2024年8月、宇宙大好きな女性たちが集まるコミュニティ「コスモ女子」が、人工衛星の打ち上げに挑戦する(写真:hiyopapa/PIXTA)

2021年に実業家の前澤友作氏が日本の民間人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)に滞在するなど、私たちの身近になりつつある「宇宙」。アメリカではSpaceXが毎週のようにロケットを打ち上げ、世界的にも盛り上がりを見せているが、それでもなかなかハードルが高いイメージが強いのが現実だ。

そんな宇宙についての「基本」や「耳寄り情報」をわかりやすく解説したのが、宇宙博士でタレントとしても活躍中の井筒智彦氏が上梓した『東大宇宙博士が教えるやわらか宇宙講座』だ。知りたい情報が会話形式で構成されているため、知識のない人や親子でも楽しめる

今回紹介する宇宙コミュニティ「コスモ女子」のメンバーも、宇宙が大好きな未経験の女性たちが集まり、スタートした。そしてついに今年の日本時間8月4日日本の女性コミュニティとして初の人工衛星の打ち上げに挑戦する(協力:NASA)。チャレンジを決めてから実に4年がかりの一大プロジェクトだ。

宇宙の専門知識はほぼゼロだったところから、やっと打ち上げに漕ぎつけた彼女たちの挑戦の裏側にはどのようなドラマがあったのか--。

コスモ女子を運営し、彼女たちの挑戦をスポンサーという立場で見守ってきた株式会社Kanatta代表取締役社長の井口恵氏が挑戦の裏側を語る。

「宇宙好き女子」8月4日、ついに衛星打ち上げへ


「コスモ女子」を立ち上げたのは2020年3月。女性のドローンパイロットのコミュニティである「ドローンジョプラス」が軌道に乗り、何か新しい挑戦をしたいと考えていた頃でした。

「ドローン業界と同じような男性主体の業界で新たに女性コミュニティを立ち上げることができれば、ジェンダー平等の実現により貢献できるのでは?」と考えていたときに、現在のコスモ女子の代表である、ゆかさんとの出会いがありました。

当時私自身は宇宙の知識はまったくなかったのですが、ゆかさんの宇宙に対する情熱に圧倒され、一緒に立ち上げを決めたのです。

「宇宙業界で働くのはハードルが高くて諦めてしまったけれど、大好きな宇宙に携わりたい--」。そんな女性が集まれる場をつくりたいという強い想いから、宇宙業界で活躍したい女性のコミュニティ「コスモ女子」をついに立ち上げることができました。

そして、発足から1カ月も経たないうちに第1回目の勉強会を開催。なんとか友人に声をかけて数十名の女性が集まり、良いスタートを切れたことを喜んでいた矢先に、コロナの緊急事態宣言が発表されたのです。

次々立ち上がる宇宙プロジェクト

突然ピンチに見舞われたものの、すぐに気持ちを切り替え、第2回目の勉強会からはオンラインで開催しました。すると全国各地から参加者が集まり、どんどんメンバーが増えていったのです。

コロナ禍で暗いニュースが多い中、コスモ女子はそれを跳ね除けるほどの熱量でイベントに参加していました。


著者の地元広島で「親子で楽しめる著者イベント」を、下記でそれぞれ実施します。
★8月11日(日)「紀伊國屋書店ゆめタウン廿日市店」(詳しくはこちら)
★8月12日(月)「ジュンク堂書店広島駅前店」(詳しくはこちら)
★8月18日(日)「啓文社 BOOKS PLUS 緑町」(詳しくはこちら)
★8月18日(日)「廣文館」(詳しくはこちら)

文系理系、職業、年齢層、住んでいる地域など、それぞれバックグラウンドは違うものの、「宇宙好き」という共通の価値観で繋がったコスモ女子は、自分たちで新しいプロジェクトを次々に発足していきました。

宇宙食について研究・開発する「宇宙食部」や宇宙業界で活躍する女性を紹介するメディア「宇宙のお仕事図鑑」など、その部活動やプロジェクトは、すべてメンバーのアイデアから誕生したものです。

様々なアイデアが飛び交う中で、メンバーから持ちかけられたのが人工衛星の打ち上げでした。

「人工衛星ってどうやって打ち上げるの? いくらかかるの?」

たくさんの疑問が頭に浮かびましたが、返ってくるのは「とにかく挑戦したい」という言葉でした。自分たちのように専門知識がない女性が人工衛星を打ち上げることで、年齢性別関係なく挑戦することの面白さを伝えたい。宇宙の魅力をより多くの人に知ってもらいたい--。そんな彼女たちの想いに感化され、「人工衛星打ち上げプロジェクト」がスタートしました。


「コスモ女子」メンバーによるミニチュア人工衛星の模型づくりの様子(写真:筆者提供)

プロジェクトはスタートしたものの、何から始めていいかわからず、まずは協力者を募るために毎日宇宙業界の方々にアポを依頼しました。

もともと近しいドローン業界で活動していたこともあり、ご協力いただけるエンジニアの方などをすぐにご紹介いただけたことは、本当に有り難かったです。


エンジニアの方のレクチャーを受けながらの作業(写真:著者提供)

コスモ女子「アマチュア無線クラブ」の誕生

アドバイスをくださる技術者の方々も揃い、まずはキックオフミーティングを開催しました。ここからは私はあくまでも応援する立場として関わっていたので、進行はコスモ女子に任せ、直接ミーティングに参加することはありませんでした。

