り注がれていた。

　週末にラクビーが開催された影響で、ピッチはひどく荒れていた。照明が照らす緑色はそれなりに輝きを放つが、実際はデコボコが目につく。そればかりか、ネチョネチョとして滑りやすいところもあった。

　果たして、オーストラリアは序盤から空中戦を挑んできた。最終ラインからも、ためらうことなく前線へ蹴り込んできた。

　高さで日本を上回るだけに、ロングボールが効果的なのは間違いない。実際にオーストラリアはチャンスを作り出しており、立ち上がりの好機を川島に阻まれなければ、機先を制することができただろう。戦略としては実効性があり、なおかつ現実的である。

　ゴール前へボールが上がるたびに、スタジアムには歓声と悲鳴が交錯した。僕自身、思わず声を張り上げ、身体を乗り出すことがあった。空中戦を巡る攻防はスリルに満ちていて、スタジアムのボルテージもどんどんと高まっていった。

　周囲の熱気と対照的に、僕自身は次第に気持ちが冷めていった。フィジカルの強さで、オーストラリアが勝利をつかんだとする。選手は、観衆は、それで満足感を得られるのだろうか。彼らはその先に、どんな未来を見据えているのだろう。どんな展望を思い描いているのだろう。

　オーストラリアの未来が、僕には見えてこなかった。日本相手に強力な強みとなるフィジカルも、世界へ出れば効力は薄れる。

　かといって、圧倒的な身体能力と技術を兼備するイブラヒモビッチのような選手が、この国には見当たらない。かつてフース・ヒディンクが認めた飽くなき闘争心も、技術や戦術のわずかな差を埋める際の強みである。勝利を引き寄せる決定的な要因とは成り得ない。

　力ずくのパワープレーは最終予選突破への実利主義的選択かもしれないが、これが“アジアの頂上決戦”だとしたらひどく寂しい。本田の発言が「過激」と報道されているが、実際に戦った選手なら当然の意識だと僕は思う。

　ブリスベンの夜は、日本とオーストラリアに等しく勝ち点1を分け与えた。しかし、両チームが見せた「志」は、明らかに違った。

　志や野心がどれほど高くても、勝利をつかめなければ説得力を欠く。だからこそ、オーストラリアのパワーサッカーを叩きのめしてほしい。日本のホームでは守備を固めてくる相手を、パスワークとアジリティで“チンチン”にしてほしい。FIFAランキングでアジア最上位を競り合っていても、目ざすところは違うという気概を、次回の対戦で存分に見せつけてやるのだ。こんなチームと引き分けるなんて、僕には納得できない。