世界少年野球大会でコーチを務めたルイス・カマルゴ氏【写真:高橋幸司】

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日米本塁打王が立ち上げた「世界少年野球大会」…節目の30回を福岡で開催

 世界中のアスリートの技にパリが熱く燃え盛るさなか、9500キロ離れた日本では、野球の五輪への“正式復活”の鍵を握る可能性のあるイベントが行われた。7月28日〜8月5日、福岡県で開催された「世界少年野球大会」。世界の子どもたちに野球の素晴らしさと「正しい技術」を広めようと、王貞治氏(ソフトバンク球団会長)と故ハンク・アーロン氏(元ブレーブス、2021年逝去)の日米の本塁打王が1990年に立ち上げたものだ。その内容に、参加した海外の指導者も「これだけの普及イベントは見たことがない」と驚く。

 今回で30回目の節目、コロナ禍が明けて5年ぶり。王会長悲願の“地元開催”には、日本、米国、ドイツ、南アフリカなど世界14か国・地域から10〜11歳の少年少女約100人が集まり、9日間・9会場にわたって野球教室や交流試合を行った。日米などの“野球先進国”だけでなく、ベトナムやミクロネシア連邦など、白球に馴染みの薄い国々からも来日。その多くが全くの初心者だ。

 投げる・捕る・打つ・走るなどの基本を楽しく学べるのはもちろん、この大会の何よりの特徴は、普及へのフックとして“友情”に焦点を当てていること。今回も県内各地でホームステイなどの交流イベントがあり、野球を通じて仲良くなった子どもたちは、大会後は皆、涙でお別れをし、その後はメールやSNSなどでやり取りを続ける。

 かつて、王会長とアーロン氏が交友を深めたように、30回の歴史の中で親交を深め合った子どもたちの中からは、各国のWBC代表や、今春「侍ジャパン」と対戦した欧州代表のメンバーに入った選手もいる。「正しい野球を全世界に普及・発展させたい」というレジェンドたちの思いは、着実に成果に結びついている。

ビデオと連続写真で魅せられた日本野球…ブラジルから世界各地でプレー

 指導するのは、王会長が「正しい野球を教えてくれる“世界一のコーチ陣”」と認める、世界野球ソフトボール連盟(WBSC)から派遣された11人。今回、そのリーダーを務めたのがブラジル出身のルイス・カマルゴさんだ。強い日差しの中、グラウンドを動き回りながら参加者をケアし、気づいた点があれば身振り手振りを加えてコーチング。時には「We love baseball!」と声を張り上げ、楽しく体を動かせる環境づくりに心を配る姿があった。

「初めて参加しましたが、本当にビックリしました。私は世界中の野球を見てきましたが、これだけ大規模でオーガナイズされた素晴らしい普及イベントは見たことがありません。関わることができて、本当にうれしいです」

 1976年生まれのカマルゴさんは、現役時代は捕手としてプレー。現在はオーストリアの球団で監督を、また今春来日した欧州代表チームでもコーチを務めている。1998年から2002年まで、社会人・三菱重工広島でのプレー経験もあるため日本語も流暢だ。

 日本野球への思い入れは深い。出身のサンパウロ郊外、タトゥイーの町で野球と出合ったのも、近くの日系人コミュニティーがきっかけだという。

「昔、ベータマックス(ビデオ規格の1つ)ってあったでしょう。日系の人がそれを持ってきて日本の野球を見せてくれたんです。あと、ピッチングやバッティングの連続写真の本。時間も忘れて、夢中になって見ていました」。サッカーの国で野球人となったカマルゴさんは国内やイタリアなどでもプレーし、文字通り、白球と共に世界を旅してきた。

 社会人野球時代の思い出を聞くと、真っ先に「ランニング! 走ってばかりで驚いた。“昭和の野球”ね」と大笑い。しかし、走り込みの中にも意義を見いだした。「走ることとは自分自身との闘い。そう考えることで、心も体も強くなれる。おかげで私は強くなることができました」と感謝も口にする。

「ハンクさんは旅立ってしまったけれど、“思い”は繋げられる」

 今住んでいる欧州はもちろん、本場・米国の野球にも、キューバの野球にも触れてきたカマルゴさん。それでも、「私がベストと考えるのは日本の野球です」と断言する。「指導者になって教えているのも、基本的には日本野球から学んだことです」。

 なぜベストなのか。1つ目は「技術的に基本に忠実であること」。現在指揮するオーストリアのチームも、犠打などの日本野球のエッセンスを選手たちに伝えて強豪に引き上げた。そして2つ目に挙げたのが「ディシプリン(規律)」だ。

「基本に忠実だから良い選手になれるし、チームとしてのディシプリンも生まれる。ディシプリンがあるからプレーに集中できるし、試合に勝つことができる。だから、日本が(WBCで)世界一になれている。みんな、わかるでしょう?」

 だからこそ、このような普及イベントで日本が中心になり、「正しい野球」を世界に伝える意義は大きいという。「王さんとハンクさんが(30回にわたって)続けてきてくれたおかげです。同じことが世界中でできたら、野球はもっと大きくなっていく。参加した子どもたちが大人になったとき、大きな変化をもたらしてくれるはずです」。

 カマルゴさんは何より、野球に初めて触れた子どもたちが、どんどんできることが増え、笑顔が増えていくことに感銘を受けたようだ。それは、王会長が実感してきたことでもある。

「子どもたちの笑顔、目の輝き、それを見て『もっと続けていかないと』と30回になりました。ハンクさんは残念ながら旅立ってしまったけれど、“思い”は繋げられる。ハンクさんの思いを受け止めて、参加する子どもたちに伝えていきたい。そうすれば未来永劫、繋がっていくと思います」(王会長)

 五輪復活だけではない。各地で戦火が上がり緊張感が増す世界。その中で、“平和な戦い”であるスポーツを通して育まれる友情は、1つの解決策を導いてくれるかもしれない。日本野球が担える役割は、広い視野でまだたくさんある。(高橋幸司 / Koji Takahashi)