しかし、最初のミーティングから、あんなにやる気満々だったコスモ女子の中で、何やら困惑したムードが漂っていました。

理由を聞いたところ、「まずはミッションを決めないといけないみたいです」という返答。私も知らなかったのですが、どうやら人工衛星を打ち上げるにはミッション(目的)が必要で、それなしでは具体的な機能などの話が進まないというのです。

人工衛星は小さいコンピューターみたいなもので、それをロケットに搭載して打ち上げる、くらいの理解だった私にとっても、ミッションという言葉は初耳でした。そもそもどんな機能を搭載できるのかわからない中で目的を決めることは、最初のハードルとして高かったように思います。

今思えば、そんなことも知らずによく打ち上げようと思ったな、と自分たちでも驚くことだらけなのですが、ミッション決めから始まり、人工衛星と通信するための周波数の申請、衛星の安全審査、地上局の設置など、人工衛星を打ち上げるには様々な手続きが必要でした。

どんどん増えていく手続きに圧倒されながらも、真夜中までミーティングに付き合ってくださる専門家の皆様のお陰で、人工衛星の準備は少しずつ前進しました。そして活動規模もコスモ女子の一プロジェクトでは収まらなくなり、「コスモ女子アマチュア無線クラブ」という組織を発足。人工衛星の打ち上げに特化したチームが誕生しました。


実際の人工衛星引き渡し証明書(写真:筆者提供)

人工衛星のプロジェクトを進める中で、数え切れないくらいの困難があったのですが、なかでも一番苦労したのが周波数申請と地上局の調整でした。


申請も完了し、いよいよ引き渡しへ(写真:筆者提供)

知識ゼロから手探りで困難なスタート

まず周波数申請は、軌道上を周回する人工衛星と通信するために自分たちの人工衛星固有の周波数を割り当ててもらうために必要な手続きです。そのために総務省などの関係省庁や国際機関に申請をするのですが、専門書を読み解きながら試行錯誤をして作った書類に対して、審査機関から大量の質問が飛んでくる毎日でした。

コロナ禍で必要な部品が調達できず、人工衛星自体の製造が遅れていたこともあり、周波数申請だけで数年かかってしまいました。そんな中、頑張っているメンバーが会社の仕事との両立ができなくなり途中離脱したり、主婦の方が旦那さんの反対から活動を辞めてしまったり、仲間が離れていくという辛い経験もしました。

また、地上局は、自分たちの人工衛星にデータを送信する際に必要になる施設のことを指します。受信機だけ準備し、アンテナは誰かに貸してもらえるだろうと安易に考えていたところから、借りることができないという事実に直面し、まずはアンテナの設置場所の確保というハードルにぶち当たりました。

幸い都内でアンテナを設置することができたのですが、設置してからも実際に人工衛星と通信できるようになるまでには数カ月かかるなど、こちらも根気がいる作業ばかりでした。

初めて宇宙にある人工衛星との通信に成功し、モールス信号を受信したときには、感動してみんなで大喜びしたことを覚えています。人生でモールス信号を聞いてこんなに感動する日が来るとは思わなかったので、とてもいい思い出です。

大変な時期が数年続きましたが、地上局が完成してからはみんなで集まって作業をする場所ができたので、少しやりやすくなりました。時には一緒に徹夜しながら、やっとすべての手続きが終わったのが2024年3月でした。申請の佳境の時期には、プロジェクトリーダーの塔本愛さんは地上局に住んでいるのでは?と思うくらい連日深夜まで作業していたのを覚えています。

2024年3月にすべての申請が終わり、人工衛星の安全審査も終了し、4月には晴れてJAXAへの人工衛星の引き渡しが完了しました。

引き渡し日のコスモ女子アマチュア無線クラブのみんなの晴れやかな表情は、それまで苦労した分の達成感、そしてやっと打ち上げが現実的になってきたという安心感で溢れていました。


引き渡し完了!ついに打ち上げへ!(写真:筆者提供)

未経験でも挑戦する!皆の想いを宇宙へ

振り返ればいろいろなことがありましたが、いよいよ2024年8月にコスモ女子アマチュア無線クラブの人工衛星打ち上げを予定しています。打ち上げをきっかけに、もともと専門知識がなかった未経験の女性の4年間にわたる挑戦について、より多くの方々に知っていただけることがとても楽しみです。

私自身、ジェンダー平等の実現に貢献し、女性の活躍の場を増やしたいというビジョンを掲げて起業し、もうすぐ8年になります。起業当初、自分自身が宇宙に携わるとはまったく思っていなかったので、人生何があるかわからないなと感じていますし、コスモ女子のみなさんの挑戦に勇気づけられてここまで一緒にこられたことに感謝しています。

なお、最初に苦戦していた人工衛星のミッションですが、「宇宙絵馬」をテーマに、コスモ女子はもちろん、今まで応援してくださった皆様の想いを宇宙に届けることを目的としています。具体的には、いただいたメッセージをデータにして人工衛星に搭載した上で宇宙に打ち上げます。ミッションにちなんで、人工衛星の愛称は「Emma(エマ)」ちゃんです。


出来上がった人工衛星。愛称は「Emma(エマ)」ちゃん(写真:筆者提供)

年齢性別関係なく挑戦することの面白さを伝えたい。未経験から宇宙に携わり、将来的には仕事に繋げられるようなチャンスがあることをより多くの人に知ってもらいたい--そんなコスモ女子の想いと努力が詰まった人工衛星です。Emmaちゃんの打ち上げを機に、たくさんの方が宇宙の可能性を感じてくだされば幸いです。

次回はEmmaちゃんの出発を見届ける、アメリカ打ち上げツアーの様子をレポートさせていただきます! 引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。

(井口 恵 : Kanatta代表取締役社長)