おいしい牛肉を選ぶには、どうすればいいのか。女子栄養大学の西村敏英教授は「“A5ランクだからおいしい”とは限らない。Aとはどれだけ多くの肉が取れたかという評価にすぎず、注目すべきポイントは別にある」という――。(第3回)

※本稿は、西村敏英『おいしさの9割はこれで決まる!』(女子栄養大学出版部)の一部を再編集したものです。

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■「和牛」「国産牛」「輸入牛」の違い

牛肉は、いろいろな品種の牛の筋肉です。ロース、もも、バラなどの部位が販売されており、スーパーマーケットなどで販売されている牛肉のパッケージには「和牛肉」、「国産牛肉」、「輸入牛肉(原産国名)」の表示があります。

肥育期間のうち日本で肥育された期間が最も長い牛は、すべて国産牛となります。

また、イギリスで開発された食肉用の牛には、アメリカで多く肥育されているアバディーン・アンガス種やオーストラリアで多く肥育されているヘレフォード種などがあり、これらの肉が日本に輸入されたものは「輸入牛肉(原産国名)」と表示されます。

もしも、外国種の子牛が日本に輸入され、日本で長期間肥育されれば、その牛は国産牛となり、その肉は「国産牛肉」と表示されます。

ただ、外国で肥育したほうが飼料が安く、肉を安く販売できるので、外国種の肉用牛が日本で肥育されることはほとんどありません。

和牛は、日本で開発され長期間肥育されているので、その肉は「国産牛肉」ですが、「和牛肉」と表示されています(図表1)。

それは、和牛が、農林水産省によるガイドラインで、黒毛和種、褐毛(あかげ)和種、日本短角種、無角和種の4品種と、これら4品種間の交雑種、およびこれら5品種間の交雑種の牛で、国内で出生・飼養されたものと定められており、その牛の肉は「和牛肉」と表示できるからです。

■「和牛」がやわらかい理由

和牛の中で生産量が最も多いのは黒毛和種で、98%以上を占めています。黒毛和種の肉は、脂肪交雑(サシ)が入りやすく、また脂肪の融点が低いためやわらかいことが特徴です。

黒毛和種の中で、「但馬牛(神戸牛)」、「特産松阪牛(まつさかうし)」、「米沢牛」、「前沢(まえさわ)牛」、「宮崎牛」、「近江牛」、「鹿児島黒牛」、「比婆牛(ひばぎゅう)」、「飛騨牛」は、それぞれの名称が農林水産省の地理的表示(GI)保護制度(地理的表示法)により登録されており、特定の産地と品質等との結びつきで知的財産として保護されています。

褐毛和種は、おもに熊本県と高知県で生産されている和牛ですが、黒毛和種と違って脂肪交雑が入りにくく、肉質等級(本稿で後述)は黒毛和種には及びません。しかし、赤身部分のおいしさを楽しむことができます。

熊本県産の褐毛和種の「くまもとあか牛」も地理的表示保護制度に登録されています。日本短角種や無角和種は、脂肪含量が少なく、脂肪交雑が入りにくい品種なので、肉としてはあまり市場には出ていません。

■和牛のような肉でも「和牛」と表示できない交雑種

「国産牛肉」と表示されている肉の多くは、乳牛であるホルスタイン種などです。雄(おす)のホルスタイン種は乳を出さないため、去勢したのち、肉用牛として育てられ、肉の供給に使用されます。

この肉は、「輸入牛肉」と同様に、脂肪含量や脂肪交雑が少ない特徴があります(図表1)。

『おいしさの9割はこれで決まる!』より

また、黒毛和種の肉のように脂肪交雑を多くするため、ホルスタイン種の雌(めす)と黒毛和種の雄とを交配した交雑種が肥育されています。

この交雑種の肉は黒毛和種の特徴も持ちますが、農水省のガイドラインによる和牛の定義からはずれているため、「和牛肉」とは表示できず、「国産牛肉」の位置づけとなります。

黒毛和種や褐毛和種などの「和牛肉」とホルスタイン種などの「国産牛肉」を食べ比べて、牛肉のおいしさの特徴を楽しんでみてください。

■「熟成」するとなぜおいしくなるのか

皆さんは、「熟成」という言葉から、長く保存すればするほど食べ物がおいしくなると思っていませんか。「食品の熟成」は、食品やその素材を、適した条件で一定期間保存し、食べ物の品質をよくする処理のことを指します。

食品の種類によって、熟成の条件や保存期間は違います。肉は、と殺後、通常0〜4℃で、鶏肉では1〜2日間、豚肉では5〜7日間、赤身主体の牛肉では10〜14日間保存するのが適しているといわれています。黒毛和牛の肉は2カ月間熟成する場合もあります。

肉は低温で保存していると少しずつ肉質が変化し、死後硬直した筋肉がやわらかくなります(図表2)。

『おいしさの9割はこれで決まる!』より

また、たんぱく質が徐々に分解され、うま味物質であるグルタミン酸などの遊離アミノ酸が増えます(図表3)。

『おいしさの9割はこれで決まる!』より

もう一つのうま味物質であるイノシン酸も、熟成中にATP(生命活動時に使われるエネルギー物質)が分解されて増えます。さらに、熟成した肉では遊離アミノ酸や糖が増えるので、加熱によるメイラード反応で肉特有の香ばしい香りが多く発生します。

これが、肉を熟成させるとおいしくなる理由です。これらは肉で起こる一般的な現象です。しかし、動物の飼育条件により、調理しても、異なる味わいになるので、いつも同じおいしさが味わえるわけではありません。

