数年前まで、コンビニは「セブン一択」と言われていたが…

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どうした王者…売却、撤退、売上減

 2024年6〜8月期の業績で、コンビニ大手3社のうち「セブン-イレブン」が“独り負け”だったことに衝撃が広がっている。誰にとっても身近な存在ゆえ、各々がその理由を「値段の高さ」や「弁当容器の上げ底」といった点に見出している。だが、元ローソン店長で消費経済アナリストの渡辺広明氏の見方はすこし異なる――。

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 セブン-イレブン(以下、セブン)はコンビニ業界のガリバーであり、絶対王者だった。ところが、近年は迷走や混乱、凋落が随所に見受けられる。その理由を筆者なりに考えていきたい。

 そもそも、コンビニ事業であるセブンを運営しているのは「セブン&アイ・ホールディングス」(以下、セブンHD)である。スーパーマーケットのイトーヨーカドーやヨークベニマル、外食のデニーズ、生活雑貨のロフト、赤ちゃん本舗など、さまざまな事業を展開する一大ホールディングスだ。もちろん、主力事業は国内2万店以上を含む全世界で展開するコンビニ事業である。

数年前まで、コンビニは「セブン一択」と言われていたが…

 このところセブンHDの周辺は慌ただしい。先日は、カナダのコンビニ大手、アリマンタシュオン・クシュタールからの買収提案を受け、中間持株会社を設立し、主力のコンビニ以外の事業と切り分ける方針を発表した。コンビニ事業に集中するためHDの名も「セブンイレブンコーポレーション」と変更する予定だ。

 昨年から今年にかけては、百貨店のそごう・西武をアメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却し、ヨーカドーを相次いで閉店させている。来年はネットスーパー事業から撤退するなど、旗色が悪いニュースが続いている。

ローソン、ファミマを真似する王者

 主力であるコンビニ事業も、ライバルたちの猛追を受けている。ファミリーマートやローソンは客数こそコロナ前の数字に戻っていないものの、6月以降は毎月、既存店の売上が前年を上回った。これに対しセブンだけは既存店の売上前年比が昨年を下回り、独り負けの状況だ。今年9月の既存店の売上前年比をみても、ファミマは100.1%、ローソンは102.9%だが、セブンは99.9%と回復には至っていないことがわかる。

 コンビニ事業の肝心な商品施策においても、王者の戦い方を見失っているように思えてならない。

 SNSを見ると、弁当容器の「上げ底」などの施策がネガティブに受け止められているようだが、それ以外でも、100円商品では自社開発を捨ててダイソーと組み、韓流コスメがローソンで売れれば翌年に追随する、ファミマとローソンの増量企画がヒットすれば真似するといった体たらくだ。これが、顧客支持が徐々に離れていった一因とも言われている。

ゴタつく現状を招くきっかけは…

 セブンが今のようなゴタついた状況になった端緒は、2015年に展開した「オムニチャネル戦略」だったと筆者は考えている。

 リアルとネットを融合させ、顧客がシームレスに買い物できることを目指すこの戦略は、当時のセブンのトップであり、“コンビニの父”と呼ばれた鈴木敏文会長の肝煎りで始まった。セブンのネット通販の先駆け「イー・ショッピング・ブックス」の取締役だった鈴木氏の次男・康弘氏を2014年にセブンHDの執行役員CIOに迎え、盤石の体制を整えたうえで、セブンを中心に、傘下のヨーカドーやそごう・西武、ロフトなどを横断して買い物ができるサービス「オムニ7」を進めたのである。

 しかし、すでに楽天市場やAmazonなどのネット通販ほとんどの商品が買える時代になっていた。グループ企業だけで顧客のニーズを満たすことが不可能なのは自明の理であり、構想は早々に暗礁に乗り上げてしまう。機能面でも、顧客にとって使いやすいシステムが構築できなかった。

“流通王”にはなれなかった

 システムといえば、自社QRコード決済の「7Pay(セブンペイ)」も上手くいかなかった。2019年に導入されたが、セキュリティの脆弱性と不正アクセスによって顧客の情報が流出し、5500万円を超える被害総額を出した。スタートからわずか3ヶ月後にサービスを終了したことは記憶に新しい。

