【A4studio】日本人の「牛肉離れ」が止まらない…じつはいま「和牛の値段」に「異変」が起きていた!

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牛肉に起きている「異変」

ちょっとした贅沢食材として重宝されてきた牛肉に異変が起きている。

総務省が公表した家計調査結果によると、ここ数年で牛肉の購入量が継続的に減少していることがわかったのだ。

近年は毎年減少しており、たとえば一昨年度から昨年度の1年間で購入量はおよそ6%減少している。この傾向は累積的に大きな影響をもたらしており、牛肉全体の消費量は直近の5年間でおよそ10%も減少(「家計調査結果」総務省統計局より)しているようである。

なぜ「牛肉離れ」が起きているのか。今回はその実情について、農畜産物流通コンサルタントの山本謙治氏に話を伺った。(以下、「」内は山本氏のコメント)

国産牛のなかで和牛の割合が3分の2以上

「そもそも牛肉は、昔から一番のごちそう肉という位置づけでした。この傾向は、今も昔もそれほど大きくは変わらないでしょう。ただ、近年の物価高などの社会的背景による節約志向が響き、豚肉や鶏肉と比べてもともと高価だった牛肉の需要が低迷しているということは言えます。今年度の統計データは出そろっていませんが、この1年間で牛肉の消費量はさらに減少していることでしょう」

ここで、牛肉に関する基本情報として「国産牛」と「和牛」の違いを説明しておこう。

国産牛は、日本国内で肥育された牛の肉のことで、日本で肥育された期間が最も長ければ、外国産の品種の牛も含まれる。

和牛は、国内で生まれ育ち、特定の品種(黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種、これらの交雑種)の牛の肉を指す。肉質が良く、その肉質が高く評価され、高級食材として扱われることが多い。なお、和牛は国産牛という大きなカテゴリーのなかの一種ということだ。

「実は国産牛のなかで和牛が占める割合は3分の2以上となっています。『肉用牛の品種別等数割合(令和4年度)畜産統計より算出したデータ』によると、現在の肉用牛の頭数と品種別割合は、黒毛和種が67%(176万頭)、交雑種が21%(56万頭)、ホルスタイン種10%(25万頭)となっているのです。つまり、おのずと和牛の消費量も減少していると推定でき、『和牛離れ』が起こっているとも言えるでしょう」

さらに和牛のなかでA5の割合が約3割

そんな和牛だが、ある特殊な事情で購入量減少のピンチに陥っている可能性が高いのだという。

「前述したとおり日本での肉用牛の3分の2以上を和牛が占めているわけですが、その和牛のなかの等級別に見てみると、実は最上級のA5ランクの生産量が圧倒的に多い状況なのです。『和牛における等級別発生割合(令和5年度 年別・月別の品種別・性別ごとの格付結果日本食肉格付協会)』によると、割合的に最も多いのがA5ランクの29%となっており、A4ランクは14.8%、A3ランクは5.6%となっています。

本来であれば価値が高いものは最も少ないものですが、現在は和牛において最上級のA5ランクが大きな割合を占めており、価値の希少性が薄れている状況なのです。脂身のサシが多く含まれるA5ランクは、一般消費者が普段の料理に使用するには扱いづらく、牛肉業界内ではA5ランクよりもA3、A4ランク牛の需要のほうが高いという声も上がっています」

和牛に対してネット上では、若者は値段が高いためなかなか手が出せず、高齢者は脂身が苦手でなかなか手が伸びない、といった意見も出ている。最も高額で脂身も多いA5ランクの流通が一番多いとなれば、需要が減退してしまっているのも納得だろう。

だが牛肉市場は、なぜ希少価値が高かったはずのA5ランク和牛が、圧倒的な割合を占めるという歪な構造になってしまったのだろうか。

「1988年から1993年にかけて実施された牛肉輸入自由化に伴い、日本の牛肉市場において、牛肉の格付基準として、歩留等級(A〜C)と肉質等級(1〜5)を組み合わせた15段階評価が導入されました。筋肉中に霜降りと呼ばれる白い脂肪が細かく入ったサシの量や入り方によって、A5、A4といった私たちもよく目にする表示でランク付けされるようになったのです」