なお、スーパーで肉を買った場合、流通過程ですでに熟成されています。自宅の冷蔵庫でさらに熟成させてもっとおいしくなるわけではありません。

肉を長く保存すると、細菌が増えて腐敗臭が発生したり、肉の脂肪が酸化してすっぱい酸化臭が出てきたりします。肉を食べる前には、ぜひ調理前の肉のにおいも気にかけながら調理してください。

■“熟成方法”には定義がない

牛肉を熟成させる場合に、ウエットエージングとドライエージングの2つの熟成方法があります。

ウエットエージングでは、表面に付着した細菌が徐々に繁殖するため、4℃で保存した場合には、熟成期間は約10日間で、それほど長くはありません。

一方、ドライエージングは、米国で始まった牛肉の熟成方法で、肉の保存庫の湿度を下げ、肉の表面に冷風を送ることにより細菌が繁殖しにくく、通常より長く保存できます。

この条件だと赤身主体の肉を2倍以上長く保存できます。黒毛和牛の肉を長期間熟成させる場合は、ドライエージングになります。牛肉をとり扱う飲食店では、それぞれがこだわりを持った熟成方法で肉を提供しています。

2017年度に東京都が、都内の食肉を扱う業者を対象に、「いわゆるドライエイジングビーフの衛生学的実態調査」を実施した結果、複数の業者からわずかですが食中毒菌が検出されたと報告されています。

これは、熟成肉に関する基準やルールがないことによります。これまでに熟成肉による健康被害の相談は寄せられていませんが、皆さんが自宅で熟成肉を食べるときには、消費期限を守って食べるようにしてください。

■A5ランクの「A」は“おいしさ”を意味しない

皆さん、牛肉を購入しようと思い、スーパーでパックを手にしたときに、「A5」や「A4」の表示を目にしたことはありますか。

「A5」の肉は、「A4」の肉より高級だと思う人が多いかもしれません。でも、「A」や「5」「4」という表示は、いったい肉のなにを示しているのでしょうか。

牛肉の「A5」や「A4」は、肉のランクを示す指標で、農林水産省の承認を得て制定された「牛枝肉取引規格」に基づいて決定されます。全国の食肉卸し売り市場や食肉センターでは、専門の格付員が毎日、と畜された牛の枝肉の肉質を評価しています。

この指標には、「歩留(ぶどまり)等級」と「肉質等級」があります。歩留等級とは、1頭の牛から、どれだけ多くの肉がとれたかを示す指標で、「A(標準よりよい)」、「B(標準)」、「C(標準より劣る)」の3段階で評価されます。

歩留等級の評価は肉を食べたときのおいしさには直接関係しないので、消費者がこの指標を気にする必要はありません。

■牛肉を買うときに注目すべきは「数字」

一方、5段階からなる肉質等級は、おいしさの評価に重要な影響を与えます。まず、ロース肉部分の「脂肪交雑」、「肉の色沢(しきたく)」、「肉の締まり及びきめ」、「脂肪の色沢と質」の4項目を5段階の等級で評価します。

脂肪交雑とは、ロース肉の赤身の部分に分布する脂肪の状態を示しており、基準に合わせて5段階で評価します(図表4)。黒毛和牛肉では、小さな脂肪交雑がロース肉全体に広がっていて、高い評価がつけられます。

一方、乳牛ホルスタイン種の雄牛の肉は、脂肪交雑が少なく、評価は低くなります。

『おいしさの9割はこれで決まる!』より

また、肉の締まり及びきめのほか、肉や脂肪の色も「牛肉色基準(B.C.S.)」や「牛脂肪色基準(B.F.S.)」と見比べて、5段階で評価されます。

最終の肉質等級は、図表5に示すように、4項目のうち最も低い項目の等級が、その枝肉の肉質等級として決定されます。

皆さんは、牛肉の購入時は「A」や「B」ではなく数字(1〜5)を見てください。

『おいしさの9割はこれで決まる!』より

■“5等級がおいしい”とは限らないワケ

このように牛肉は、3段階の「歩留等級(A〜C)」と5段階の「肉質等級(1〜5)」により、A1〜A5、B1〜B5、C1〜C5のように15とおりに評価されたあと、市場に流通されます。

肉質等級で「5」と評価された黒毛和牛肉は、値段も高く、高級ではありますが、それがかならずしもおいしいとは限りません。

西村敏英『おいしさの9割はこれで決まる!』(女子栄養大学出版部)

確かに、見た目がきれいでやわらかく、脂肪由来の甘い香りも強いのですが、肉のおいしさに重要な赤身肉部分の味わいが弱くなるので、赤身肉の味わいを求めている人には、もの足りなく感じます。

また、やわらかいため、あまり嚙(か)まずに飲み込んでしまい、たれの味わいだけしか味わっていない場合も多いのではないでしょうか。やわらかい肉でも、10回以上嚙んで、高級な黒毛和牛肉をしっかり味わってみてください。

肉質等級が「4」だと、「5」のものより脂肪交雑は少ないのですが、甘い香りだけでなく赤身肉の味わいも感じられるので、本来の牛肉の味わいを楽しむことができます。

いろいろな肉質等級の牛肉を食べて、自分がおいしいと思う肉質等級を選んでみてください。

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西村 敏英(にしむら・としひで)
女子栄養大学教授
東京大学農学部農芸化学科卒業、同大学院農学系研究科博士課程を修了。東京大学農学部助手、広島大学生物生産学部助教授、教授、同大学院生物圏科学研究科教授、日本獣医生命科学大学応用生命科学部教授を経て、2017年より現職。2015年より広島大学名誉教授。研究分野は「食肉と健康」、「食べ物とおいしさ」など。2010年に食べ物のおいしさの要因である「コク」を定義し、世界に発信するための研究活動を行なっている。
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(女子栄養大学教授 西村 敏英)