なぜ「インタビュアー林修」は"神回"を生めるのか
『日曜日の初耳学』の中の対談企画「インタビュアー林修」が盛り上がる理由とは?(画像提供:毎日放送)
「テレビに出るなんてありえない」人も続々
「テレビに出るなんてありえない」「こんな日がくるなんて」――。
先日、シンガー・ソングライターの米津玄師氏が初めてトーク番組に出演し、大きな反響を呼んだ。出演したのはバラエティ番組『日曜日の初耳学』(毎週日曜22時〜、MBS・TBS系。以下『初耳学』)。MCを務める林修氏が“時代のカリスマ”と1対1で対峙する対談企画「インタビュアー林修」に登場したのだ。
「インタビュアー林修」には、これまで日本を代表する俳優、スポーツ選手、ミュージシャン、学者など錚々たる大物ゲストが登場してきた。
「日曜日の夜は月曜日からまた仕事が始まるから憂鬱になりがちなので『明日からまた頑張ろう』と活力をもらえるような番組が日曜日の夜には合っているんじゃないかということで今のスタイルになりました」
そう語るのは『初耳学』総合演出の田中良憲氏。2007年からフリーのディレクターとして『リンカーン』『クイズ☆タレント名鑑』『水曜日のダウンタウン』(TBS系)といった人気番組を担当してきたベテラン映像ディレクターだ。『初耳学』を立ち上げた水野雅之氏に誘われ2018年に毎日放送に入社し、話題作を多数世に送り出し続けている。
「インタビュアー林修」が「神回」を生み続けている秘訣を探ると、視聴率と闘い、試行錯誤をひたすら繰り返してきた番組の歩みが見えてきた。
「雑学だけではなかなか数字がついてこない」
2015年から始まった『初耳学』は、知っておきたい話題のトレンドをやさしく楽しく掘り下げる番組だ。予備校講師でタレントの林修氏と俳優の大政絢氏がMC、お笑いコンビ・ハライチの澤部佑氏、俳優の中島健人氏がレギュラーを務める。
放送開始当初は世間であまり知られていない情報や話題(初耳ネタ)を募集し、林氏に抜き打ちで出題する雑学クイズのようなスタイルを軸にしていた。が、さまざまな企画にチャレンジするものの、視聴率には苦戦。『林先生が驚く初耳学!』→『林先生の初耳学』→『日曜日の初耳学』と次々と番組名が変わってきたが、それは番組が辿った試行錯誤の経緯を象徴している。
『日曜日の初耳学』総合演出の田中良憲氏
「日曜日の夜という時間帯に合う企画作りにチャレンジしましたが、雑学だけでは数字はついてこなかったですね。『千葉は本当は島じゃないのか』『八丈島に島流しは本当にできたのか』とか少々お馬鹿でアカデミックな企画をやって、自分では面白いと思っても、視聴率が伸び悩んだ時期がありました」(田中氏)
そんな番組の命運を大きく変えることになったのが2021年から始まった対談企画「インタビュアー林修」だった。
「この企画が始まる前まで林先生の強みがあまり活きていなかったんです。そこで番組の目玉でもある林先生自身のトークが活きる企画を作ろうと、「インタビュアー林修」が始まりました。初回のゲストは実業家のROLANDさんでした。インタビュー自体も面白かったんですが、そこに学びがあって、視聴率もよかったんです」(田中氏)
「本になっているような一流の大物による金言や名言を聞ける“学び”のあるテレビ番組」というコンセプトに林先生をかけあわせた結果、若者を中心に着実に人気を獲得していくことになった。
大反響を呼んだ「現代最強マーケター」森岡毅氏の回
「インタビュアー林修」は芸能人だけではなく、ローソン社長・竹増貞信氏、マーケターの森岡毅氏、ブランドプロデューサーの柴田陽子氏といったバラエティ系トーク番組にはあまり登場しない経営者、ビジネスパーソンも出演している。特に2021年11月14日に放送された森岡氏の回は大反響を呼び、番組公式YouTubeにアップされた対談動画の再生回数は471万回(2024年10月20日時点)を超えた。
「大事なのは、マイナスの特徴をポジティブに捉えなおすこと」
「本能にぶっ刺されば当たる」
「自分の強みは名詞ではなく動詞に存在している」
ビジネスパーソンとして初のゲストとなった「現代最強マーケター」森岡氏から魂の名言が飛び出したこの対談は、まさに視聴者の本能に“ぶっ刺さる”「神回」となった。『初耳学』にとっても森岡氏の回は大きな転機となった。
「以前から林先生は『ゲストがオタクの一人語りのように熱を持って語るのが一番聞きたい』とおっしゃっていて。森岡さんの熱のこもった言葉には本当に圧倒されました。これまでインタビューを2回、熱血授業というコーナーに2回出演していただきましたが、森岡さんの言葉は人々に届くんです。論理的でありながら、相手の心に言葉を運ぶ力も強い。だから、視聴者の心に届くのだと思います」(田中氏)
ビジネス界のカリスマとはいえ、芸能人のようなテレビ受けしやすい人物をキャスティングするのには、ほかにも理由があった。
「経営者が語る仕事術や思考法を日曜日の夜というタイミングで取り上げるのは、翌朝、月曜からまた仕事に向かう視聴者の方々の気分にマッチしていると感じています。
(画像:『日曜日の初耳学』公式サイトより)
