埼玉県に12校だけ残る男女別学の公立高校。“共学化を推進する”という埼玉県教育委員会の方針を受け、議論の渦中にある男女別学に通う高校生たちは意見交換会を希望し、別学という選択肢を残してほしい、と訴えた。真摯に訴える学生たちに対し、県教委からは「関係者の合意を前提にしていない」という発言まで飛び出した――。

■共学化は「男女共同参画を推進するため」ではない

埼玉県で議論されている県立高校の男子校、女子校(男女別学校)を共学化すべきかという問題。

県教育委員会が8月22日に出した「主体的に共学化を推進していく」との方針を受け、8月27日に男女別学高校に通う生徒と県教委との間で意見交換会が行われました。

この意見交換会は県内の男子校や女子校の高校生からの要望に応える形で開催されたもの。およそ20名の現役生徒たちの「男女別学を残してほしい」という切実な声はどの程度県教委に届いたのでしょうか。

意見交換会の中では、「共学化することで男女別学校ならではの伝統が失われてしまう」「教育の選択肢として男女別学を残してほしい」など存続を訴える声があがる中、「共学化の理由」について問う質問も多くありました。

県立浦和高校の生徒会長(17)は、「共学化は男女共同参画社会実現のための手段なのか」と質問。

これに対し、県教委は「『男女共同参画を推進するため』という表現は報告書で使っていない」と述べ、共学化は男女共同参画の推進とは別問題だという旨の回答をしました。

男女共同参画の推進と別問題だというのなら、一体、男女別学高校を残すことにどのような問題があるのでしょうか。

■何のための「意見交換会」だったのか

そもそも、この問題の発端は、昨年寄せられた県民たった1人からの「男子校に女子が入れないのは女子差別撤廃条例に違反するのではないか」との苦情でした。

苦情を受け入れた埼玉県男女参画苦情処理機関(県が設置する機関)は、「共学化を推進することにより、『男子は○○』『女子は□□』といった固定的な性別役割分担意識を撤廃することが求められる」と県教委に勧告。

男女共同参画社会基本法の中で基本理念として定められている「男女共同参画社会を実現するための5本の柱」の1つ、「男女が固定的な性別役割分担意識にとらわれない社会」に通ずる、「男女共同参画社会実現のために、県立高校の共学化が求められる」と解釈できるような勧告でした。

これを受け、共学化を推進する市民団体も会見を開き、【共学化は男女共同参画社会への入口】という張り紙を掲げ、声高らかに「性別を入学条件とする別学は差別だ、早期共学化を」という旨を強く主張しました。

写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

「男女共同参画社会実現のために共学化が求められる」という前提のもとに燃えてきたはずのこれまでの議論。

これらの経緯を踏まえれば、「共学化は男女共同参画社会を推進するものではない」(共学化と男女共同参画社会は別の問題である)、という見解を県教委が出してくれれば、男女別学は守られると考えるのが妥当のはず。

しかし、前出の「共学化は男女共同参画社会実現のための手段なのか」という県立浦和高校の生徒会長(17)からの質問に、県教委は「共学化は男女共同参画社会を推進するためではないが、主体的に推進すべきもの」と回答。男女別学が男女共同参画社会の推進を妨げるものでないことを認めたのにもかかわらず、共学化を推し進めていくと説明したのです。

それでは一体、共学化は何のために必要で、今までの議論は何だったのでしょうか。議論が振り出しに戻ってしまった感が否めません。

■推進の理由は「少子化」と「教育ニーズの多様化」

今回の意見交換会で県教委は、“共学化を推進”する理由について、「少子化」と「教育ニーズの多様化」を挙げました。具体的には、「共学化を進める背景には少子化があり、教育ニーズの多様化に合わせて教育改革が必要だ。多様な学びの選択肢を用意することが大切」とのこと。

教育のニーズが多様化していることを認め、個々人に合った進学先の選択肢を用意しなければいけないという主張には、大いに同意しますが、その手段は果たして埼玉の県立高校のうち、たった8%ほどしか占めない男女別学校を排除し共学化することが最適解なのでしょうか。

