往々にして、もはや元には戻らない…「見過ごされたエラー」が「突然変異として固定」してしまう衝撃のシナリオ

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美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

誤りを放置しない〈正直者〉

細胞の中でDNA複製がおこなわれる際に、実際にどの程度の割合、あるいはどの程度の頻度で複製エラーが生じているのかは、じつは誰も知らない。前回の記事で紹介した10万回に1回ほどの頻度というのは、試験管内における実験の結果に基づく数値であり、実際の細胞内でも同程度の頻度で生じる可能性はある。ただし、複製エラーの大部分は即座に修復されるから、最終的には10億回に1回くらいの頻度にまで下がると考えられている。

前回同様にピアノ演奏に喩えると、このエラーを起こしたときのDNAポリメラーゼの挙動が、プロのピアニストとは大きく異なるところなのである。

つまり、ピアニストのミスタッチは通常、修復されることはなく、「なかったものとして」そのまま曲は続いていく。コンサートでミスタッチしたからといって、ピアニストがそこでおもむろに立ち上がり、「申し訳ありません、4小節前から弾き直します」といって演奏し直すなんてことは考えられない。

DNAポリメラーゼはその点、〈正直者〉である。

DNAポリメラーゼの場合、鉛筆のお尻についた消しゴムのような「3′→5′エキソヌクレアーゼ」という酵素活性をあわせもっていることがほとんどである。したがってDNAポリメラーゼによる複製エラーは、この酵素活性によって生じた直後に取り除かれ、正確な塩基をもつヌクレオチドがきちんと置き直される。

誤りをそのまま放置しておかないのが、DNAポリメラーゼの良いところである。そのため、ほとんどの複製エラーは、“証拠”としてその後に残ることがない。すごいもんである。

ミスマッチ塩基対のところは「どこかヘン」な構造になっている

いくら有能な修復メカニズムが備わっていたとしても、どうしても最後まで修復されずに残ってしまう複製エラーがある。この場合の「最後まで」というのは、「次にDNAが複製されるまで」という意味だ。

というのも、突然変異についての記事でも述べたように、次にDNAが複製されてしまったら、突然変異として固定されてしまう、すなわち、「もうおしまい」だからである。

でも、ご安心ください。

複製エラーが生じた刹那(せつな)、たとえAとC、GとTなどのような「ミスマッチ塩基対」になってしまったとして、ふつうなら前述のようにDNAポリメラーゼの校正機能(3′→5′エキソヌクレアーゼ)が除去してくれることになっている。しかし万一、校正がなされなかった場合は、DNAの構造上の不具合を見つけてくれる別の修復機構が、このミスマッチを発見してくれる。

要するに、正常なワトソン・クリック塩基対ではないミスマッチ塩基対になっている箇所は、その直径がきっちりと2ナノメートル程度となっているはずの二重らせんの幅からボコッと飛び出したような、あるいは凹(へこ)んだような、「どこかヘン」な構造になるのである。

この「どこかヘン」な構造を認識し、元どおりに修復してくれるその機構を「ミスマッチ修復機構」という。

「固定される」突然変異

この修復システムがミスマッチ塩基対を見過ごし、そのまま次の複製を迎えてしまうとどうなるか。

次の複製では新たな正しい塩基対が、元はミスマッチ塩基対だったそれぞれの塩基に対して生じてしまうため、もはや修復機構がこれを「修復すべきもの」と見なさなくなってしまう。いったん生じたミスマッチ塩基対は、そのまま次の複製が起こってしまうとほとんどの場合に“正しい塩基対”となり(2回続けてミスマッチとなる確率は非常に低い)、もはやミスマッチではなくなってしまうのである(図「ミスマッチの放置と突然変異」)。

こうして、複製エラーが見過ごされ、次の複製がおこなわれた時点で、その複製エラーは「突然変異」として固定される。

突然変異は、その経緯を知っている人間たちからすれば「変異」だが、その刹那にのみ執念を燃やす生体分子たちには、経緯なんか関係ない。いまそこにあるものがミス

マッチなのかミスマッチでないのかだけが重要なのである。突然変異は、誤字・脱字が残ったまま印刷されてしまった紙の本と同様、偶然に2回めの突然変異が起こって元の塩基対に戻る可能性もないことはないが、往々にしてもはや元には戻らない。

複製エラーは本来、外からの要因が元になって生じるものではない。DNAポリメラーゼがもともともっている、「いかに正しい塩基をもつヌクレオチドを、そこに正確に置くことができるか」を示す指標である「複製忠実度」、すなわち内因性の性質に起因する。

その一方で、外来性の要因によって複製エラーが誘発され、突然変異へと突き進むような現象も存在している。

*   *   *   *   *

次回は、外因性の複製エラーと、それが「突然変異」として定着しないようにはたらく“縁の下の力持ち”(でも、じつはちょっといい加減…)についての解説をお届けします。

DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり

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