みきゃんも推進する「ひと味違う」地域の交通
松山市内を走る伊予鉄道のLRT車両(筆者撮影)
愛媛県松山市の市街中心部にある、愛媛県庁。その本館2階、県民総合相談プラザに「みきゃんセンター」がある。
「みきゃん」は、愛媛県の「愛顔(えがお)PR特命副知事」を務める、県公式イメージアップキャラクターだ。
相棒の「ダークみきゃん」のほか、「こみきゃん」や「こダークみきゃん」とともに、みきゃんファミリーを形成しており、愛媛県が進めるさまざまな政策をサポートしている。
「みきゃん」に関連する展示が豊富な「みきゃんセンター」(筆者撮影)
政策のひとつに、6月に始まったばかりの愛媛県地域公共交通計画(2024年6月〜2029年3月)がある。
愛媛県に限らず、近年は全国各地で、少子高齢化、シャッター商店街、高齢者の運転免許返納の高止まり、インバウンド対策、コロナ禍を経た新たなライフスタイルなどを受け、地域社会における交通のあり方が見直され、自動運転やAIオンデマンドバス、空飛ぶクルマ・ドローン、ライドシェアなどの計画や実証実験が、行われている。
国全体で見れば、国土交通省が、みんなでつくる持続可能な公共交通として「地域公共交通のリ・デザイン」を推奨している。これは「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が一部改正されたことを受けた動きだ。
法的には、各種の規制緩和などにより、地域公共交通に対して自治体、事業者、そして地域住民が三位一体となって共創する「地域公共交通を再構築するための基盤」が、ある程度整った段階といえよう。
愛媛県の「地に足のついた政策」
中でも注目されるのは、地域公共交通の現場である基礎自治体(市区町村)のよる取り組みだ。
都道府県も各種の見直しを打ち出しているのだが、基礎自治体と比べると、政策に対する手触り感が薄い。基礎自治体にとって都道府県は、“少し遠い存在”ともいえる。
そうした中、愛媛県の試みは「県側の心がこもった、最新の社会実態をしっかり把握した地に足のついた政策」という印象がある。
それは県が作る資料を見ても明らかで、さまざまな観点で行われたアンケート調査の内容が充実しているだけでなく、「みきゃん」効果も相まって多くの世代にとってわかりやすい。
今回、四国各地をレンタカーで巡りながら、地域公共交通の解決策のあるべき姿について考えてみた。
愛媛県では、県の企画振興部 政策企画局 地域政策課 交通政策室と意見交換を行い、県の地域公共交通に向けた思いを聞いた。
今回の四国取材では、各所をレンタカーで移動した(同乗者撮影)
県内を3つ地域に分けて情報交換
四国各地を巡ると、山間部が多いことを改めて感じた。海に面した平野部では、香川県は高松市、徳島県は徳島市、高知県は高知市と、それぞれ人口が多い都市が限定されている。
愛媛県は、県庁所在地である松山市にくわえ、産業地域である今治市、新居浜市なども人口が比較的多い。その反面、宇和島市など県の南部では、人口減少が進んでいる。
愛媛県庁(本館)の外観(筆者撮影)
愛媛県では現在、県内を東部の5市町「東予(とうよ)」、中央部の6市町「中予(ちゅうよ)」、そして南部の9市町を「南予(なんよ)」の3地域に分けて各種政策を進めており、それぞれ西条市、松山市、宇和島市にある県の部局が中心となって、各市町と定常的な情報交換を行う体制を敷く。
さらに、県が主催する「地域公共交通網再編協議会(親会議)」も実施して、県内の状況を基礎自治体全体が把握できる仕組みとしている。
直近では、南予でのJR予土(よど)線を中心とした宇和島バスとのモーダルミックスについて、沿線の基礎自治体と改善策を検討中だ。県の事業として成功事例を作り、そのほかの地域の地域公共交通リ・デザインに応用する考えだ。
こうした、県と基礎自治体との政策実施に向けた距離感の近さは、現在4期目の中村時広知事と、各首長との信頼関係が深いことも関係しているようだ。中村知事は当選前に、松山市長を3期務めている。
愛媛県 企画振興部 政策企画局 地域政策課 交通政策室の皆さん。後列中央が同室長の中川茂久氏(写真:愛媛県)
中村知事県政はこれまで、直近の「愛媛県総合計画〜未来につなぐ えひめチャレンジプラン〜(2023〜2026年度)」のほか、それに至る過程での「愛媛の未来づくりプラン〜アクションプログラム編(2011年度〜)」の改変などを行ってきた。
さらに、2018年度には「愛媛県地域公共交通網形成計画」がいち早く策定されているが、その背景には、「愛媛県地域公共交通活性化指針(2012年4月策定、2020年3月改定)」「第六次愛媛県長期計画(2011年〜2022年)」がある。
ネッツトヨタ瀬戸内がオンデマンド交通を
愛媛県の直近の取り組みを見ていると、こうした持続的なチャレンジを行ってきたことが結実し、「本当にいま行うべきこと」が各地域の住民、基礎自治体、交通事業者にとってわかりやすく具体化されていると思う。
