chatGPTは人々の働き方を変えつつあります(撮影:今井康一)

世の中に大きな衝撃を与えたChatGPTの登場から1年半、2024年の5月13日に最新モデル「GPT-4o」が発表されました。これが驚異的な進化を遂げているのです。最新版では、テキストだけでなく画像・音声・動画データの入力・解析が可能になりました。

o(オムニ)とは「すべての」を意味し、目に見える情報、聞こえる情報すべてを処理することからこのように名づけられています。このGPT-4oの登場で、世の中にさらなる変化が起きることは間違いないものと思われます。

写真1枚でコンビニの価格戦略も考えてくれる

具体的にどのようなことが可能になったのか、まず著者の活用例を1つ挙げてお話ししましょう。

著者が戦略コンサルティングを務める小売りの現場では、店舗に商品を並べる際の価格戦略が非常に重要になっています。どの場所にいくらの商品を並べてどう見せるかといった判断が売り場のイメージを形成し、顧客の消費行動、ひいては店舗全体の売上に大きく影響を及ぼしているのです。

少し専門用語を使って説明しますと、

一番の売れ筋であり大量に陳列している商品(プライスポイント)並べている商品の下限から上限までの価格幅(プライスレンジ)商品の価格の種類がいくつあるのか(プライスライン)

この3つを適切なバランスで組み合わせて商品構成を決めることで、店舗のイメージやブランドを強化し、顧客の購買行動につなげています。

だからこそ、小売り現場の価格戦略は長年かけて培った知見や分析力が必要とされており、経験豊富な店長クラスの人材が担う部分でした。

しかし、GPT-4oを活用することで、売り場の分析も過去の豊富なデータを活用して最適解を導き出してくれるようになったのです。

実例写真を紹介


(写真:筆者撮影)

例えば、上記の画像はとある小売店の棚の一部を撮影したものです。これをGPT-4oに読み込ませて「価格戦略についての分析をしてください」と指示をすると、この画像1枚から、この売り場のプライスポイント、プライスレンジ、プライスラインを的確に捉えて教えてくれます。

さらに、目立つ位置に今イチオシの商品が並んでいるかどうか、顧客が選びやすいように陳列がなされているか、顧客が手に取り購買行動につながるようになっているか、棚に並ぶ商品の金額設定から顧客がどんなイメージを抱くか、こういった分析までしてくれるのです。

GPT-4oの実際の回答


(画像:筆者提供)

現状の売り場を人間が細かく観察してメモを取らなくても、写真を撮影しておけば戦略を練る上で必要なデータが整理された状態で得られます。扱うデータを視覚化する能力も高く、グラフや図表などの資料を作成してもらうことも可能です。

さらに、分析だけでなく「どうしたら売り上げを伸ばせるのか」といった問いにも、質問すればさらに具体的に答えてくれます。その際、もし分析するための情報が不足していたとしても「この角度から写真を撮ってください」「こういう情報が必要です」と的確に指示を出してくれます。

もちろん、事前に著者が過去に取り組んできたコンサルティング事例や資料のPDFファイルなどを読み込ませてAIに学習させていますが、それでも写真1枚からこれだけ高精度な分析が可能になったのは衝撃的です。もともと視覚でいろんなものを判断する小売りの世界においては、今後益々の活躍が期待できるでしょう。

これが現在進行形での著者のGPT-4oの使い方です。2022年11月に登場したChatGPTはアシスタントのように活用していましたが、GPT-4oは自分自身、もしくはそれ以上のことをしてくれる存在になってきています。この驚異的なテクノロジーの力を、わずか月額20ドルで誰でも利用できるようになりました。

目で見え、耳で聞こえるすべての情報が分析対象に

GPT-4oの最大の特徴は、その高いマルチメディア処理能力にあります。文章や映像、音声といったすべての情報をスピーディーに解析、処理して高精度なアウトプットをしてくれます。

世の中にあるデータは、主に構造化データと非構造化データの2つに分けられます。構造化データは、定量的な分析をするのに使われてきた数字化が可能な整理されたデータのことです。

それに対して非構造化データは、文章や画像、音声などデータベースで管理しにくい形式の、数値化できないデータのことです。

しかし、GPT-4oの世界では、画像や音声、動画からの情報分析もかなりの精度で可能になったため、非構造化データがすべて構造化データに近い形で抽出できるようになりました。


小売業界では、多くの店舗でストアアナリティクス(リアル店舗分析)と呼ばれる、実店舗の顧客行動を可視化して分析するサービスが導入されています。分析対象となるのは、今まではクレジットカードやメンバーズカード、ポイントカード、POSなどから得ていた構造化データが主でした。

