そりゃ、1つくらいは「ミス」するだろう…「めったに起こらないはず」の複製エラーが起きてしまう「意外に科学的でない」要因

写真拡大 (全4枚)

美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

生物に起こる突然変異の代表的なタイプ

突然変異、すなわち「塩基配列の変化」には、さまざまなタイプがある。

最もひんぱんに起こると考えられている突然変異は、1つの塩基が別の塩基に変化する「置換」である(図「突然変異の種類」)。生物に起こる、ほとんどの突然変異がこれにあたると考えられる。

というのも、突然変異の主要な原因である「複製エラー」は、DNAポリメラーゼが塩基対を形成する際に正しくない塩基をもつヌクレオチドをときどき間違って置いてしまい、そのままホスホジエステル結合をつくってしまうからである。

図「突然変異の種類」:「置換」以外にも、複製される際にある塩基対や一定の長さの塩基配列が失れ、その結果としてDNAが短くなってしまう「B 欠失」、欠失とは逆に、新たな塩基対ができたり、一定の長さの塩基配列が入り込んだりしてDNAが長くなってしまう「C 挿入」、塩基配列が逆向きになってしまう「D 逆位」のほか、塩基配列が染色体の別の場所に移ってしまう「転座」なども知られている。

文字どおりの「エラー」であり、文章を書く際に、本来の漢字とは間違った漢字を使ってしまう誤用がこれにあたると思えばよい。ワープロソフトがこれだけ普及する現代では、さしずめ「変換ミス」といったところだ。

複製エラーは、そのほとんどが一時的なもので、通常はすぐに修復される。ところが、それが修復されないまま次の複製を迎えてしまうと厄介な事態が生じる。

というのも、この間違った塩基のペアとしてDNAポリメラーゼによって次に置かれ、新たに対面する塩基は、通常“正しいもの”が入り、ワトソン・クリック塩基対をつくるはずで、その時点で正しい塩基対として固定されてしまうからである。そうなると、もはや修復の対象にはならなくなる。こうして、後戻りができない「半永久的に変わった」塩基対が生じることになるのだ。

「遺伝子」以外への影響も

DNAに生じるこのような突然変異は、タンパク質のアミノ酸配列をコードする「遺伝子」としてはたらく部分にも、当然のことながら生じる可能性がある。したがって、場合によってはコードされているアミノ酸配列にも影響を及ぼす。

しかし、先の記事でも述べたように、僕たちヒトの場合、1つの細胞に収まっているDNA(ヒトゲノム)のうち、実際にタンパク質のアミノ酸配列の情報になっている部分(コード領域)は1.5パーセント程度にすぎない。

しかも、こうした突然変異は、DNA上で比較的ランダムに起こると考えられている。つまり、すべての突然変異がタンパク質の変化をもたらすわけではないのだから、DNAに突然変異が起こったからといって、いきなり生物Aが生物BBを生み出すなんてことは起こらないわけだ。

ただ、生物のゲノムのかなりの部分は「非コード領域」であるとはいえ、多くの部分からはRNA(ノン・コーディングRNA)が転写され、そのRNAがなんらかの機能を担っていることが少しずつわかってきている。DNAに突然変異が生じると、タンパク質の変化とはまた別に、「RNAが関わるしくみ」に影響が出る可能性はある。

複製エラーの驚くべき「低頻度」

僕はピアノを弾くのが好きだ。

弾くといってももちろん趣味のレベルだから、その技巧はプロのピアニストには遠く及ばないが、ミスタッチだらけの耳障りな状態であろうと、かまわずに弾いている。プロのピアニストの演奏を聴いていても、ときどきミスタッチに出合うことがある。数ある音のうちのほんのわずかとはいえ、上手の手から水が漏れることはあるのだ。

ピアノの演奏に喩えるならば、DNAを複製するDNAポリメラーゼは、プロのピアニストであるといっても過言ではない。触媒する反応はホスホジエステル結合の形成であり、正しい塩基をもつヌクレオチドをそこに「置く」こと自体を触媒するわけではないが、立体的なフィットネス(しっくりくるかどうか)を指標に、ほぼ確実に、鋳型に対して相補的な塩基をもったヌクレオチドを置くことができるという優秀さをもつ。

とはいえ、プロのピアニストがそうであるのと同様に、さしものDNAポリメラーゼといえども、たまに「ミスタッチ」をする。

たとえば、そこにある鋳型の塩基が「T」であれば、本来はそのペアの相手として「A」を置くべきところなのに「G」を置いてしまったりする。この「TG塩基対」の形成は、明らかにDNAポリメラーゼの〈ミスタッチ〉、すなわち「複製エラー」であり、生じた塩基対を「ミスマッチ塩基対」という(図「複製エラーとミスマッチ塩基対」)。

もっとも、その頻度は決して高くはなく、多くても10万回に1回程度、少なければ10億回に1回ほどのレベルである。僕のピアノ演奏と比べたら、月とスッポンだ(もちろん、僕のピアノがスッポンです)。

頻度は決して高くないとはいえ、複製エラーはなぜ起こってしまうのだろうか。

複製エラーは、なぜ起こってしまうのか

DNAポリメラーゼが複製エラーを起こす最大の要因は、何度も述べているように、DNAポリメラーゼが、本来は相補的な正しい塩基を置いて「正しい塩基対」を形成する反応を触媒するわけではないからだが、これは、いわば「なんでこんなことしたんだ!」と上司に怒られた新人サラリーマンが、「いや、そんなこといわれても、これ、もともと僕の仕事じゃないですし」と言い訳しているのと同じなので、科学的な推測とはいえない。

たしかに科学的な物言いではないが、1秒間に数千もの塩基を置いていくハチドリ的〈パタパタ〉(〈なんと、1秒間に数千対のペアをマッチングさせる…DNAポリメラーゼの「衝撃的な常識」〉参照)をイメージするだけでも、「あ、なんか1つくらいはミスしそうだな」ということは容易に想像がつく。

分子の世界では、たとえばタンパク質がいつもその構造を石のように完全に確定してはたらいているとは限らず、つねに分子のそこかしこが微妙にゆれ動いている。実際の複製エラーは、そういった「ちょっとした立体構造のゆらぎ」が原因になって、本来はそう感じないはずの間違った塩基でも「しっくりとした感じを得てしまう」からかもしれない。

さて、先ほど、DNA複製がおこなわれる際に生じる複製エラーの頻度について、多い場合は10万回に1回ほどと紹介したが、これは試験管内における実験の結果に基づく数値であり、細胞の中で実際にどの程度の割合、あるいはどの程度の頻度で複製エラーが生じているのかは、じつは誰も知らない。複製エラーの大部分は即座に修復されるから、最終的な頻度はもっと下がると考えられている。

この、エラーをエラーのまま放置しない「鉛筆のお尻についた消しゴム」のようなDNAポリメラーゼのはたらきを見てみよう。

*   *   *   *   *

次回は、正直にエラーをなおしていくDNAポリミラーゼですが、それでも生じるなおし残しはどうなるのでしょうか。続いての解説で取り上げます。

DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり

果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か?

DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー!

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?

往々にして、もはや元には戻らない…「見過ごされたエラー」が「突然変異として固定」してしまう衝撃のシナリオ