テールライトの中に△が表示されているのがわかるだろうか?

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OLED(有機EL)を採用することで「ライトでコミュニケーション」という技術を取り入れた(筆者撮影)

アウディが2024年に発表した「Q6 e-tron(イートロン)」のデジタル技術がおもしろい。大きくいえば、コミュニケーションの新しいありかた。ライティング・テクノロジーと車内のデジタル技術の数々に、驚かされる。


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クルマ間のコミュニケーションのひとつに、高速道路で渋滞に遭遇したときにつけるハザードランプがある。スピードに乗って走ってきた後続車が追突しないための合図だ。渋滞列の最後尾のクルマがやるこの習慣を私が最初に知ったのは、1980年代のドイツだった。

ドイツのアウトバーンでは、日本よりはるかに高い速度で走るクルマが多いし、霧などに視界をさえぎられることもある。「ここでは命を守る習慣です」と、そのときドイツ在住の知人に聞いたのを今でも覚えている。

ハザード(=危機)ではなく「ありがとう」の意を表すときにハザードランプを使うのは、日本でしか見たことのない習慣。昔気質の私は、手をあげて感謝の意を伝えるほうが好きだけれど、これをやる人は少なくなった。

電子アーキテクチャーの進化

そんなあれこれを私に思い出させてくれたのが、アウディQ6 e-tronで紹介されたライティング・テクノロジーである。

Q6 e-tronはBEV(バッテリー駆動EV)のSUVで、従来の「Q4 e-tron」と「Q8 e-tron」の中間に位置するモデル。しかし、これらのモデルとは一線を画し、新開発のPPE(プレミアムプラットフォーム・エレクトリック)を使うアウディ初のモデルである、新世代であることが注目点だ。


スペインでの試乗会にてQ6 e-tronとライティング技術担当のステファン・モーバー氏(写真:Audi)

Q6 e-tronの実車を体験したのは、スペインにおける試乗会だった。PPEによる効率のよいパッケージングが実現した余裕のある室内空間と正確なハンドリング、そして大型バッテリーと2基のモーターによるパワフルな走りが、強く印象に残っている。

加えて、小型化した「シングルフレームグリル」とその下の大きな開口部による大胆な造型のフロントマスク、躍動感のあるリアクォーターパネルなど、従来のアウディ製SUVから大きく変わったデザインも特徴的だ。

【写真】OLEDでアニメーション!Q6 e-tronのライトパターンを見る(30枚以上)

「このニューモデルとともに新たに登場した先進的なテクノロジーは、eモビリティの新たな扉を開く」と、アウディはプレスリリースに書いている。

アウディが「ハイパフォーマンスで未来志向の電子アーキテクチャー」とするシステムには、5台の高性能コンピュータ(HCP:ハイパフォーマンス・コンピューティング・プラットフォーム)という、新しいドメインコンピューター構造を採用。

「インフォテインメントや運転機能から、将来の部分的自動運転に至るまで、すべての車両機能を制御する」と、アウディは説明している。上級マーケットのBEVに使われるPPEの特徴は、多くの点において性能と技術を高め、さまざまな形で顧客満足度を高めるところにあるという。

今回のテーマであるライティング・テクノロジーも、そのひとつだ。


Q6 e-tronのテールライト、冒頭の写真とグラフィックが違うことに注目(筆者撮影)

そもそもアウディは、いわゆるデジタルライト技術に以前から取り組んできており、リアコンビネーションランプにOLED(有機EL)を組み込んだ最初のモデルは、2016年の「TT RS」だった。

その後、「A8」にダイナミックライト、「e-tronスポーツバック」に最初のデジタルマトリックスライト、「Q5」にデジタルOLEDテクノロジー、Q4 e-tronに4つのパターンを入れ込んだデイタイムランニングライトを投入。さらに、直近ではA8の前後ランプにデジタルライトを入れている。

ライトでコミュニケーションという概念

「今回は、第2世代になるデジタルOLEDリアライトを搭載し、ライティングデザインと機能性でもって、路上での安全性を新たなレベルへと引き上げました」

アウディAGでインフォテインメントとHMI(ヒューマンマシンインターフェース)の開発を担当するステファン・モーバー氏は、Q6 e-tronの試乗会場で語った。

「Q6 e-tronに採用したコミュニケーションライトという技術は、車両をドライブしていて、危険な状況や好ましくない交通状況が発生した場合、リアライトに警告シンボルを表示します」