 オムニ7は2023年1月に閉鎖された。1兆円を見込んでいた売上高には全く届かず、毎年1000億円前後と伸び悩んだ。19年度には2桁%のマイナス成長を記録してもいる。オムニチャネル戦略を推し進めた鈴木敏文会長は、これより早い2016年にセブンHDを退いている。振り返れば、1992年に社長に就任しその後会長も務めたヨーカドーの経営改善も失敗している。そのうえ、各小売業業態を束ねて挑んだ販売戦略も大失敗させたことを思うと、鈴木氏は“コンビニの父”ではあったものの“流通王”にはなれなかったといえるだろう。

 今回のセブンの独り負け、そして先述したセブンHDの一連の騒動は、売却や撤退をふくめた企業の効率化の改革が、遅きに失したことに原因がある。コンビニだけをみても、過去の成功体験に依存し、新たな環境や消費者のニーズに対応しきれなかった感が強い。それは言い換えれば、鈴木氏が残した負の遺産に、今の経営陣がうまく対処できなかった結果ということになる。フォートレス・インベストメント・グループやアリマンタシォン・クシュタールなど外資企業からの提案、いわば外圧によって変化が促され、ようやく本格的に自社での企業価値向上に舵を切ったわけだ。

日本のコンビニは世界最高峰の小売業

 ちなみに、ネットスーパー事業は、撤退にともなう特別損失458億7700万円を来年2月に計上予定だそうである。神奈川県横浜市にある配送拠点も、稼働から2年も経たずに閉鎖する。

 その拠点は都筑区に位置するが、我が家は隣接する港北区にある。恥ずかしながら、そのことを家族の誰も知らなかった。この機会に遅ればせながら登録し頼んでみようと思ったものの、登録にはnanaco番号が必要とのことで、すぐに分からず断念した。このあたりのインターフェースの使いにくさも、ユーザーが広がらなかった一因であることは想像に難くない。

 アメリカのコンビニ事業では、不採算店を444店舗閉鎖させる計画も今回発表された。コンビニ事業に一本化したセブン-イレブン・コーポレーションの事業領域は、海外を含むものとなりそうだが、約6万1000店舗のグローバル店の立て直しも成長戦略としては必須となるだろう。

 こうした状況で、主力のコンビニ事業の中長期的な成長戦略を描けるのはセブン&アイHDなのか? アリマンタシォン・クシュタールなのか? 既存の株主に対してきっちりと説明できるかが今後の買収の行方を方向づけるポイントとなりそうだ。世界最高峰の小売業である日本のコンビニの王者セブンを、アリマンタシォン・クシュタールはどう変えていこうとしているのかは、株主のみならず我々日本の消費者も気になるところだ。

 また、忘れてはならないのが、セブンの収益の柱はフランチャイズだということ。国内店舗の98%はフランチャイズ店舗である。

 今回の事業の切り分けによって、セブンで出した利益をコンビニの事業の成長に活用できることにもなる。フランチャイズオーナーの立場からみれば今回の措置は大歓迎ではないだろうか。

 買収騒動がどういう形で決着するにせよ、セブンHDが利益を出し続けるために大事なのは、こうしたフランチャイズオーナーとの関係をウィンウィンにすることである。

とはいえ、新しい芽も出始めている

 とはいえ、ヒットがないわけではない。近年では、店内の揚げたてカレーパンの年間販売数が7700万個となり、ギネスに登録された。直近でも、店内で揚げたドーナツがエリアを拡大しながら好調、また健康を意識した層へスムージーも浸透するなど、新しい芽も出始めている。

 こうした施策によるセブンの売上アップが、今の混迷するセブンHDにとっては一番の処方箋となるはずだ。

 また、“独り負け”しているといっても、1店舗あたりの1日の売上(平均日販)は70万円前後と、ファミマ、ローソンの55万円前後に大きな差をつけている。日本国民に圧倒的に支持されている現実はあるのだ。

 セブンは外為法により、外資による出資を規制する企業の対象となっている。セブンを含む大手コンビニは、今や日本国民にとっては食生活インフラとなっていて、災害時には生活インフラともなる。

 今回の買収提案は、こうしたインフラとなったコンビニを国全体で議論する、よいキッカケになっているのかもしれない。

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
消費経済アナリスト、流通アナリスト、コンビニジャーナリスト。1967年静岡県浜松市生まれ。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務などの活動の傍ら、全国で講演活動を行っている(依頼はやらまいかマーケティングまで)。フジテレビ「FNN Live News α」レギュラーコメンテーター、TOKYO FM「馬渕・渡辺の#ビジトピ」パーソナリティ。近著『ニッポン経済の問題を消費者目線で考えてみた』(フォレスト出版)。

デイリー新潮編集部