「0.1%」は高すぎた?預金金利めぐる銀行の誤算
預金金利の引き上げ幅をめぐり、銀行間で考え方が分かれていた(撮影:梅谷秀司)
「正直に言って、0.1%は想定より高かった」。中部エリアの地方銀行幹部は、預金金利の水準についてこう打ち明ける。
7月31日、日本銀行が追加利上げに踏み切った。市場金利の上昇を受けて、国内の銀行も預金金利を次々に改定。ネット銀行を除くほぼすべての銀行が、普通預金金利を従来の0.02%から0.1%に引き上げた。
足並みをそろえたように映るが、一部の銀行は追加利上げ後の預金金利を「0.08%」と想定しており、引き上げ幅をめぐる考え方は必ずしも一致していなかった。ところが、メガバンクが先行して「0.1%」を打ち出したことで、結果的に他行も追従せざるをえなくなった。
預金金利を左右する「追随率」
「追随率を4割とすると、0.15%の利上げに対して0.1%の預金金利は、ちょっと大きい」。楽天銀行が8月7日に開いた決算説明会で、永井啓之社長はそう説明した。
追加利上げ時に、預金金利をどこまで引き上げるか。0.1%派と0.08%派を分けたのは、「追随率」をめぐる見解の相違だ。2006年から2007年にかけての利上げ局面では、預金金利は政策金利におおむね0.4を掛けた水準まで上昇した。
その後、日銀は2008年から利下げに転じ、2013年にはゼロ金利政策を導入。政策金利と預金金利が逆転し、追随率の議論はもはや意味をなさなくなった。13年ぶりとなる「金利ある世界」への突入は、ほこりをかぶっていた追随率という概念の棚卸しでもあった。
日銀は3月にマイナス金利政策を解除し、政策金利の誘導目標を従来のマイナス0.1%からプラス0.1%程度に変更した。
「マイナス金利解除は過去に例がない事態。ネット銀行の台頭も読み切れない」(首都圏の銀行首脳)。預金金利の設定に迷う声も聞かれる中、三菱UFJ銀行や三井住友銀行が先陣を切り、預金金利を従来の0.001%から0.02%に引き上げると発表。翌日以降、他行もなだれを打つように倣った。
日銀が追加利上げによって年内にも政策金利を0.25%まで引き上げると目されるようになる中、各行の意識は預金金利の引き上げ幅へと移った。政策金利が同水準になった2006年7月当時の預金金利は0.1%。過去の実績を踏まえれば、0.1%派に理があるように見える。
0.08%派の言い分
一方、0.08%派は「追随率4割」というセオリーに着目した。追加利上げによる上昇幅は0.15%であり、預金金利の引き上げ幅は0.15%×0.4=0.06%にとどまるからだ。実際、複数の地銀は預金金利の水準を0.02%に0.06%を加えた0.08%と仮定し、追加利上げ時の収益影響を試算していたようだ。
どちらに軍配が上がったかは言をまたない。7月31日に日銀が追加利上げに踏み切ると、メガバンクはそろって預金金利を0.1%に引き上げた。0.08%と見込んでいた東日本の地銀関係者は「われわれだけ0.08%に抑えて、悪目立ちはしたくない」と吐露。この地銀はほどなくして、0.1%への引き上げを表明した。
結局、0.15%の利上げに対して預金金利が0.08%上昇したため、追随率は53%となった。今後、日銀がさらなる利上げに踏み切った際には、預金金利の引き上げ幅をめぐる思惑が再び交錯しそうだ。
兆円単位の預金を抱える銀行にとって、わずか0.02%の差でも数億円の利払い増加につながる。経営を揺るがすほどではないものの、中小金融機関にとっては無視できない負担だ。預金金利の上昇分を今後、貸出金利に転嫁できるかが重要になる。
預金金利同様、貸出金利にも追随率の概念がある。日本総合研究所の大嶋秀雄主任研究員の調査によれば、2006年から2007年にかけての利上げ局面において、政策金利に対する貸出金利の追随率は都市銀行で7割、地方銀行で4割、信用金庫では3割程度だった。
今後の収益力に差が出る貸出形態
各行の貸出金ポートフォリオによって追随率はまちまちだが、市場連動型の貸し出しが多いメガバンクはすぐに利上げの恩恵にあずかれる一方、固定金利型の割合が大きい地域金融機関は金利更改や満期到来のタイミングを待たざるをえない。貸出金利の引き上げにてこずるほど、預金金利の利払い膨張で収益が下押しされる。
前回の利上げ局面と異なるのは、金利ある世界を経験していない銀行員や取引先が増えていることだ。銀行・企業ともに、低金利を前提とする経営が長らく続いてきた。貸出金利の引き上げ交渉には、難航も予想される。
(一井 純 : 東洋経済 記者)