日本が「金利ある世界」に戻り、損する人と得する人
金融政策決定会合後に記者会見する日銀の植田和男総裁(写真:ロイター/アフロ)
日銀は7月31日の金融政策決定会合で、政策金利の引き上げを決めました。無担保コール翌日物金利の誘導目標を0〜0.1%程度から0.25%程度へ、15年7カ月ぶりの水準とします。日本が「金利ある世界」に本格回帰する中、どういう人が得をするか、損をするかを考えてみましょう。
預金と住宅ローンに与える影響
世の中のさまざまな金利の中で、国民にとって最も関心が高いのが、預金金利と住宅ローン金利でしょう。今後この2つの金利が上昇し、国民生活に大きな影響を与えます。
まず預金金利について。今回の利上げを受けて、早速、主要銀行が預金金利の引き上げを発表しました。今後の動向は不透明ですが、植田和男日銀総裁は利上げの継続を示唆しており、さらに上昇する可能性が高いでしょう。
7月31日現在、みずほ銀行の場合、普通預金0.020%、3年定期預金で0.150%という歴史的な超低水準です。1990年代前半まで1年定期預金が概ね4%以上あった(たとえば1990年12月末6.08%)ことを考えると、今後1〜2%上昇しても不思議ではありません。
金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査2023年」によると、二人以上世帯の平均貯蓄額は1307万円、60代に限ると2026万円です。
仮に、預金など金融資産の金利が1%上昇したら、全世帯で13万円、60代で20万円の利息収入増になります。2%上昇したら全世帯で26万円、60代で40万円の収入増です。広く国民に好影響が及びますが、とりわけ金融資産残高が多い高齢者に有利に働きます。
住宅ローン金利はどうでしょうか。現在、みずほ銀行の場合、変動金利で0.375〜0.875%、固定金利の場合0.95〜2.60%という超低水準です。
前出の調査によると、世帯主の年齢別でローン残高が最も多いのが、30代の1736万円。ローン金利が1%上昇したら17万円、2%上昇したら34万円の利息負担増になります。住宅ローンの残高は30代に次いで40代が1480万円と多く、現役世代にとって大きな負担です。
つまり、大まかに言うと、「金利ある世界」は、高齢者に有利に、現役世代に不利に働くのです。
変動金利で借りている人はどうするべき?
ところで、住宅ローンを変動金利で借りている人は、本格的に金利が上昇する前に固定金利に借り換えるべきでしょうか。
多くの金融機関では、変動金利に「5年ルール」を定めています。これは、金利が上昇しても5年間は毎月の返済額が変わらないというルールです。さらに、5年経過後の6年目からの毎月の返済額は、それまでの返済額の125%の金額までしか上げることができないという「125%ルール」があります。
つまり、どんなに金利が上がっても、向こう5年間は毎月の返済額が変わりませんし、その後の返済額の増加は限定されます。この「5年ルール」「125%ルール」をもって、「慌てて固定金利に借り換える必要はない」とアドバイスする専門家が多いようです。
しかし、勘違いしてはいけないのは、「5年ルール」「125%ルール」はあくまで激変緩和措置であって、総返済額を減らす仕組みではないことです。ローンは返済期限までに完済する義務があり、金利上昇によって生じた未返済分は、ローン契約の終盤に返済を求められます。
当面は返済負担が小さくとも、給料が減り始めた50代・60代になって大きな金額の返済を求められると、返済不能に陥るリスクがあります。
変動金利を選択する人は、固定金利よりも低い金利で返済額を減らしたいと考えているでしょう。しかし、人生の終盤に返済不能で自己破産するリスクを考えると、資金的に余裕がない人ほど固定金利への切り替えを検討するべきです(余裕があったらその必要はありません)。
「保守的だ」と批判を受けるかもしれませんが、住宅ローンに人生を賭けるというのはまったく馬鹿げているというのが、筆者の考えです。
金融資産・住宅ローンがなければ影響はない?