写真=iStock.com/urbancow
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生徒たちからは「選択肢を用意するのならば、共学と別学の選択肢があっていいのではないか」「公立で別学の選択肢が確保されていることが、多様性のある社会の貢献になるのではないか」という声がありました。

また、浦和高校で開かれた意見聴取会や、県実施の「埼玉県立の男女別学校に関するアンケート」でも、保護者らから「別学と共学にそれぞれ良さがあり、選択肢があることが大切」という意見があがっています。

「選択肢を用意する」としながらも、男女別学という選択肢を無くす施策に疑問を持っている人は少なくないという印象です。

この疑問に対し、県教委は「男女別学と共学の選択肢があることを否定しているわけではない。性別や住む地域によって、“学びの選択肢が変化してしまうこと”が見過せない」とし、「共学に行きたかったが、学力に見合った学校が別学なので別学を選ばざるを得なかったという声もあった」という例を挙げました。

しかし、今ある男女別学という選択肢を削除し、共学に統一することで、地域による学校の選択肢の差を無くすということは、多様な教育ニーズに合わせて選択肢を用意することと逆の動きになってしまうのではないでしょうか。また、「住む地域によって学びの選択肢が変化してしまうことが見過ごせない」としながらも、言及するのは男女別学の存在うんぬんのみで、偏差値70超の高校が浦和大宮エリアに集中している点についてはスルーされているというのが不思議でなりません。

前回も述べた通り、現状の埼玉県の県立高校は、良い塩梅にさまざまな男子校、女子校、共学があり、男女ともにある程度自由な選択をしやすいエリアです。主体的に調整していくほどの不便なのか考える余地がありそうです。

また、「地域格差が問題だ」と指摘する意見として、県教委より「男女ともに(地域差なく)自分が学びたい学校に自宅からアクセスできるようにするかが大きな課題である」との指摘も出ました。しかし、埼玉県では2004年より学区制の廃止をしており、県内であれば、居住エリアに関係なく県立高校に通うことが可能。

希望する高校が自宅から近い人、遠い人などの差はあると思いますが、通学するのは、幼稚園児や小学生でなく、自力で電車やバスに乗ることができる成人手前の10代半ばの子供たちです。6歳そこそこから電車やバスで1時間程度の通学をしている私立小学校の子たちが存在することを考えれば、そんなに大きな課題のようには感じません。

高校生を相手に学びの「選択肢」を充実させたいとしながら男女別学という選択肢を減らそうとする、自宅からのアクセスを懸念事項に持ち出す……子供たちのことを真剣に考えていそうな言葉を並べながらも、真摯には向き合ってくれていないのではないかと残念ながら懐疑的になってしまいます。

■「高校共学化」は誰のための施策?

また、これまでのアンケートや意見交換会の軌跡をすべて水の泡とする県教委の「共学化は、県教委が主体的に判断することで関係者(子供たち、保護者、卒業生など)の合意は前提としていない」とのパワーワードも見過ごせません。

「当事者の意見に今後も耳を澄ませる」という発言も併せてありましたが、関係者の意志に関わらない決定を今後も行っていくという前振りなのではないかと懸念されます。教育改革が必要と言いますが、それは一体、誰のためのものなのでしょうか。

誰と向き合い、誰のために男女別学の撤廃に走ろうとしているのでしょうか。

絶対に抜けてはいけない当事者の視点をあえて外すようなスタンスに不安を感じます。

今回、共学化の引き金を引いた苦情はたった1件。

対して、男女別学関係者が参加した共学化反対署名は3万件以上にものぼり、母校の存続を訴えて、男女別学出身者も声をあげています。

今年4月には、浦和高校、浦和第一女子高校、川越女子高校、春日部高校の同窓会長らが男女別学存続を訴える会見に参加。共学化の根拠の一つとされていた男女共同参画推進の観点から、むしろ別学が優位であることを主張しました。

