どこまで下がる

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 日銀の利上げが引き金になったのだから、さしずめ「植田ショック」とでも称すべきか。37年前のブラックマンデーを超える株価大暴落。だが、ここで下げ止まりとはいえないから判断は難しい。買いの大チャンスなのか、逃げるべきか、投資の達人にご教示願おう。

【写真を見る】37年前、パニックに陥った東京証券取引所の様子

 X(旧ツイッター)で7万人近いフォロワーを持つ専業投資家の夕凪氏は、まだサラリーマンだった2008年にリーマンショックを体験している。その夕凪氏が、今月5日の大暴落を目の当たりにして言う。

「まさにリーマンショックの底を思い出しました。大型株であっても値崩れが続出し、下げ止まったかと思ってもまた下がる。あの時の恐怖がリアルによみがえってきたほどです」 

 何もできないまま、ただパソコンを見守るだけだったというが、実際、日経平均株価は4451円安。ストップ安銘柄は800超に及び、日経平均先物市場も一時取引停止。リーマンショックどころか1987年のブラックマンデーを超える過去最大の下落幅となった。

どこまで下がる

追証発生と損切りの阿鼻叫喚

 つい1カ月前までは、株価4万2000円を超えて史上最高値を謳歌していたのに、なぜ、こんなことが起きてしまったのか。

 メガバンク系の証券会社幹部が解説する。

「暴落の兆しは7月末から8月の頭に出そろっていたといえます。日銀が0.25%への追加利上げを決め、1ドル161円だった為替が、140円台後半まで急上昇。すると、円高による日本企業の業績悪化を嫌って、外国人投資家が株を処分し始めたのです」

 不安定になった日本市場は、1日で2000円を超えて下落するようになる。そこへ、日本時間8月2日夜、アメリカの雇用統計が発表される。景気の先行きを占う重要な指標の一つだ。結果は予想より悪く、それが週明けの日本市場に襲いかかった。高値で株をつかんでいた国内の投資家の多くは、信用買いでポジションを膨らませている。それを破裂させたのは「追証(おいしょう)」(追加証拠金)という毒針だ。

「信用取引でどれだけ損益が出ているのかを示す指標として“信用評価損益率”があります。これがマイナス20%を下回ると、追証を求められる水準となり、払えない投資家は損失覚悟の投げ売りに走る。5日の東京市場は午前中で2000円超の下落となってしまい、後場はそれによる追証発生と損切りの阿鼻叫喚が繰り返されたことになります」(同)

 売りが売りを呼ぶ大暴落は、こうして起きたのである。

生活が苦しくなるレベルでNISAにつっ込んだ人も

 気になるのは、少額投資非課税制度(NISA)を利用している投資家の動向だ。利用数は約2323万口座。流入金額は40兆円を超える。

 ファイナンシャルプランナーの深野康彦氏が言う。

「今年1月から、運用益に対する非課税期間が無期限になる新NISAが始まりましたが、1月から3月にかけて“バスに乗り遅れるな”とばかりに多くの人がNISA口座で株を買い始めた。その資金流入によって、今年初めに3万3000円台だった日経平均株価はたった2カ月で4万円台に達しました。中には“NISA貧乏”と呼ばれるように、生活が苦しくなるレベルでNISAにつっ込んだ人も少なくありません」

 この暴落の最大の敗者は、NISAを信用し脇目もふらずに金を投じてしまった個人投資家だと深野氏は指摘する。

 株の世界には「デッド・キャット・バウンス」ということわざがある。死んだ猫(駄目な株のこと)でも高いところから落とせば、少しは跳ね返るという意味だ。本稿執筆の時点で日経平均株価はやや盛り返し、3万4000円台。問題はここからである。

「最善の手は老後資金をすべての投資先から引き揚げること」

 経済アナリストの森永卓郎氏によると、

「私は2〜3年前から株が下がると主張してきました。世界的に見て、景気はとっくに低迷が始まっている。例えば、イギリスは(景気を刺激するために)利下げを決めているし、アメリカでも秋に大幅な利下げがあるとみられている。日本も株価を維持するためにゼロ金利に戻さなくてはいけなかった。ところが、やったことは、なんと逆の利上げ。それが高すぎた株価の急落を招いてしまい、バブル崩壊につながったということです」

 ゆえに、

「いまは逃げの一手です。株価はこれからどんどん下がっていく。最善の手は老後資金をすべての投資先から引き揚げること。NISAのような制度には指一本触れてはいけません」

 ちなみに、目下、がんで闘病中の森永氏は7月中に手持ちの株をすべて手放している。

「がん宣告をされて以降、自由診療のため毎月100万円以上のお金がかかることになった。それに背中を押される格好で7月12日に全株を処分しました。タイミングよく売れたのは偶然だったのです」

9月がポイント

 元大和総研主任研究員で「インフィニティ」チーフエコノミストの田代秀敏氏にも聞いてみた。

「これまで、外国の金融機関は超低利で日本円を大量に調達し、ドルや人民元に替えて資産運用してきました。これをキャリートレードと言います。しかし、7月の利上げによって、資金を日本円に戻す動きが起きている。これは円高に振れることを意味しており、株価にマイナスです。注目すべきは次のFOMC(米連邦公開市場委員会)が開かれる9月17、18日。ここで利下げが決まった場合、また株価が大きく動いてきます」

 冒頭で登場した夕凪氏はどう動くのか。

「4年前のコロナショックの時はコロナ禍が終われば株価が戻ることが分かっていました。しかし、今回の暴落で株価がどっちに動くのか分かりにくい。下げ止まるポイントも読めません。だから私は急がずに、下落がしっかり収まるのを確認してから買い出そうと思っています」

 目安にしているのはVIX(ボラティリティ指数。恐怖指数とも呼ぶ)という指標だ。

「最近、(投資家の間では)これを目安にするのが主流なんです。VIXが安定して40を下回っていると、株価が落ち着いている。そうなったら、電気やガスなどのインフラ企業、JTや携帯電話のソフトバンクといった配当の高い銘柄を買うのがいいかもしれません」(同)

 プロでさえ二の足を踏むのが大暴落の後。相変わらず「貯蓄から投資へ」と喧伝を続ける政府だが、鉄火場の恐怖までは教えてはくれない。

2024年8月8日号 掲載