では、金融資産も住宅ローンもない(もしくは少ない)という人は、今回の金利上昇は「関係ない」のでしょうか。そうとは言えません。勤務する業種・企業によって借入金が多い・少ないがあり、影響は大きく異なります。
借入金が多い業種、たとえば、電気・不動産・鉄道などにとっては、金利上昇によって支払利息が増え、減益要因になります。また、一般に金利が上昇すると為替が円高に振れるので、インバウンドや輸出が多い製造業にとっても減益要因になります。減益になると、賃金の引き下げ圧力が働きます。
足元で急変動しているドル/円相場(「会社四季報オンライン」のチャートより)
とくに影響が大きいのが不動産業です。支払利息の負担増だけでなく、ローン金利上昇で国民の住宅購入意欲がしぼむと、大打撃です。不動産業は異次元の金融緩和でこの10年間、空前の活況を呈していましたが、今回の利上げが一つの転換点になるかもしれません。
一方、金融業にとって、金利上昇で利ザヤが改善することは増益要因になります。また、輸入が多い業種、たとえば小売り・エネルギーなども、円高が進めば購買力が増すので、金利上昇は増益要因となり、賃金が上昇しやすくなります。
もちろん以上は一般論で、個々の企業ごとに影響は大きく異なります。是非この機会に勤務先の負債比率(=負債÷純資産)を確認しておくことをお勧めします。いずれにせよ、大半の国民に金利上昇は大きな影響があるのです。
このように、人によってプラスの影響とマイナスの影響がある中、日本経済全体への影響はどう見ればいいのでしょうか。
日銀の植田総裁は金融政策決定会合後の記者会見で、政策金利の引き上げによる景気への影響について、「一部の(住宅ローンなどの)貸出金利が上昇する影響で、その部分だけをみればマイナスに影響する可能性はある。(しかし)大きなマイナス影響を与えるものではない」との見解を示しました。
日銀は2%の物価上昇目標を掲げており、生鮮食品を除く消費者物価上昇率は2年以上にわたって前年比2%を超えています。今春の賃上げや定額減税の効果により、利上げをしても個人消費は大きく崩れないと判断したものとみられます。
一方、賃上げや定額減税の効果に持続性はなく、個人消費の低迷が長期化するという懸念があります。1人当たりの実質賃金は26カ月連続のマイナスとなっていることから、金融政策決定会合では利上げに慎重な政策委員もいたようです。
つまり、今回の利上げを吸収して景気拡大が続くのか、景気が腰折れしてしまうのかは、政府・日銀の今後の舵取りによって決まってくるでしょう。
金利安・円安で日本が衰退する
ところで、個人的に残念に思うのは、政府・日銀や市場関係者の議論が、短期的な景気への影響に偏っていることです。それよりも大切なのは、長期的にどういう社会を作っていくかでしょう。
日本以外の国が2020年のコロナ禍から立ち直り、金融緩和政策から出口戦略を進めた一方、日本は現在に至るまで異次元の金融緩和を続けた結果、円安が進み、今年7月上旬には一時1ドル160円を突破しました。
円安の最大の問題点は、人材の枯渇です。円安で日本から海外への人材流出が増え、海外から日本への人材流入が減り、国内が空洞化してしまいます。
たとえば介護の世界では、日本人の介護士が高賃金を求めてオーストラリアなどに出稼ぎするようになっています。一方、以前は日本に来てくれたインドネシア人など海外の介護士は、低賃金の日本を避けるようになっています。
選ばれなくなった日本
韓国は、世界史上まれに見る少子化で国家消滅の危機にあるとされますが、2023年の総人口は5177万人で、前年より0.2%増えました。韓国人は少子化の影響で前年より0.2%減った一方、韓国に居住する外国人は前年より10.4%も増えたためです。
韓国では、少子化による人手不足が深刻で、外国人労働者なしには生産活動が成り立たない状態です。韓国は、政府管理のもとで非熟練の外国人労働者を受け入れる「雇用許可制」を導入し、外国人労働者を誘致しています。
韓国だけではありません。いま先進国の多くが人口減少による人手不足を解消するために、移民受け入れに取り組んでいます。日本は、円安による低賃金と言葉の壁で、移民から敬遠されるようになっています。
今回の利上げを、自分の生活を見直し、国家のあり方を考えるきっかけにしたいものです。
(日沖 健 : 経営コンサルタント)