赤字事業、低収益事業の現場では、上からの黒字化プレッシャーは強いが、新たな投資を行うことができず、追い込まれてしまう(写真:Graphs/PIXTA)

経営コンサルタントとして50社を超える経営に関与し、300を超える現場を訪ね歩いてきた遠藤功氏。

36刷17万部のロングセラー『現場力を鍛える』は、「現場力」という言葉を日本に定着させ、「現場力こそが、日本企業の競争力の源泉」という考えを広めるきっかけとなった。

しかし、現在、大企業でも不正・不祥事が相次ぐなど、ほとんどすべての日本企業から「現場力」は消え失せようとしている。

「なぜ現場力は死んでしまったのか?」「どうすればもう一度、強い組織・チームを作れるのか?」を解説した新刊『新しい現場力 最強の現場力にアップデートする実践的方法論』を、遠藤氏が書き下ろした。

その遠藤氏が、『現場のプライドを毀損させる「赤字の放置」』について解説する。

日本企業の事業の入れ替えは急務


私は過去30年以上にわたり、日本企業の現場を300以上訪ね歩いてきた。

現場の人たちと直接的な触れ合いを大事にしたいと思い、いまも経営顧問先の現場やコンサルティングを行う企業の現場を訪ね歩いている。

「現場力」こそが、日本企業の競争力の源泉であると信じてきた

しかし、日本企業の現場を取り巻く環境は悪化していき、劣化を食い止めるどころか、現場力は跡形もなく消えてしまっていた。

これまで成長を支えてきた事業は成熟期、衰退期を迎え、事業の入れ替えを加速しなければ、成長軌道に戻すことはできない。

事業には「寿命」がある

多くの日本企業はいま「事業ポートフォリオの見直し」に迫られている。

国内市場だけに依存している事業の多くは、日本経済の縮小とともにこの先縮んでいくのは明らかだ。

かといって、すぐに事業自体が消えてなくなるわけではない。それが厄介だ。

「緩慢な衰退」は思い切った打ち手を講じることができず、組織を徐々に蝕んでいく。しかし、成長が見込めない事業、収益改善が期待できない事業、赤字事業を放置することは悪である。

それがわかっていながら、多くの日本企業は大胆な事業ポートフォリオの見直しを進めてこなかった。

それは、経営管理だけの話ではない。赤字からの脱却が見通せない現場にとって、それは自分たちの存在意義を問われ、プライドを喪失させる深刻な事態なのだ。

「黒字化プレッシャー」に追い込まれる現場

品質不正を起こした企業で見られる特徴のひとつは、赤字事業もしくは低収益事業で不正が起きているということである。

競争力が弱く、低収益・低採算に苦しむ事業を営む現場が、不正に手を染めやすいという構図は明らかである。

高収益事業、成長事業で不正が起きるケースはまれである。投資体力があるので、新たな設備を増強したり、人員補充が比較的やりやすかったりするので、現場があえて不正を犯す理由がない。

一方、赤字事業、低収益事業は上からの「黒字化プレッシャー」は強いが、新たな投資を行うことができず、追い込まれてしまう。

品質不正を起こしたある工場の班長は、こう切り捨てた。

「これ以上のコストダウンは限界だ。営業や上の人間に値上げの必要性を訴えても、『仕事が切られるかもしれないから』と及び腰だ。

工場長は『限界利益は出ているから』と正当化するが、先のない事業なのは、みんなわかっている」

もちろん新規事業の立ち上げ時のような「健全な赤字」もある。

しかし、長い間営んでいる事業が収益を上げられないという事態を放置することは、経営の怠慢以外の何物でもない。

2009年3月期に7873億円もの最終赤字を計上した日立製作所は、思い切った構造改革を断行し、復活を遂げた。

その過程では、日立金属、日立化成、日立電線(2013年に日立金属と合併)という「御三家」と呼ばれた中核子会社を切り離し、衝撃を与えた。

また、日立国際電気、クラリオンなどの知名度の高い子会社も相次いで売却を決断した。そこには、デジタルを軸とする社会インフラ企業へと生まれ変わるのだという経営の強い意志がある。

デジタルや環境事業という新たな成長を目指すには、祖業やかつての中核事業であっても切り離す。そして、それによって得た資金を、新たな成長分野に投下している。

実際、2020年にスイスの重電大手・ABBの送配電事業を買収し、2021年にはソフトに強いアメリカのグローバルロジックなどを買収している。

こうした思い切った「戦略シフト」が奏功し、送配電や鉄道といった環境インフラ事業の受注残は8兆5000億円(2023年9月末)と、前期末に比べ23%増えている。

このとき打ち出したのが「事業の撤退方針」だ。「売上高営業利益率の目標を8%超に設定し、5%未満の事業は撤退する」と打ち出した。

日本の大企業で日立のように明確な事業撤退方針を公表している会社はまれだ。

「勝つ事業」を選択し、経営資源を集中させる

経営は合理的でなければならない。自分たちの強み・弱み、競争環境における立ち位置を客観的、俯瞰的に捉え、「これなら勝てる」という合理的な戦略シナリオを描く必要がある。

その要諦はシンプルである。それは「選択と集中」である。

「これなら勝てる」という事業を「選択」し、経営資源を「集中」させる。それにより、模倣困難性の高い「勝てる」事業を育てることができる。

未来永劫続く事業など存在しない。かつては「花形」だった事業も、時の移り変わりとともに衰退していく。

過去の栄光にしがみついても、そこから未来は生まれてこない。

もちろん、事業によって「寿命」の長さはまちまちである。

自動車のように100年以上続く事業もあれば、半導体のように目まぐるしい技術革新によって数年で入れ替わる事業もある。

厄介なのは、比較的「長寿」の事業である。

社会インフラを支えるような事業は、すぐになくなることはない。時に「神風」(特需)が吹いて、瞬間的に息を吹き返すこともある。だから、どうしても「延命」しがちである。

