自分の魂を売るような行為だと、修汰さんは知りつつも…

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 藤沢修汰さん(41歳・仮名=以下同)は、裕福ではない環境に育った。母の実家で、伯父たちから疎まれるように母と2人で生活し、大学へ進学してからも、地元に残る母に仕送りを続けた。社会に出ると奨学金の返済が始まり、それが理由で学生時代からの恋人だった玖美さんとも別れてしまう。その後、30歳で玖美さんと再会。関係を持つが、すでに彼女は人妻だったことが明かされる。同時に母は亡くなり、遺品から、修汰さんからの仕送りは使わずに貯めていてくれたことを知る。

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 母の残してくれたお金で、会社への借金の8割は返すことができた。親孝行ひとつできなかったことが悔やまれ、身をよじって泣いた。だが、最後まで息子のことを思ってくれた母のためにも、まっすぐに生きようと決意を新たにするしかなかった。

自分の魂を売るような行為だと、修汰さんは知りつつも…

「もう玖美には会わないつもりだった。玖美からも連絡はありませんでした。でも1年ほどたったころ玖美から連絡があって、夫を紹介したいという。あなたのビジネスで絶対に役に立つ人だからと。会社への恩義が少しでも返せるかもしれないと感じてしまったんですよ。それで玖美から紹介されて、彼女の夫の会社に会いに行きました」

 玖美さんの夫は、親の援助で会社を立ち上げ、強力なブレーンの元、かなりの業績を上げているという。確かに修汰さんの会社が取引できれば有益だった。

「結局、仕事はうまくいき、僕は会社から一目置かれるようになりました。でもそのために玖美とは切れなくなってしまった。このままじゃいけないと思いながらも、玖美の手練手管に骨抜きにされる。別れるそぶりを見せると夫に言いつけると脅される。どうにもならなかったんです」

突然の結婚

 玖美さんと関係を続けるのは、自分の魂を売るような行為だと彼は思っていた。その一方で、ますます玖美さんの体から離れられない自分がいることもわかっていた。彼は唐突に、親しくしていた社内の後輩、鞠絵さんに結婚を申し込んだ。つきあってもいないのに、食事に誘って結婚したいと言ったのだ。

「鞠絵は面食らっていました。そういう目で先輩を見たことがないからと笑っていましたが、『それもいいかもしれないですね』って。変わった子ですよね。ただ、仕事を通じてお互いの人柄はわかっていた。恋だの愛だの言う前に、彼女の人間性は信じていました」

 半年後、37歳になった修汰さんは、3歳年下の鞠絵さんと結婚した。社内では誰もが喜んでくれたが、あとでそれを知った玖美さんは激怒した。

「結婚したから、玖美とは会わないつもりだったけど、やはりそれは許されなかった。どうして黙って結婚したのよと言われ、これで対等になったんじゃないのと言うと、玖美は唇を噛んで僕を睨んでいました」

「地獄のような時間」

 鞠絵さんは部署を異動して仕事を続けたが、結婚して数ヶ月後には妊娠がわかった。子どもができることには恐怖感もあったが、「家庭に恵まれていなかった自分が、どういう家庭を作れるのか。これは大きなチャレンジだから心機一転、がんばってみよう」と覚悟を決めたという。

「僕自身、社内で別の仕事に取り組みたい気持ちが強くなったので、これまでとはいろいろ担当を変えてもらったんです。玖美の夫との仕事も交替しました。これまでのことに感謝してくれたのか、玖美の夫が『妻と3人で食事でもしませんか』と言いだした。これには困ったけど、玖美は絶対に来てよね、と。地獄のような時間でしたよ。玖美ははしゃいでいるし、夫はもともと物静かな人で仕事のことばかり話しているし。帰りがけにチラッと僕の顔を見た夫の目が、すべて見透かしているように感じられてビビりました」

 やはり別れよう。いくら肉体的に惹かれていても、このままでいいはずがないと修汰さんは思った。玖美さんを呼び出し、「お互いに家庭を大事にしよう」と言い渡した。

「私がこのまま引き下がると思う? と玖美はニヤリと笑いました。『もともと私はあなたにあっさり捨てられた。どれだけ傷つき、どれだけ立ち直るのが大変だったかわかってないんでしょ』と。お互いに若かったし、僕はお金もなかった。仕事だけで精一杯だった。きみはそんな僕を思いやってくれたのかと反論すると、玖美はしばらく考え込んだあげく、『手切れ金ちょうだい』と言いだしたんです」

 300万でいいわ。そんな大金をさらっとくれというのは、きみがもともと金持ちだからだ、今だって金に苦労しているわけじゃないんだろ、そもそもこういう関係を金で終わらせようとするなんてと彼は言いつのった。

「だから別れる必要なんてないでしょうと玖美は僕の顔を両手で挟んでキスしてくる。ホテルのティールームですよ。彼女、そういう大胆なことをして困らせるのが好きなんだと思う」

呼び出された部屋に行くと…

 彼は数日間考えたあげく、玖美さんに300万払うと連絡した。玖美さんは「わかった」と言って、あるシティホテルを指定した。ロビーに着くと、彼女から部屋番号が知らされてきた。

「部屋に行ったら、玖美がドアを開けてくれた。中に入ると、玖美の夫もいたんです。腰が抜けそうになりました。玖美は『バレちゃったの。責任とって』と涙を流している。玖美の夫は『困りますよね、この状態』って。『うちは子どももいないし離婚するから、あなた、責任とってもらえます?』と。いや、僕は離婚しませんと言ったら、会社に言うしかないのかなあと夫。これって出来レースというか、美人局なんじゃないか、あなたもグルなんでしょと言ったら、夫は僕に顔を近づけて『間男が何を言ってんだよ』と凄んできた。堅気じゃないのかと思うような迫力でした。本気で怒っているのか、玖美とグルなのかが見抜けない」