しかし、非構造化データであるカメラ映像や光センサー、Wi-Fi、ビーコンなどのデータまでもが、構造化データのように活用できるようになったため、今後さらなる精度でのストアアナリティクスが可能になるでしょう。

例えば、カメラデータからは顧客の来店時間や滞在時間、動線、商品との接触時間といった行動データが取得でき、顧客の年齢や性別、服装から属性を推定することも可能です。

また顧客が商品に触れたり、特定の場所を歩いたりしたことを察知する光センサーからは、顧客の動きをデータ化して取得でき、その情報から店舗のどの場所が混雑しているのか分析したり、顧客が快適に過ごせる空間づくりに役立てたりすることが可能になります。

最後の砦である芸術分野にも生成AIが浸透

生成AI登場による本質的な変化は、人の知見や見識といったものを民主化したことにあると言えるでしょう。今までは、自分が学んだり、情報を集めて分析したり、実際に経験したりした結果として知見は得られるものでした。しかし生成AIはそういった知見に、誰でもアクセス可能にしてくれたわけです。

中でも驚くべきなのは、芸術の分野でも民主化が起きたことです。AIが世の中に浸透していく中で音楽や絵画など、感性が必要とされる芸術分野は最後まで人間に残された仕事だと思われていました。

しかし、画像や動画、音声と目に見えるもの、耳で聞こえるものすべてが構造化データとして分析・活用できるようになったことで、AIでは不可能だと思われていた芸術分野にも応用が可能になったのです。

具体的には、作曲アプリの登場で誰でも簡単に作曲ができるようになりましたし、生成AIを使ったアート作品も生まれています。

膨大なデータをもとにして、文章や画像、音楽、映像などのアウトプットを創り出しているという意味において、すでに生成AIは「クリエイティブな仕事をしている」と言えるわけです。

そうなると、これからの時代に芸術家に求められるのは、自らをさらにアップデートし、作品を先鋭化させることになるのではないでしょうか。誰にでもできる(民主化した)からこそ、高い創造力やよりエッジの利いた作風が強みになってきます。

また、AIを自らのスキルを高めるために活用することもできるはずです。例えば、1つの好事例は将棋の藤井聡太さんです。伸び悩んでいた時期にAIでの研究を始めたことで、自身の形勢判断を振り返ったり新たな気づきを得たりと大きな力になったといろんなインタビューで話されています。

芸術や将棋に限らずすべての領域のプロに求められるのは、AIを活かしてより高みを目指す姿勢になるのかもしれません。

AIで退化する人、進化する人 

AIへの向き合い方で人間の能力が向上するのか、それとも退化するのか、大きな根源的分岐点を迎えています。

キャリアの世界ではクライマーズ(山登り型)、ドリフターズ(川下り型)という2つのタイプがあります。クライマーズは目標を設定してそこに向けて一歩一歩進んでいくタイプ。それに対し、ドリフターズは自然の流れに身を任せて進むタイプです。これはAIに対する姿勢にも当てはめられます。

1つ例を挙げて説明しましょう。オープンAIが出資している英会話アプリ「スピーク」があります。利用者の英語力に合わせたレッスンを、外国人女性の姿をしたAI講師が行ってくれるものです。

今の時代、自分の英会話力を磨かなくても翻訳アプリやソフトを使えば外国人と時間差なく意思疎通をすることが可能になってきました。しかし一方で「スピーク」のような、自分の英語力を効率的に高められるAIツールも登場しています。

AIによって人間の仕事が淘汰されると言われる中、AIを人間の能力をより引き上げるツールとしても活用できるのです。

もちろん一部の仕事はAIによって完全に代替されるかもしれませんが、ほとんどすべての仕事や分野において、AIを活用して自分の能力を高めていくAIクライマーズ的なプロは生き残り、AIドリフターズになってしまうといずれは淘汰されてしまう、これが現実的なシナリオではないでしょうか。

AI を使いこなすのか、AI に使われるのか。例えば、同時通訳アプリに身を委ねて英語力を退化させるのか、AI講師アプリと会話して英語力を進化させるのか。全てのスキルにおいて、人が進化するのか、しないのか。いま大きな分岐点を迎えているのではないかと思います。

GPT-4oは現時点では、過去のことや前例、データがあるものについては人間よりも優れた答えを導き出す能力があります。だからこそ、AI時代において人間に残されたのは未来を創ること、前例のないことに取り組むことです。

そこで重要なのは、自ら問題を発見したり論点を設定したりする能力、クリティカルシンキング(批判的思考法)と言われるものです。それさえもAIが代替できるようになってきつつありますが、それでも人間は思考し続け、取り組み続けるべきでしょう。

AI時代において実は問われているのは、物事への向き合い方やマインドセットといった人間の本質的なところなのかもしれません。

(構成:横田 ちえ)

(田中 道昭 : 立教大学ビジネススクール教授)