企業のデータ活用「人材の社内育成と産学連携を」
竹村彰通(たけむら・あきみち)/1952年生まれ。1976年東京大学経済学部経済学科卒業、1978年同大学院経済学研究科理論経済学・経済史学専門課程修士課程修了、1982年スタンフォード大学統計学部 Ph.D. 修了。東京大学大学院情報理工学系研究科教授などを経て、2016年滋賀大学データサイエンス教育研究センター長となり、日本初のデータサイエンス学部創設に尽力。2017年滋賀大学データサイエンス学部長。2022年より滋賀大学学長(記者撮影)
ビッグデータの活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)など、産業界でデータ人材の重要性が増している。一方、経済産業省によると、データ人材を含むDX人材は2030年に79万人不足するという。そうした中、データ人材の育成を目的に、日本で最初の「データサイエンス学部」を、2017年に設置したのが滋賀大学だ。初代学部長として創設に奔走した竹村彰通学長に、学部設置の狙いやこれまでの手応え、産業界でのデータ人材の現状・課題を聞いた。
人材育成には産学連携が大事
――ここ数年でデータサイエンス学部を設置する大学が増えました。先駆者として何を強みにしていますか。
学部設置時に専門教員を10人程度採用した。ここまで陣容をそろえている大学はあまりない。カリキュラムも就職後の即戦力を意識している。1、2年時には基礎的な学習を行うが、3年生以降はPBL(Project Based Learning=課題解決型学習)を導入しており、企業が協力する形で実践を詰める内容にしている。
――なぜ企業との協力を重視しているのでしょうか。
学生が入社後も自信を持って活躍できるようにするためだ。現在は企業に入ってからデータサイエンスを勉強するより、即戦力としての人材が求められる傾向にある。企業側もデータサイエンスを専門とした部署が設置されていないケースが多い。人材は大学だけで育成するにも限界があるので、産学連携を通じた教育をしっかり行っていかないと対応できない。
――丸7年が経ちました。どのような手応えを感じていますか。
そもそものスタートは経済学部、教育学部に次ぐ第3の柱として新たな学部を設立したいというものだった。そこから7年、実績とブランド力がしっかりついてきたと思う。学部の卒業生でITやコンサルティング会社に加えて、金融や製造業、メディアなど幅広い業種に就職実績が積み重なってきた。就職してすぐにデータサイエンティストとして活躍する事例も出てきている。入学する学生も滋賀県内はもちろん関西圏や中京圏を中心に広域化しており、認知度も高まっている。
――企業との共同研究も進んでいるようですが。
他の大学であれば企業との共同研究などの数は2桁だが、滋賀大は累計で約300件の実績がある。いま動いている共同研究でも約50ある。ここは最初に学部を設置して、地道に実績を積み上げてきたからこそと言える。
――欧米に比べて統計学やデータサイエンス学の人材が足りていないとの指摘があります。
全然足りていない。だからこそ学部卒でもすぐに活躍できるフィールドがある。元々国内では重視されてこなかった背景がある。私も統計学を専門としてきたが、ここまで需要が出るとは思っていなかった。おそらくコンピュータやAIといった先進技術が進化する中で、あらゆるデータが取れる環境になると想定できていなかったのではないか。
滋賀大データサイエンス学部では就職後の即戦力を意識しているという。1〜2年時に基礎を固め、3〜4年時には企業の実データを使った実践講義も行う(写真:滋賀大学)
GoogleやAmazonは成功していまではデータで商売をしている。日本はものづくりの技術はあるが、データの領域では出遅れている。日本も情報領域について政府が声をかけてはいたが、状況としてはアメリカや中国に負けてしまっている。まだまだどうしていいかわからないという企業も多い。中小企業であれば人手不足で余裕がないということもあるのではないか。
――アメリカのIT企業とは待遇も違います。
優秀な人材でアメリカの統計学を専門とした大学院を卒業すると、Googleで初任給が2000万円というケースが実際に多い。アメリカ国内に限らず世界中から人材が集まってくる。日本企業だと東京大学の理系卒でも2000万円もらえるケースはほとんどないのではないか。