 あたふたしていると、「私からも慰謝料請求しますから。裁判起こしてもいいんですけど」と言い始めた。結局、玖美さんへの手切れ金と夫への慰謝料で500万寄越せと先方は言いつのった。いくら不倫でも今どき、そんな大金を要求されるのは理不尽だと反論すると、じゃあ裁判にすると言われ、話し合いはまとまらない。お腹の大きい妻に知られるのだけは避けたかった。

「会社には借金を完済していたので、また借りればなんとかなるかとも思ったんですが、あまりにもかっこ悪いし、どう考えても500万は多すぎる」

1週間の猶予

 彼は同僚のツテを頼って、弁護士を紹介してもらった。相談してみると、確かに多すぎるけど、あなたは何を望んでいますかと尋ねられた。お金を払っても妻には内緒にしたいのか、いっそ妻にすべて話して許しを乞い、裁判で慰謝料の額を決めるのか、あるいは脅迫だとして逆に玖美さん夫婦を訴えるのか。さまざまな選択肢があるとアドバイスされた。

「玖美夫婦に会ったとき、途中から僕はスマホの録音ボタンを押したんです。玖美だけだと思って会いに行ったけど、玖美が理不尽なことを言ったら録音しようと思っていたから。夫婦して明らかに脅しの言葉を発していましたね」

 1週間、時間をくれと玖美さんに言った。そしてついに鞠絵さんにすべてを話した。母親とふたりで過ごした境遇のことも会社から借金していたことも、玖美さんとの関係も。玖美さんがかつての恋人だとは言わず、たまたま知り合って誘惑されたと、それだけは嘘をついた。その夫が仕事関係の知人だったのは偶然だったとしらを切り通した。

「鞠絵は取り乱したりはしませんでした。あなたには何か秘密があると思っていた、そういうことだったとはねと少し呆れたような感じでした。『とにかく私はあと数ヶ月で子どもが産まれるの。どうするつもりなの?』って。ショックというより怒りだったんでしょうね、顔は冷静だったけど、手が震えていました」

 そして鞠絵さんは、そのまま体調を崩し、切迫早産の危険があるとして入院加療を余儀なくされた。修汰さんは、怒りにまかせて玖美さん夫婦に「裁判でもなんでもすればいい。妻と子に何かあったら、あんたたちのせいだから」と伝えた。

追い詰められた修汰さん

 鞠絵さんは1ヶ月の絶対安静を経て、そのまま実家へと帰っていった。今後のことは何も話せなかった。修汰さんは不安だったが、自分から鞠絵さんの実家へはなかなか足を運べなかった。

「そうこうしているうちに玖美の夫が、僕の勤務先にすべて話してしまった。例の親切な上司に呼ばれて、『おまえがそういうヤツだとは思わなかったよ』って。美人局なんですよ、騙されたんですと言ったけど、『彼女とは学生時代からのつきあいだったんだろ。つきあっていながら結婚したのか』と。先輩は妻の上司でもあったわけだから、そりゃあ怒りますよね。周りも今までとは違う目で僕を見るようになっていくのがわかりました」

 結局、その上司が間に立ってくれて、玖美さん夫婦に300万を払うことで示談とした。彼は会社にはいられなくなって退職するしかなくなっていた。同時に妻からは離婚届が送られてきた。

「カードでめいっぱい借金して妻には慰謝料と養育費の前払いとして500万払いました。キャッシング後、すぐに退職したので返済もできません。住んでいたマンションは会社の借り上げだったので出なくてはいけない。スーツケースひとつで漫画喫茶などを転々としました」

唯一の生きがい

 ようやく支援団体とつながり、自己破産の申請をした。今はシェアハウスに住みながら非正規で仕事をしている。手取りは15万もない。そこから妻に5万円仕送りをしている。

「子どもは女の子だったようですが、写真も送ってもらえない。認知したいけど鞠絵は拒否しています」

 一方で玖美さんはその後もときどき連絡してくる。ブロックしてしまえばいいのに、あまりの孤独感がそうさせてくれないと彼は言った。

「返事はしていませんが、誰かが僕の存在を知ってくれているだけで気持ちが安らぐこともあるんです」

 どこまで転がり落ちればいいのかと、客観的に自嘲していた時期もある。生きている意味がないとビルの屋上から下を眺めたこともある。だが、つい先日、鞠絵さんが3歳になった娘の写真を初めて送ってくれた。彼は一瞬、写真を見せてくれようとしたが、「すみません。やっぱり僕だけの楽しみにしておきたい」と言った。もちろん。もったいないから、他人には見せないほうがいいですよと私も言った。

「この写真を見ると、少し生きる気力がわいて来るんです」

 そして彼は小さな声でつけ加えた。

「昔、物置みたいなところで暮らしている母親のことを、努力が足りないからこんな生活になったんだと思ったことがあったんです。でも思いがけないことが続いて、がんばってもどうにもならない人生もあるんだと実感した。自分が甘かったのはもちろんだけど、なんというのか……ここまでどん底に堕ちるとは思いませんでした」

 それでも彼の誠意は、元妻に少しずつ伝わっているのかもしれない。いつか娘に会いたいといった、彼のくぐもった声がいつまでも耳に残った。

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【前編】ではすべての悲劇の発端となったともいえる「お金」の問題を、詳しく紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部