8月中旬、筑波大学附属高等学校から下校される悠仁さま

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「9月6日に、悠仁さまは18歳の誕生日を迎えられます。男子皇族が成年となられるのは、秋篠宮さま以来39年ぶりのことです。それにもかかわらず悠仁さまのご進学先ばかりに注目が集まっているのは、実に残念なことだと思います」

そう語るのは皇室担当記者。

8月25日に、秋篠宮ご夫妻と悠仁さまは京都を訪問し、「第27回国際昆虫学会議」の開会式に臨席された。

「翌日の26日には、悠仁さまの共同研究の結果が、ポスター発表されました。しかし悠仁さまはその場に臨まれることなく、開会式後に帰京されたのです。

世界中の昆虫学者と交流できる絶好の機会だったにもかかわらず、中途半端にも映るご参加だったために、“やはり東京大学の『学校推薦型選抜』の実績作りにすぎなかったのでは”という声もさらに強まってしまいました」(前出・皇室担当記者)

東京大学のHPに掲載されている「令和7(2025)年度東京大学学校推薦型選抜 学生募集要項」によれば、農学部が求める書類・資料の1つとして《活動実績等の資料》と記載されている。

「その例がいくつか挙げられているのですが、《インターンシップ、ボランティア、農業実体験、国際会議への参加等の活動を証明する資料》という文章もあるのです。

《国際会議への参加》という文言は農学部の募集要項のみにしか載っておらず、今回の国際昆虫学会議を想起している人も多いようです」(前出・皇室担当記者)

これまでの皇族方とは、異なる道のりを歩まれている悠仁さま

「特別入園制度によるお茶の水女子大学附属幼稚園へのご入園から始まり、提携校進学制度による筑波大学附属高等学校へのご入学など、“受験戦略”を指揮されているのは紀子さまだと伺っています。このご選択のために、これまでに類を見ないほど、悠仁さまのご成績に注目が集まっているといえます」(前出・皇室担当記者)

たとえば8月8日発売の『週刊文春』は《筑附で「異例の成績」悠仁さまの“真実”》というタイトルの特集を組み、その記事中では筑附高関係者が次のように証言している。

《生物を除いては、文系科目も理数系科目も成績が伸び悩んでおられる》

■ご両親のご協力が悠仁さまへ悪影響を

また本誌の取材によれば、次のように証言する関係者もいた。

悠仁さまのクラスでの授業を受け持った教諭は、“質問をされても悠仁さまは、お答えになれず、硬直されてしまわれた”と話していました。はたして筑附へのご進学は、悠仁さまにとって望ましいことだったのか……」

静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは、これまでも将来の天皇に求められるのは“徳”であり“学歴”ではないと指摘してきた。

「多くの国民がそう感じているように、私も秋篠宮ご夫妻のお振る舞いからは、悠仁さまのご進学のためには、なりふり構われていないような印象を受けています。ご家族での国際昆虫学会議へのご参加も、悠仁さまの推薦入学のための“実績作り”のためと思えてしまうのです。秋篠宮ご夫妻は、ご進学のための過剰な協力が、悠仁さまに対する国民の共感に、悪影響を及ぼしてしまうことを認識されるべきだと思います」

一途に悠仁さまのご進学に注力されている紀子さま。なぜ“暴走”ともいわれかねないご姿勢を崩そうとされないのか。

ある宮内庁関係者はこう語る。

悠仁さまと学者たちとの共同論文発表や、ご家族での国際的な学会へのご参加……。“実績作りにすぎないのでは”という国民からの批判があるにもかかわらず、そうした手段に固執し続けておられるのは、紀子さまが上皇ご夫妻との“秘密の約束”を心のよりどころとされているためだと思われます。眞子さん、佳子さまに続く第三子のご懐妊にあたっては、上皇ご夫妻のご許可があったとされているのです」

’06年2月8日付の朝日新聞は、悠仁さまご誕生にまつわる秋篠宮さまのお言葉を報じている。

《「東宮さまのほうに遠慮していたが、『もうそろそろいいよ』とのお許しがあったもので……」

秋篠宮さまは親しい人にこんな話をもらしたことがあるという。

’03年12月、当時の湯浅利夫宮内庁長官が記者会見で「皇室の繁栄を考えると、(秋篠宮ご夫妻に)3人目を強く希望したい」と述べた後のことだった》

前出の宮内庁関係者が続ける。

「“お許し”とは上皇ご夫妻のものにほかなりません。上皇ご夫妻と秋篠宮ご夫妻が話し合われたのは20年ほど前と思われます。

当時の小泉政権下では、女性・女系天皇を認める方向での皇室典範改正が議論されていましたが、愛子さまはまだ幼く、いまほど女性天皇誕生を望む声が強かったわけではありませんでした。

上皇ご夫妻は秋篠宮ご夫妻へ、“男子が誕生すれば、男系による皇位継承も維持できる”という意向を示されたのでしょう。

紀子さまにとって“上皇ご夫妻から皇室の将来を託された”という感動は、天皇となるべくして生まれた悠仁さまのご進学への強い使命感を生むとともに、国民からの批判を顧みない強行策へと駆り立てるものとなったのです」

ご誕生前から宿命を背負われ、ご両親と国民のはざまで懊悩されている悠仁さま。そのご将来に光が射すことを切に祈りたい。