地方によくあるような風景だが、バス停には「自動運転バス」と書かれている(筆者撮影)
また、そうした県の施策と直接的な関係がないところでも、各地域が主導する新たな交通サービスが立ち上がっている。
一例として、カーディーラーの「ネッツトヨタ瀬戸内」が松山市で行っているオンデマンド交通について、少し触れておく。
基本システムは、トヨタグループ企業のアイシンが開発した「チョイソコ」。現在、久枝地区、石井地区(東部)、そして小野・久米地区で運行中だ。
ネッツトヨタ瀬戸内がオペレーションセンターとなり、NPO法人「まるっとおのくめ」の旅行発注を受ける、または利用者から予約を受け付け、タクシー会社に運行依頼と予約伝達を行う仕組みだ。
運営費は、NPO法人「まるっとおのくめ」の事務局が、個々人の利用料金(月定額3500円)や地元の協力事業者から会費を集める形で、行政からの支援はない。
この仕組みは、地域に根ざすネッツトヨタ瀬戸内が、日常業務の中で「お出かけが難しい」という地域住民の実情を肌で感じ、その解決策を住民と考えたことがきっかけで作られた。
同社としては、チョイソコはあくまでも手段のひとつであり、これからも意図(目的)をつねに明確にしながら効果を測り、さまざまな可能性を模索していくという。
ネッツトヨタ瀬戸内本社にて、同社モビリティ事業部・部長の大石一浩氏にお話を聞いた(筆者撮影)
カーディーラーは、広義においては交通関連事業者であり、こうした地域社会の交通に直接対応する事例は全国各地に存在する。ただし、一定の事業性を担保して持続的な活動となると、成功事例は少ない。
地域公共交通のリ・デザインに積極的な愛媛の地で、こうした試みが今後どのように発展していくのか。その進捗を注視していきたい。
Smart Codeが使える「みきゃんアプリ」
最後に、交通関連のデータから、愛媛県の地域公共交通を見てみたい。
いわゆるMaaS(マース:モビリティ・アズ・ア・サービス)については、伊予鉄グループと連携して2023年2月15日にサービスを開始した「みきゃんアプリ」が好評だ。県は、初期投資分などを支援している。
「みきゃんアプリ」を開発した、同グループ企業のデジタルテクノロジー四国によれば、ダウンロード数は6万2000人、交通利用は約14万回、加盟店舗は県内で1万店舗以上にもなるという。県内での決算、移動、情報をシームレスにつなぐシステムである。
道後温泉付近を走る伊予鉄道の車両とバス(筆者撮影)
また、2024年4月24日からは、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート、TSUTAYA、コメダ珈琲店、サンドラッグなど、Smart Code加盟店でも決済が可能となった。Smart Codeは、さまざまなQRコード/バーコード決済サービスを一元化するスキームで、全国100万カ所以上で対応しているもの。
県内の交通は、鉄道、バス、フェリーなどで対応。コミュニティバスの導入事例では、南予地域の愛南町がある。
交通事業者のランニング費用は、ユーザーが支払った金額の決算手数料(2.0%程度)だ。そのほか、自治体向けにデジタル地域振興券の発券もできる。
今後については「みきゃんアプリ」プラットフォームを活用して、香川県、徳島県、高知県それぞれでアプリを立ち上げ、「四国エリア全体での交流人口の増加と地域の活性化を目指す」とのことだ。
「みきゃんアプリ」を通じて得られた移動や消費に関する各種データが解析されることで、交通政策の立案や検証の一助になると期待される。
「みきゃんアプリ」の広告が目立つ路面電車(筆者撮影)
課題も多いが期待は大きい
県としては、世界各地で活用されている公共交通に関するオープンスタンダードである、ゼネラル・トランジット・フィード・スペシフィケーション(GTFS)の活用も検討しているという。
GTFSによって、例えばダイヤ改正やコミュニティバスのルート変更などによる効果をシミュレーションできるため、大きなサポートになることが期待される。
一方で、県内の市町では、職員ひとりあたりの業務量や業務の幅に違いがあり、GTFSや自動運転・ライドシェアなどの新しい試みに対応する、人的・時間的な余裕がない場合もある。そのため、県としては各市町の職務の実情を踏まえたうえで、地域公共交通に関する情報提供を丁寧に行っていくという。
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結果的に、市町、東予・中予・南予の3地区、愛媛県全域、そして四国エリア全体での地域公共交通のリ・デザインが進むことにつながるのだろう。とはいえ、根っこでは大きな課題がある。
地域公共交通を、社会福祉の観点でセーフティネットとして捉えるのか。また、県および市町での地域公共交通に対する財政負担の増加に、どう対処していくのか。愛媛県の地域公共交通に対する多様なチャレンジが、全国47都道府県の中でよきベンチマークとなることを期待したい。
(桃田 健史 : ジャーナリスト)