経営意志とは「捨てるもの」を決断すること

事業領域をどれほど広げるかは、それぞれの会社ごとに異なる。経営資源が潤沢で、余裕のある企業は、ある程度「戦う土俵」を広げることが可能だ。

一方、「限られた経営資源」しかない企業は、「戦う土俵」を絞り込まざるを得ない。「あれもこれも」と手を出していたのでは、持続的な競争優位を確立するのは困難である。

理屈はシンプルなはずなのに、多くの日本企業は思い切った「戦略シフト」ができていない

「戦略と集中」を換言すれば、「捨てる」ことである。

「何をやるか」を決めるのではなく、「何はやらないのか」を決めなくてはならない。「捨てる」事業を決めなければ、経営資源が捻出できない。勝てる見込みのない事業を抱えていても、企業価値を高めることはできない。

「戦略シフト」とは「リソースシフト」のことで、大胆に資源配分(人・モノ・金)を変えることこそが「戦略シフト」である。

資源配分の基本は 「傾斜資源配分」だ。どの事業に「傾斜」させるのか。そこに「経営の意志」があらわれる。

日本企業の多くは、中期経営計画の中で「選択と集中」や「戦略シフト」を打ち出していても、大胆な「リソースシフト」を行ってこなかった。それでは事業の入れ替えが進むはずもない。

「成長しない事業」「儲かる見込みのない事業」を放置することは、現場の士気の低下につながる

低収益で喘いでいるのに、投資もしない、てこ入れもしないで、現場に白兵戦を強いる。そこに経営の意志や合理性はまったくない。

ソニーグループもダイナミックな事業の入れ替えで、業績は急速に回復している。祖業の電機を大胆に縮小する一方で、音楽などのエンターテインメント系事業に軸足を移したことが大きな要因だ。

これまでの日本企業は「インダストリアル・インベスター」、つまり事業投資家目線での投資判断を行うのが常であった。

事業部門が事業投資家目線を持ち、投資判断を行うのは当たり前のことだ。そこには事業への愛着もあるだろう。

しかし、全体最適を目指さなければならない本社(コーポレート)が、事業部門と同じ判断基準で事業ポートフォリオを考えていたのでは、戦略シフトは進まない。

いま本社(コーポレート)に求められているのは、「フィナンシャル・インベスター」、つまり財務投資家目線で客観的、冷徹に事業の可能性、要否を判断し、事業の入れ替えを推進することである。

それにより、全社の事業ポートフォリオの適正化が行われるだけでなく、日本の各業界における合従連衡が進み、より強い企業が生まれる可能性は高まる。

「適社性」こそ最も重要な判断軸

事業ポートフォリオの管理をするには、さまざまな観点から各事業の評価を行う必要がある。市場性、成長性、収益性、競合などさまざまな観点から吟味し、「勝てる事業」を選択しなければならない。

その中で最も重要な要素が「適社性」である。

「適社性」とは、選択する事業が自社の持つ組織能力(現場力)や組織カルチャー、さらには経営理念やビジョンとの「親和性」「フィット感」があるかどうかを見極めることである。

それぞれの会社には、それぞれの会社の個性、持ち味(ユニークネス)がある。そうした個性や持ち味を活かし得る事業を選択しなければ、成功はおぼつかない。

一方で、それぞれの事業には固有の事業特性がある。

たとえば、エレクトロニクス分野であっても社会インフラを担うような事業は、比較的スピード感は緩やかだが、じっくりと丁寧につくり込むことが求められる。

逆に、半導体などは変化が目まぐるしく、スピード感のある意思決定、実行ができなければ、変化についていくことは難しい。

かつての日本の大手電機メーカーが半導体事業で苦境に陥ったのは、卓越した技術は持っていたが、そのスピード感についていけなかったのがひとつの要因である。

つまり、事業特性と組織能力、組織カルチャーの「親和性」が低く、「適社性」が担保されていなかったのである。

もちろん、「親和性」が低いから新たな事業にチャレンジするべきではないという話ではない。自社の組織能力や組織カルチャーに縛られてしまっては、成長、発展の芽を摘んでしまう。

大事なのは、市場性や成長性といった「外的要素」だけで事業を選択するのではなく、組織能力や組織カルチャーといった「内的要素」を常に勘案することである。

「適社性」が高く、「親和性」が担保されていればいるほど、成功確率は高まるのである。

「経営主導の事業再編」こそ効率よく進む

日本企業は事業に対する思い入れ、愛着が強い。それは日本企業の強みでもあるが、弱みでもある。


愛着が強いがゆえに、大胆かつダイナミックな事業の見直し、入れ替えができない

なんとか事業を「延命」させることに尽力するが、抜本的な改善策は見出せず、やがて事業はやせ細り、撤退や売却に追い込まれる。

事業ポートフォリオの見直しは、コーポレート(本社)がなすべき最も重要な仕事のひとつである。事業部まかせにしては、事業再編は進まない。

将来の主力と位置付けられない事業は、競争力や体力のあるうちに、競合他社への売却や統合を進めることが必要不可欠だ。

「低収益事業の放置」は現場力の劣化に大きな影響を与える。

そのため、事業再編は、経営の「意志」をもって進めることが求められているのだ。

(遠藤 功 : シナ・コーポレーション代表取締役)