「学び」につながる出演者の言葉を、トーク番組という形で、視聴者にわかりやすくして届けるのが我々の仕事です。森岡さんの場合は『USJを再建させた立役者』、柴田さんの場合は『ウチカフェ(ローソンのスイーツブランド)を手掛けた』という一つのキャッチがあります。視聴者の方々との“接点”を作ることを大事にしています」(田中氏)
ゲストが驚く林修氏の「予習力」と「聴収力」
そんな「インタビュアー林修」では、登場するゲストが「こんなことまで調べてきたんですか⁈」と、林氏がゲストについて徹底的に“予習”してくることに驚くという。
林氏は、過去の作品、著作等にすみずみまで目を通すなど、事前準備を徹底的に行ってから収録に望むという。そうした「予習力」をベースに、相手の本音や奥底に眠っていた言葉をインタビューの現場で聞き出す「聴収力」が本番で炸裂する。
かつて俳優・歌手の上白石萌音氏の回では、彼女が大事にしているお祖母さんの話題がでた際、著書を「このページですね」と開いて見せたり、ミュージシャンのゆずの回では国立国語研究所が発表したヒット曲『虹』の歌詞についての論文を引用して話を展開したり。
脚本家・三谷幸喜氏の回ではマニアックな歴史上の人物トークでひたすら盛り上がったりと、独特かつ深みのあるインタビューを繰り広げてきた。
「林先生は、現代文の講師なので本や資料を読むスピードが異様に速いんです。僕だと4時間くらいかけて読む本を45分くらいで読んでしまう。だから人よりも知識を脳内にインプットして、さらに筆者が本の中で何を言いたいのかという核心にも到達されるのではないかと」(田中氏)
田中氏は、林氏は相手の本音を聞き出すためにある行為を探っていると言う。
「林先生は番組の進行や流れをあえて無視して、僕が『次、行きましょうか』と合図を出しても、全く違う話をし続ける時があるんです。ゲストにインタビューしながら、どこでゲストのスイッチが入るのかを探しているのだと思います。
林先生は『一番熱を込めて話しているトークが絶対に面白い』という考えなので、それを引き出すために収録時間が延びてしまうこともあります。でも、林先生がスイッチを探し当てた時は、一気にトークの熱量が上がって、爆発的に面白くなります」(田中氏)
『初耳学』チームの巧みな「編集力」
大物ゲストのキャスティング、相手の本音を引き出す林氏のインタビュー術、そうして引き出されるカリスマたちの本音と名言――。それらを視聴者にしっかり届く形に編集してまとめあげるのが田中氏を筆頭とした『初耳学』チームだ。
「インタビューの際にお話が複雑だったり、大きく脱線する場合は、林先生が言葉で整理して流れを軌道修正してくれますが、それでも一般の方には難しいなと思う場合は、ナレーション付きの映像で説明します。映像を編集して繋げるという点では、トーク番組は経験の少ないディレクターさんでもできなくはないんです。でも、そこを丁寧に編集することこそがクオリティに関わると、こだわってやっています」(田中氏)
田中氏は、アナログな手法で映像作りに取り組んでいるという。
「これが正しいのかどうかわかりませんが、僕は収録が終わってから、もう一回素材を見返して、自分で文字起こしをして、紙で構成を作るんですよ。ゲストの魅力や核心的な話を逃さないためです」(田中氏)
そのこだわりは我々の想像を軽く超えていた。3秒に1度など映像を巧みに切り変えることで人が飽きない工夫をする。トークと映像、BGMを見事にシンクロさせることにより、林氏とゲストの言葉をより味わい深い「名言」として際立たせる。
これらは、プロの「テレビ屋」による技術があってこそで、それがあって「神回」が生まれ続けているのだ。
『初耳学』の今後は…?
『初耳学』に構成として参加している放送作家の寺田智和氏は田中氏についてこう語る。
「田中良憲は本当に努力家ですよ。彼がやっている編集手法はめちゃくちゃ難易度が高いですから。林先生も凄いんですけど、田中さん本人は言いたがらないけど、彼もすごく予習をして挑んでいます。こんなに下調べするのかと驚きますよ。他の番組では聞けない情報を何とか引き出そうとしたり、他にもコメントをもらえる芸能人はいないのかとか貪欲に探していったりとか。事前の努力を彼はずっとやり続けていているんです」
「インタビュアー林修」が人気を博した『初耳学』だが、今後はどうなっていくのだろうか。
「「インタビュアー林修」で知った芸能人同士の意外な交友関係がいろいろありました。たとえば『常盤貴子さんと仲間由紀恵さんの女子旅に林先生が同行する』とか『豊川悦司さんと布袋寅泰さんの酒席に林先生が参加する』というように、派生企画をやってみたいです。
僕は今、『初耳学』だけを担当していて、ロケ前の構成から完成に至るまで全部をしっかり自分で見るようにしています。でもそれでも見きれない部分があって、それをチームの仲間がカバーしてくれます。彼らの熱量が上がるようなチーム作りをこれからも大事にしたい」(田中氏)
語る人、また見る人の琴線に触れる言葉を引き出し続ける『日曜日の初耳学』。「明日からまた頑張ろう」という活力を、これからも我々に与え続けてくれるに違いない。
(ジャスト日本 : ライター)