科学実験には高価な機材や多額の投資が必要なものもありますが、誰でも簡単に手に入るもので行える実験もあります。炭酸水にレーズンを入れるだけで観察できる「ダンシングレーズン」について、アメリカのウィスコンシン大学で数学教授を務めるサヴェリオ・エリック・スパニョーリ氏が解説しています。

‘Dancing’ raisins − a simple kitchen experiment reveals how objects can extract energy from their environment and come to life

https://theconversation.com/dancing-raisins-a-simple-kitchen-experiment-reveals-how-objects-can-extract-energy-from-their-environment-and-come-to-life-223255



スパニョーリ氏は2人の学生と協力して「炭酸水のような過飽和液体中でどのような浮力や動力が発生するか」についての論文を2024年5月に発表しました。過飽和とは、液体が保持できる量よりも多くのガスを含んでいる状態であり、そのため炭酸水では水分中に溶けきらないガスが泡として出ているというわけ。密閉された状態だと圧力が高いため泡が現れませんが、開栓すると圧力が下がり、二酸化炭素分子が周囲の空気中に逃げていきます。

炭酸水に入れて動きを見る物体として、しわしわした表面のレーズンが適しているため、この研究および過飽和液体中で物体が動く現象を「ダンシングレーズン」とスパニョーリ氏らは呼称しています。スパニョーリ氏はダンシングレーズンの研究について、「娘とキッチンで遊んでいるときにこの現象に偶然出会ったことで、さらに深く探求せずにはいられませんでした」と語っています。研究に関連して、実際にレーズンが炭酸水の中で踊るように上下するムービーをX(旧Twitter)で公開したところ、2日で50万回以上閲覧されるほど注目が集まったそうです。



スパニョーリ氏によると、身近な炭酸水には、興味深い物理学が詰まっているそうです。気泡というものは通常、液体内で自然に形成されることはありません。液体は互いにくっつきやすい分子で構成されているため、液体の境界にある分子には表面張力が生じ、分子が引きつけ合って表面積を減らそうとする力が働きます。気泡は表面積を増やすため、表面張力と液体圧力によって、気泡ができたそばから破壊されます。



しかし、シャンパングラスなどの適度な気泡を発生させることが求められるグラスでは、表面をわざと凹凸のある形状にすることで、表面張力による押しつぶし力から気泡を保護することで泡を形成しやすくするという工夫が施されています。同じことが、炭酸水にレーズンやピーナッツなどの小さな物体を入れた時にも発生します。レーズンの表面はしわが多いため炭酸水中で気泡が形成されやすく、十分な数の気泡がたまると、浮輪のようにレーズンを液体の表面まで浮かせます。表面に到達すると泡ははじけるため、再びレーズンは沈んでいきます。これは炭酸水中のガスがなくなるまで繰り返されるため、炭酸水の中でレーズンは躍るように上下するというわけ。



スパニョーリ氏らの研究では、レーズンのような物体が炭酸水の中で何回上下移動するかを予測する数学モデルを開発しています。モデルには気泡の成長速度、物体の形状、サイズ、表面の粗さが組み込まれたほか、容器の形状に基づいて液体の炭酸が失われる速度、気泡の活動によって生じる流れも考慮されました。研究によると、物体の表面積と体積の比率は移動回数に重要な影響を与える一方で、物体に対する液体の抵抗は比較的重要ではないとわかったとのこと。

スパニョーリ氏は「炭酸水とレーズンを用いた数学モデルは、測定が困難な量をより測定しやすい量を使って決定する方法を提供します。たとえば、物体の振動周波数を観察するだけで、その詳細を直接見なくても、顕微鏡レベルでその物体がどのような表面をしているかについて多くのことを知ることができます」と研究の意義について述べました。また、過飽和液体は炭酸水以外にも溶解ガスを含むマグマが代表的であり、マグマ内を動く小さな物体が火山の噴火に影響をしているとしたら、その分析にも役立つ可能性があります。

さらに、液体中の活性物質という観点で、水中を泳ぐ微生物や、液体で満たされた細胞の内部なども、ダンシングレーズンの研究から知見を得ることができます。スパニョーリ氏は「地球物理学から生物学に至るまで、物理世界に関する新たな知見は、卓上規模の実験から、そしておそらくキッチンの中からも、今後も生まれ続けるでしょう」と語っています。