じわじわ話題「異色グルメドラマ」が心揺さぶる訳
『飯を喰らひて華と告ぐ』(写真:ドラマ公式Xより引用)
夏ドラマが終盤に差し掛かっている。今期は飛び抜けた注目作がなく、オリンピックに話題を奪われてきたなか(過去記事:話題作なく総崩れ?「夏ドラマ」評価分かれる背景)、SNSなどの口コミでじわじわと関心を集めているドラマがある。
すでに飽和気味のグルメドラマのなかで、これまでとは異なる新しい“味”を出している『飯を喰らひて華と告ぐ』(TOKYO MX)だ。
ドラマのアウトラインを見ると『深夜食堂』シリーズの世界観に近いのかと思いきや、ストーリーも登場人物のキャラクター性もまったく異なる。
また、グルメドラマの頂点に君臨する『孤独のグルメ』シリーズとは、料理シーンを除くと対極に位置するようなエンターテインメント性の高さが特徴になっている。
『飯を喰らひて華と告ぐ』は、味が濃すぎる昭和的なクセ強キャラの店主(仲村トオル)が、悩める市井の人々の心を救う、喜劇と悲劇のヒューマンドラマの要素を混ぜ合わせて凝縮させた“飯ドラマ”になっているのだ。
都会人の悩みを見抜く料理人
物語の舞台は、東京の街外れの路地裏にひっそりとたたずむ、どこにでもある中華料理店のような店構えの料理屋「一香軒」。強面のすご腕料理人の店主が、客が食べたいものを何でも提供するこの店には、大都会・東京に生きるさまざまな人が訪れる。
店主は路地裏に迷い込んだ人に声をかけて店内に誘うと、その慧眼で彼らの悩みを見抜き、それぞれの客のための料理を出す。
客は、古ぼけた店の頑固そうな店主が作る、素朴な料理の研ぎ澄まされた味に驚く。そして、親身に話しかけてくる店主の言葉に耳を傾けるうちに、心を揺さぶられる。
『飯を喰らひて華と告ぐ』(C)2024 足立和平・白泉社/「飯を喰らひて華と告ぐ」製作委員会
ドラマのメインになるのは、客が料理を食べながら聞く店主の語りだ。客それぞれが抱える悩みや葛藤を、もっともらしく聞こえる格言のようなことわざのような言葉で例え、彼らの気持ちに寄り添いながら、元気づけていく。
店主は客のことを思う気持ちが強いがゆえに、話が止まらなくなる。そして強烈なスパイスを入れて元の味がわからなくなるかのように、客の本来の悩みを勝手に勘違いし、見当違いなアドバイスをしてしまう。客が勘違いを正そうとしても、自分流に解釈して受け入れてしまう。
しかし、店主と話をしていると、日々の生活に疲弊して閉ざされかけていた客の心がこじ開けられ、前を向かせることにつながる。
店主は勘違いをしながらも、内面に秘める感情を見抜いて心のうちを理解し、彼らに寄り添っているのだ。
変わらない日々の繰り返しを生きてきた万引きGメンは、店主のちょっとした気遣いで非日常を味わい、毎日が明るくなった。クセが強い予備校カリスマ講師は、生きる道を誤らずにすみ、姿勢を正すきっかけを得た。また、食い逃げ犯には、その罪は許し、悔い改めさせている。
『飯を喰らひて華と告ぐ』(C)2024 足立和平・白泉社/「飯を喰らひて華と告ぐ」製作委員会
店を出るときの客たち全員の表情は和らぎ、足取りは軽くなっているのだ。
主演・仲村トオルの怪演
本作は、おいしい料理と店主の強烈なキャラクターが、客それぞれの日常生活における心の機微に触れる。そこで生まれる、勘違いとすれ違いのやりとりの滑稽さが、視聴者を笑わせつつ心を温かくする新たなスタイルのグルメドラマだ。
根底には都会に生きる市井の人々それぞれの人間ドラマがあるからこそ、誰もが共感し、感情移入できる。エンターテインメント性の高い、この夏の隠れた名作ドラマであり、その妙味に気づいた人たちの口コミが広がっている。
本作のおもしろさの最大の要因は、店主役の主演・仲村トオルの怪演に尽きる。言葉を発しなくても、有無を言わせぬ圧を放つキャラクター像を体現できるのは、彼の圧倒的な存在感があってこそ。店主の目力と気迫のこもった顔の圧に、客の誰もが圧倒される。
大真面目な店主のどこかとぼけた、愛らしい間抜けな姿は、ドラマ初出演作『あぶない刑事』町田透刑事役からの系譜となる、俳優・仲村トオルの芝居の真骨頂でもあると感じる。
これまでに多くの役を演じ、近年はシリアス系の作品で重厚な芝居を見せることが多かった彼にとっても、俳優人生におけるひとつのハマり役であり、新たな名物キャラクターになったことは間違いないだろう。
店主の“クセ強”に磨きがかかる後半
物語のなかで、ソロキャンプの玄人を装ったプロ傭兵と店主の対峙がある第8話では、初めて料理屋以外が舞台になった回であり、物語のひとつのポイントになっている。
回を重ねるごとに店主の“クセ強”に磨きがかかり、味が濃くなってきたが、ここから新たな章に入ることを感じる。
放送を重ねながらドラマファンの間でじわじわと話題が広がり、SNSでは毎話の“勘違いオチ”に注目が集まるなか、ドラマはいよいよ後半に入り、最終話が気になるという声が増えている。
これまでは濃すぎる店主のキャラクターが、まばゆいばかりに光り輝いて客を圧倒してきたが、最終話の客は柄本時生が演じる。2人の火花散らす芝居のぶつかりあいは必至。ドラマ史に残る名シーン(迷シーン?)になるかもしれない。人生と笑顔をテーマにするポジティブ飯ドラマのラストが、いまから気になってしかたがない。
(武井 保之 : ライター)