「異性がいないことで、『男子だから○○、女子だから○○』と感じずに生活を送ることができる別学ゆえ、性別に関する偏見から解放され、社会に出た後も偏見に気づける」「共学になることで、社会の男女の役割固定化が持ち込まれる可能性がある」といった彼らの意見は、別学高校出身者の社会的性役割観について研究する私自身もおおむね賛同できる意見のように感じます。

これだけ多くの反対や疑問の声があがっているのにもかかわらず、1件の苦情にばかり耳を傾けたような「共学化を主体的に推進していく」という結論は、いささか不自然ではないでしょうか。ただ単に少子化の進行を懸念して、県立高校を減らす大義名分が欲しく、たまたま目についたのが男女別学だったのではないか、公表できない何か裏の理由が潜んでいるのではないかとついつい勘ぐってしまいます。

■不自然なアンケートへの疑惑

さらに、県が実施した前出の「埼玉県立の男女別学校に関するアンケート」にも不自然な点が見受けられます。

本アンケートには大きな欠落があるように感じるのです。

それは、回答対象者の中に男女別学高校出身者(卒業生)が含まれていないこと。県のHPには、「県内の中学生や高校生、その保護者からの意見を幅広く聞きたい」との記載がありましたが、男女別学出身者が対象外なのはなぜなのでしょう。

男女別学の意義を問うのであれば、現在通っている当事者はもちろんですが、それと同じくらい、いやむしろそれ以上に、別学経験者である卒業生の視点は重要のはず。

彼らが「卒業後にどのような進路に進み、社会でどのように活躍をしているのか」「大人になった今、自分が経験した別学での生活をどのように感じているか」というのは、ダイレクトに男女別学の存在意義に繋がるはずです。

個人的な想像の範囲に過ぎませんが、その肝とも言える部分をあえてスルーしたのには、男女別学の意義を炙り出しにくくする意図があったのではと勘ぐりたくもなります。

それでも実際のアンケート(回答件数7万471件)では、「共学化したほうがよい」と回答した人は、中学生で4551件(18.7%)、高校生で570件(7.8%)、中学生保護者で2185件(13.8%)、高校生保護者で1237件(7.1%)と軒並み低い数字でした。

このような結果を受けても「共学化は、県教委が主体的に判断することで関係者の合意は前提としない」と突如宣言し、共学化推進をゴリ押ししようとする姿勢には強い違和感を抱きます。

埼玉県教育委員会が、県内在住または在学の中学生・高校生とその保護者に対して、2024年4月〜5月に実施した「埼玉県立の男女別学校に関するアンケート」結果

■まっすぐで誠実な意見交換を

県教委の説明に解せない点が多いのは確かですが、県教委、市民団体、県民、どのような立場の人も、子供たちが安心してより良い教育を受けられることを望んでいることは確かだと信じています。

議論の渦中にいる男女別学に通う埼玉県の高校生たちは、自分たちの高校がこの先どうなってしまうかと不安に思ったり、何とかしなくてはと焦ったり、と心が落ち着かない日々を過ごしているかもしれません。

意見交換会で目にした高校生のまっすぐな瞳と、緊張しながらも自分たちの思いを伝える姿を見て、子供たちが安心して自分に合った教育を受けることができる環境がいち早く用意されることを願ってやみません。

その手段が、共学化なのか否かという点の議論については、まだまだ収束は難しい状況ではありますが、彼ら男女別学高校に通う生徒たちは今後も意見交換を重ねていきたいとのこと。

様々な立場、考え方や価値観が混在する中で、一つの答えを出すことは非常に難しいことですが、少なくとも生徒たちのまっすぐな気持ちに真摯に向き合って、誠実な意見が交わせること、そして、彼らをはじめとする男女別学の生徒たちや卒業生、県に教育を託す県民の皆さんの納得感を大切にした有意義な議論になることを願います。

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城山 ちょこ(しろやま・ちょこ)
女子校研究家
大手損保会社勤務時代にさまざまな女性の生き方、働き方に興味を持ち、女性を支援できるコンテンツ発信をするため、ライター・エディターに転身。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。同大学院にて、女子校出身者のキャリアについて研究を開始し、現在も同大学院の研究員として研究を続ける。
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(女子校研究家 城山 ちょこ)