そんなジャイアント・キリングが成立するためには、いくつかの条件があると僕は考えている。

1つは集中力の面で、格下のチームが格上のチームを上回っていること。
2つ目はディフェンス陣およびゴールキーパーに、神がかったプレーが見られること。
3つ目は得点シーンで、ほんの少しだけ「運」に恵まれること。

『マイアミの奇跡』の時、ブラジルは明らかに日本を格下と見て油断していた。
逆に日本は、28年ぶりのオリンピック出場でモチベーションは最高潮にあった。

そしてゴールキーパー川口能活がスーパーセーブを連発し、ブラジルの猛攻をゼロ封。
最後に、ブラジル GKジーダとセンターバックのアウダイールが味方同士で激突してしまうアクシデントが起こり、伊東輝悦の決勝ゴールが生まれた。

この試合のなでしこジャパンは、15年前のオリンピック代表と共通する部分を持っている。
あと足りないのは、ほんの少しの「運」だけ ーー。

そして 100分間以上、勝利を信じて戦い続けたなでしこたちに、サッカーの神様はついに最後のワンピースを与える。

センターバックの岩清水梓から、中盤に向けてフィードが供給される。
これを岩渕真奈が落としたとき、ここに待っていたのは澤穂希だった。

まるで道端の小石を蹴るかのように、自然体で澤が放った、すくい上げるようなダイレクトパス。
これが美しい放物線を描き、ドイツのディフェンスラインの裏、右サイドに走りこんだ丸山桂里奈にピタリと合う。

そしてゴールライン際、角度のないところから丸山は、迷うことなくノートラップで右足を振りぬいた。

角度のない位置から、さらに角度のないファーサイドへと飛んだボール。
ニアサイドをケアしていたドイツGK、ナディーン・アンゲラーは意表を突かれ、このシュートを見送ることしかできない。

そしてこのシュートは見事、「ここしかない」コースを抜けて、ファーサイドのサイドネットへと突き刺さったのである。

なでしこの達成した『ヴォルフスブルクの奇跡』

「キアアァァァァァァァァ0000!!!!」。

解説の、…いや延長に入った頃からはすでに解説を放棄して、ただの女子サッカーファンのお姉ちゃんにクラスチェンジしていた川上直子さんが、声にならない絶叫を響かせる。

対照的に、ざわめき立つヴォルフスブルクの大観衆。

双方のファンにとって「あり得ないこと」が起こってしまった瞬間だった。

おそらく丸山桂里奈に「もう一度あのシュートを決めろ」と言っても、おいそれと決めることはできないだろう。
そんな “奇跡の一発” が、この最も重要な場面で飛び出したのだ。

欠けていた最後のワンピース、「運」をも味方につけたなでしこジャパンが、ついにあと 12分でディフェンディング・チャンピオンを倒すところまでやってきたのである。

そして残りの 12分間は、それまでの 108分間とはまるで違う試合のような展開になった。

一気にテンションが上り、パワープレーからの猛攻を仕掛けてくるドイツ。
何とかこれを耐えしのぐ日本。

しかし本気モードになったドイツの圧力は凄まじく、日本は完全に防戦一方となってしまう。
おそらくドイツに最初からこれをやられていたら、日本はその圧力に屈していただろう。

それでもこの時間帯、日本の集中力が途切れることはなかった。
特にゴールキーパーの海堀あゆみが、この場面でスーパーセーブを連発する。

海堀は大会前の壮行試合となった韓国戦、そして大会初戦のニュージーランド戦、さらに第3戦のイングランド戦と各試合で失点に繋がるミスを犯し、その不安定さを再三指摘されてきた。

ゴールキーパーに最も必要と言われる「安定感」の面では、おそらく代表の3人のゴールキーパーの中でも最も劣る。