確かにデータサイエンスやAIの技術を持っていて優秀な人材なら生産性も高く、待遇がよくなるのも自然と言えるが、それだけアメリカはチャンスがあるとも言える。
5〜10年で環境は変わっていく
――日本ではようやく受け皿が整ってきた段階と言えるのでしょうか。一方、データサイエンスに関連する学部が乱立しているとの声もあります。
人材不足は深刻だが、枠組みは改善しているという認識だ。国公立大学でも一橋大学や千葉大学、宇都宮大学など、プログラムをしっかりと組んでデータサイエンスに関連する学部を立ち上げている。私立大学でも同様の動きがある。
粗製濫造の面はあるかもしれないが、データサイエンスを専門とした学部を持つ大学が増えてきた。文部科学省の旗振りもあって一般教養としてのデータサイエンスも取り入れられている。ようやく日本もデータサイエンスを重視する方向に向かっており、今後5〜10年で環境は変わっていくのではないか。
――リスキリングでもデータサイエンスは注目されています。大学はどのような役割を果たしていきますか。
大学院では企業から派遣された人材が学んでいるケースが多い。現在も修士課程(博士課程前期)の生徒のうち、4割は企業や官公庁から派遣されてくる人材だ。
同じ企業が毎年優秀な人材を送り続けているケースもあり、学んだ人材が集まってデータサイエンスの専門部署を立ち上げることもあるようだ。われわれとしても企業が抱える課題を解決するために学びに来てくださいと呼びかけている。
彦根城にほど近い滋賀大学の彦根キャンパス。データサイエンス学部の設立後に入学希望者は関西圏や中京圏を中心に広域化しており、認知度も高まっている(筆者撮影)
――トヨタグループと共同でビッグデータ分析の人材育成を目的に「機械学習実践道場」も実施しています。
トヨタグループの社内教育は2017年から始めた。機械工学などの人材が多いが、能力が高くバックグラウンドもあるのでデータサイエンスの領域を1年学べばすぐに社内でデータを扱えるようになっている。製造業では生産性の改善や研究開発の効率化など役立つ領域は幅広い。
現在では年間250人程度学んでいるが、習ったことはないだけで現場の人間は優秀だ。効果が出ているのでここまで繰り返し活用しているのだと思う。トヨタ側も現在はトヨタの協力部品会社で構成する協豊会まで枠組みを広げており、データサイエンス人材の養成に力を入れているようだ。この部分は他の大学の経験値とは異なっている。
――製造業では熟練技術者のノウハウをどう共有していくかが課題になっています。
大事な視点だ。現場で何十年も特定の装置や機器を扱って、詳しく知っている人材は多くの企業に存在する。にもかかわらず、どうしてこの人がここまでできるのか、企業側が把握できていないケースが少なくない。
個人のレベルが高いという部分もあるが、その人にとっては強みであるため教えたくないという背景もあるようだ。しかし、その人が辞めた場合は技術が途絶えて企業側も困ってしまう。この課題に対して、技術やノウハウがデータでわかるようになれば、そのまま活用できるようになる。
いままでは背中を見て覚える、という面もあったかもしれないが、カメラで撮影して動作解析もできるようになった。データサイエンスの領域では匠の技をデータで明らかにして可視化することで課題解決につなげられる。
データ活用には社長の意志が重要
――データ活用で日本企業は出遅れているように感じます。グローバルに戦っていくのに何が必要でしょうか。
社内人材をしっかりと育てるという視点が必要ではないか。企業側からすれば、外資系コンサルティング会社などに外注したほうが早いという考え方もある。ただ、そうやってデータを活用するシステムを作った場合、メンテナンス料金を取られるなど費用面の負担が大きくなる。加えて、社内人材が育ちにくくなる。大学との共同研究であれば、大学にも企業にも知見がたまる点でお互いにメリットがある。
――中小企業ならなおさら意識の醸成が必要ではないでしょうか。
関西の従業員数百名規模のメーカーで、社長が意志を持ってスマート工場の立ち上げに熱心に取り組んでいるケースがある。社内の複数人をデータサイエンティストとして育て、データを経営に生かそうとする狙いだ。このような事例は増えていく可能性がある。経営者がどこまでデータ活用の重要性に気づけるかが大切になるのではないか。
(横山 隼也 : 東洋経済 記者)