最上級のA5ランクが大量に出回るワケ

この基準が導入されたことにより“サシが多いほど良い”という価値観が定着した。そして――。

「牛肉生産者はより多くのサシが入るような牛肉を作るために、さまざまな工夫を凝らすようになっていくのです。例えば、肥育期間中にビタミンAを制限して牛を育てることで、サシを多く入れることができるという方法が一般的になったり、品種改良も進められたりして、より多くのサシが入る品種の牛が開発されてきました。その結果、A5ランクの牛が圧倒的な割合を占めるという“逆三角形型の構造”が牛肉市場で定着したというわけです。

本来であれば、牛肉には多様な美味しさというものがあって、サシについてはそのなかの評価基準の一つに過ぎません。しかしいま日本では、格付けによって価格帯が決まる傾向があるため、おいしいと言えないくらいまでにサシの多いA5ランクの牛を生産している現状がある。牛肉業界は、牛肉の評価方法を見直していく必要があると考えています」

最高級とされているA5ランクの和牛ばかりが出回っているという不自然な状況は、こうして出来上がったわけか。

ただでさえ牛肉の需要が減少傾向にあったにもかかわらず、希少だったはずのA5ランクの和牛の生産量が増えたことによって、市場価値の下落が起こっているようだ。

「近年、和牛の価格が下落し、特にA5ランクの牛肉でも1kgあたり2339円という安値がつけられるようになっています(2024年7月18日「日本農業新聞」より)。最高級ランクのA5肉が3000円台を切るというのはかなり安値と言え、これはコロナ禍中の同月比よりも低い価格なのです」

さらに、牛肉の生産者にとっては追い打ちをかけるような事態も起こっている。

「生産コストの上昇です。肉牛の生産において飼料代は経営全体の3割以上になりますが、その飼料が高騰しています。日本は飼料を輸入穀物に頼ってきたため、コロナ禍とウクライナ紛争の影響で物流費が上がり、また円安下で肥料代が高騰していることで、飼料の価格が1.8倍にもなり、生産者にとって大きな負担となっているのです。このため牛肉の生産者は利益を減らすしかなく、厳しい経営状況に追い込まれています」

市場価格が下落し、コストは増加しているという板挟み状態で、牛肉生産者は苦境に立たされているようだ。

中国への輸出解禁が牛肉生産者の希望?

国内での需要が減少して市場価格も下がってしまっているのであれば、牛肉生産者は海外への輸出に活路を見い出せないものなのだろうか。

「ステーキ文化が根強い欧米では、赤身肉の需要が高い傾向にあるため、サシの多い日本の和牛はそこまで求められていないでしょう。さらにアメリカの種類別食肉消費量の推移によると、アメリカでは健康志向の高まりによって鶏肉の消費量が増えたこともあり、牛肉は減少傾向にあります。そのため、和牛の輸出で国内の需要減がカバーできるとは考えにくいのです。

ただ、中国の富裕層を中心に日本食への関心は高まっているので、中国市場への和牛輸出解禁が期待されています。2019年、日中両国は動物衛生検疫協定に署名し、中国への牛肉輸出が解禁される見通しとなりました。しかし、翌年の新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、輸出計画は中断を余儀なくされてしまいました。現在は再び、厚労省や農水省が中国向けの輸出解禁に向けて協議を実施している状況です」

農林水産省が公表している『農林水産物及び食品の輸出の促進に関する実行計画(令和6年6月18日)』によると、牛肉輸出解禁による輸出額の推計は41.3億円だという。長らく閉ざされていた中国への牛肉輸出が解禁となれば、牛肉生産者に希望の光となることだろう。

――いずれにしても、日本国内で牛肉の購入量が減少しており、「牛肉離れ」が起こっているというのは、揺るぎない事実ということだ。

(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio)

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