円盤に乗る派『仮想的な失調』 カゲヤマ気象台×日和下駄×畠山峻×渋木すず 座談会【後編】
2024年9月19日(木)~9月22日(日・祝)東京芸術劇場 シアターウエストにて上演される、東京芸術祭 2024 円盤に乗る派『仮想的な失調』。この度、オフィシャルインタビューが届いたので紹介する。
あなたも「円盤に乗る派」である--表現者も観客もフラットに存在する場所
後編では、初演時の思いや再演の手応えを聞きます。東京芸術祭 2024全体で実施することになった29歳以下の割引は、円盤に乗る派(以下、乗る派)の提案だったとか。さらに、乗る派の公演には、18歳以下無料チケットも。
【前編】はこちら(https://spice.eplus.jp/articles/332009)
新たな核が見えてくる再演公演
ーー今回、2年ぶりに再演される『仮想的な失調』の下敷きにあるのは、『名取川』《自分の名前すら忘れてしまう坊主が主人公の狂言》と『船弁慶』《源義経の西国落ちに材を取り、義経の愛妾・静御前とかつての敵である平知盛の怨霊を一人二役で演じる能》。二つの古典をベースに、SNSなど現代におけるアイデンティティのありようを映し出す作品です。稽古も佳境、本日は初の通し稽古でした。現時点での手応えはいかがですか。
『仮想的な失調』メインビジュアル
カゲヤマ:僕は皆さんのことを信じているから、素晴らしい本番になる確信しかないですね(一同笑)。今日通しが終わった後に「これから作品の核が見えてくると思う」とコメントしましたけど、おそらく初演と違う形で核が立ち上がってくると予測しているんです。現在の社会状況的に、初演より生々しく見える部分もあるでしょうし。
渋木:カゲヤマさんが言うように、SNSの様相も刻々と変化していますよね。劇中に「twitter」という単語が出てきますが、この2年の間にイーロン・マスクに買収されて「X」となり、インプレゾンビなんて言葉も誕生していますから。でもその中にも普遍性があるし、最終稽古を経てどう立ち上がるのか、大いに楽しみです。
日和下駄:自分のことで言えば、まだまだ取り組めることがあると感じています。再演で必要以上にわかりやすくなってしまっているというか、初演で“もがきながら”やったからこそ面白かった部分が、スムーズになりすぎている気がしていて。今は「逆にどうやったら引っかかることができるんだろう?」を考えています。
ーー今作はさまざまな音の使い方が面白いと感じました。音の設計について伺えますか?
カゲヤマ:音に関してざっくり分けると、BGM的な音楽と、ノイズ的な効果音が使われています。音楽に関しては僕が選曲していて、執筆時期に聴いていた曲から選ぶことが多いですかね。ノイズ的な部分に関しては、音響の櫻内(憧海)さんにイメージを伝えました。その上で全体的な音に関して言えば、ある種の“幽霊性”のイメージ。マーク・フィッシャーという英国の批評家がいて、この人は音楽評論もしているんです。著書にレコードのプチプチというクラックノイズを使うミュージシャンへのインタビューが載っていて、これが面白いんですよ。ノイズとか、遠くに聞こえる音とか、そこから立ち上がってくる幽霊的な手触り……みたいな雰囲気は、今作のアイデアに含まれていると思います。
ーー台詞の発話方法も面白いです。
日和下駄:今作は具体的な発話方法についての指示はなくて……そういう意味では、『仮想的な失調』はこれまでの乗る派の作品としては比較的、普通な喋り方かもしれません(笑)。でも確かカゲヤマさん、「質量がない身体をやりたい」と言ってましたよね? そこから影響を受けて、台詞の発し方を考えた俳優もいたと思います。
カゲヤマ:そうですね。多分初演時に僕が考えていたのは、他者に作用できないような身体。あとコンセプトの一つに「戯曲は観客と舞台の中間に浮いている。俳優はこれに影響を受けてパフォーマンスをし、観客はここにある戯曲に対して能動的に関わっていく。そんな構造を作れないだろうか?」という問いがありました。
『仮想的な失調』(2022) 撮影:濱田晋
畠山:僕が演じたのはシズチャンという犬の役ですけど、原作の能で言うと、静御前にあたります。チャン付けで呼ばれるキャラクターであること、そしてもとの役が白拍子であることが、役や喋り方を考える上でのフックとなりました。当時の携帯メモに、「みんなから求められることに応じて振る舞う」とあって、ある種の愛嬌をしっかり機能させることが、台詞の発話方法にも影響していたんだなって。ちょっと怖い話でもあると思うんですけど、ただ求めに応じてリアクションしていく。それがああいう発話になったと感じています。
割引の年齢は「あなたに来てほしい」というメッセージ
ーーさまざまな要素が再演でどう響き、どう見えてくるのか、再演がとても楽しみです。今回の東京芸術祭では、29歳以下に対象を広げた割引チケットを設定しています。一般的な割引の多くは25歳以下ですが、それを引き上げることになったのは、乗る派からの提案、とりわけ日和下駄さんからの問題提起があったと聞いています。どんな検討を経て決まったのか教えてください。
日和下駄:僕は演劇界でよく聞かれる「若者に来てほしい」という言葉を耳にするたびに、「若者とは誰か?」と「年齢設定は妥当か?」という、二つの疑問が浮かぶんです。一般的な割引は大概U23からU25。でも20代後半だって、大学を卒業して、親からの仕送りも終わり、お金がない時期なのは変わりないじゃないですか。加えて、演劇をやっている人にとっては、これからいい作品をつくっていくために一番舞台を観た方がいい年代でもある。そんな時期に演劇から遠ざかってしまうと、演劇界にとっても損です。そんな話を芸術祭の制作の皆さんにしたら、他の団体にも掛け合ってくれて、全体で割引を実施することになりました。こんな大きな展開になるとは想像もしていなかったので、正直とても驚いています。
ーーいろいろな団体をハシゴして観られるのがフェスティバルの魅力なので、単価が下がれば、若い方が複数の公演を観るきっかけになるかもしれません。
カゲヤマ:そうですよね。20代後半って、転職したり、結婚したり、ライフイベントも盛りだくさん。演劇から離れていく年代でもあるので、「いや、きみたちまだ演劇に来てよ」みたいなメッセージにもなる。下駄くんの話を聞きながら、そんなことも考えました。
日和下駄:(円盤に乗る派の)18歳以下無料はカゲヤマさんの提案でしたよね?
カゲヤマ:はい。今言ったように、割引で設定する年齢って「あなたが来てほしい対象なんですよ」というメッセージにもなるんです。でも個別の劇団の試みだと、せっかく設定しても世間に届きにくいじゃないですか。それが芸術祭という大きな枠組みなら、知ってもらえるチャンスが広がる。去年上演した『幸福な島の夜』でも18歳以下無料チケットを用意したんですが、高校演劇の会場にもなっているこまばアゴラ劇場が会場だったからこその試みでした。10代のころって、自分の居場所というか、「ここにいて嬉しい」とか「自分の居場所がある」みたいな実感を、得にくい年代でもある。僕自身もどちらかというと、昼休みはずっと図書館か部室にいるタイプの人間だったから、余計にそう思うのかもしれないけど……。でも、そういう人って絶対にいるはずなんです。居場所が見つけにくい人が演劇を知って、「心地いいな」と思ってくれたら、そんな嬉しいことはないです。
取材・執筆:川添史子 撮影:前澤秀登 撮影場所:東京芸術劇場