「たとえば……」と、モーバー氏がデモンストレーションしてくれたのは、路上で緊急停車した場合。横一文字のバー状になったOLEDのケース内に、三角のマークが表れた。


テールライトの中に△の表示が出ているのがわかる(筆者撮影)

フロントには平行四辺形のセグメントが61個、リアは60個の三角形がケースの中に収まる(A8では8個だった)。これによって、複雑なパターンを構成することが可能になった。目的は「Car to Xコミュニケーション」とモーバー氏。

コミュニケーションライトは、次のような安全支援システムと連動するそう。

・エグジットワーニング
・エマージェンシーアシスト
・プリクラッシュリア
・ハザードウォーニングライト
・エマージェンシーコール
・ブレイクダウンコール
・エマージェンシーストップシグナル
・ローカルトラフィックワーニング

「2輪車が停車中の車両に近づいたときに、車内の乗員がドアを開けようとすると警告を出すのがアウディのエグジットワーニングで、このときリアのライトのパターンも変化して、点滅などのアニメーションを使いながら、2輪車に注意を喚起します」

モーバー氏によると、走行中に後続車が接近しすぎたときにも、リアランプのOLEDが動いて注意を呼びかけるという。


シチュエーションに応じたさまざまなアラートをライトのパターンが表す(資料:Audi)

このとき、「Fernbleiben(離れて)」といった直接のメッセージは出せないので、OLEDセグメントが作るアニメーションパターンで、そのことを気づかせる必要がある。なんだかおもしろいではないか。

ライトでメッセージを表現する背景

かつて2018年にメルセデス・ベンツが「デジタルライト」なるコンセプトを発表したことがある。路上にメッセージを投影するタイプのコミュニケーションライト技術だ。


メルセデス・ベンツが考案した路面に投影するコミュニケーションアラート(写真:Mercedes-Benz)

ユニークだったのは、道路をいわばスクリーンに使うライト投影のコンセプト。道路工事をしていて車線がない場合でも、ナビゲーション地図を使ってライトが仮想車線を投影したり、路面に凍結があると、雪の結晶のアイコンをドライバー前方の路面に投影して注意を喚起してくれたりといった具合。

中には、道路の横断を考えている歩行者を発見して停車したとき、歩行者のために横断歩道のゼブラを投影して「どうぞわたってください」と知らせるコンセプトもあった。私は当時、このコンセプトカーに同乗してこの技術を体験し、感心したことを覚えている。

ただし、道路上のサインは警察などの管轄になるため、「それと抵触するので、当初のコンセプトは大幅に縮小せざるをえなかった」と、後で知らされた。Q6 e-tronが車体のみをメッセージボードとして使うのは、そんなことが背景にあるからかもしれない。


テールライトだけでなくヘッドライトもさまざまなパターンに(資料:Audi)

Q6 e-tronでは、前述のようにフロントランプにもアニメーションパターンを持っており、一般的にはドライバーがクルマに接近したときのウェルカムや、クルマから離れていくときのグッバイのメッセージを光の動きで伝える。以前よりも、ずっと複雑な動きになっているのがおもしろい。

Android Automotive OSで変わるクルマ像

アウディが属するフォルクスワーゲングループでは、新型車に新しいOSを積極的に採用し、インフォテインメントシステムの大幅なアップデートを図っている最中だ。

Q6 e-tronでは、Android Automotive OS(AAOS)を導入して、車内でさまざまなアプリを使えるようになっていて、サードパーティが開発したゲームもダウンロードして楽しめる。それは新しい世代の「ゴルフ」しかり、ランボルギーニ「レヴエルト」しかりだ。


ゲームアプリは一例で、さまざまなサードパーティアプリを利用できる(写真:Audi)

「ChatGPTも導入し、さまざまな音声入力コマンドがよりフレキシブルになる」とは、先のモーバー氏の言。ナビゲーションの目的地入力もより簡単になるし、音楽再生時に「ビヨンセの人気曲をリストアップして」などのコマンドに対応してくれる。人間のオペレーターに頼らなくてもよくなるのも、コスト削減におけるメリットだ。

「アプリのローカライズは、たいへん重要な課題でした。それを可能にしてくれるOSやアプリが、クルマの価値と結びつく時代なのです」

クルマの電動化が進むのと並行して、目には見えにくい部分でコンテンツが新しくなっていく。アウディは、確実に未来へと歩を進めているようだ。

【写真】Q6 e-tronのOLED点灯パターンとメカニズム(30枚以上)

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)