『深夜食堂』や『きのう何食べた?』など梅本さんが再現したマンガ飯の数々(写真:梅本さん提供を編集部で加工)

仕事が終わって帰宅したら疲れて何もできない──。そんな人がいる一方で、時間、体力、お金をやりくりしながら趣味に没頭するビジネスパーソンがいる。彼らはなぜ、その趣味にハマったのか。どんなに忙しくても、趣味を続けられる秘訣とは。連載 隣の勤め人の「すごい趣味」では、仕事のかたわら、趣味をとことん楽しむ人に話を聞き、その趣味の魅力を深掘りする。

15年以上もマンガ飯を再現し続ける

「甘辛手羽先」「なすの山椒揚げ」「具だくさんのアツアツつけ汁の“つけめん”」「鳥カツのばんごはん」「厚切りベーコンと半じゅく卵のポテトサラダ」──。これらはすべて、漫画に登場する料理を再現した「マンガ飯」だ。

再現したのは、会社員の梅本ゆうこさん。2008年にマンガ飯の再現を始め、完成した料理の写真やレシピ、調理手順、食べた感想を、ブログ「マンガ食堂」やYouTubeで発信。これまでに作ったマンガ飯は600食を超えた。


『違国日記』の鳥カツ(写真:梅本さん提供)

普段はウェブ業界の編集者として、朝から夕方までフルタイムで働いている。「最近は仕事が忙しいので作っても週に1、2回」と語る彼女だが、ブログの更新は15年以上続いている。その情熱の原動力はどこにあるのだろうか。

【写真17枚】600食以上のマンガ飯を再現!『ダンジョン飯』『きのう何食べた?』『深夜食堂』などこれまで再現した料理の数々。【記事に載せきれなかった写真も掲載】

梅本さんは子どものころから食べることが大好きで、教科書に出てくる食べ物にも興味を示す子どもだった。

「国語の教科書で読んだ『ちいちゃんのかげおくり』に登場する“ほしいい(干し飯)”、算数の問題に出てくる“ケーキ”や、理科の教科書に出てくる“砂糖水”“食塩水”まで気になって仕方なかったですね」


梅本ゆうこさん。普段はウェブ編集者として働く(写真:梅本さん提供)

漫画も大好きで、夫と分担して漫画雑誌を何誌も購読。読むジャンルがどんどん広がっていった。

「映画は2時間座って観なければいけませんが、漫画は読む時間や速さを自由に調整できます。時間の融通が利くマンガを自然と楽しむことが増えていきましたね」

料理を楽しめなくなり「マンガ飯」を再現

そんな梅本さんがマンガ飯の再現を始めたのは、仕事を始めてから。料理を楽しめなくなったことがきっかけだった。

「仕事で深夜に帰宅しても、『オレンジページ』を見ながら食べたい料理を作っていたんです。でも、仕事で壁にぶつかり、あれだけ楽しみだった料理が“面倒くさい単なる家事”に変わることがありました」

そんなときに作ったのが『深夜食堂』(安倍夜郎)1巻に登場する「牛すじ大根玉子入り」のおでんだ。


『深夜食堂』の「牛すじ大根玉子入り」のおでん(写真:梅本さん提供)

「『深夜食堂』を読んで、おでんってこんなに少ない具材で成立するんだ、と印象的で。思い立って週末に作ってみたんです」

このおでんは、登場人物「まゆみちゃん」の大好物、という設定。梅本さんは何時間もかけておでんを作り、〈牛すじでビール一本…… 大根で冷や二杯…… ゆで玉子の黄身を半分出汁でといて……〉というまゆみちゃんの食べ方をなぞってみた。

「めちゃめちゃ楽しかったですね。どうやったらこのおでんを作れるかなと考えて、レシピを工夫したり、食べ方を真似したり。単なる“家事”だった料理が“趣味”になったと感じました」

「ネット上に残せば同じ趣味の人に届くかも」と考え、2008年からマンガ飯をブログにアップ。梅本さんのマンガ飯は反響を呼び、2012年には著書『マンガ食堂』を出版。2017年には「マツコの知らない世界」に2度も出演した。

「マンガ飯は、漫画で見ていた白黒の料理が、色のある現実世界で再現されるところにおもしろさがあると思います。だから、作る側にも見る側にも感動を与えてくれるのかもしれません」

下ごしらえや調理に数日かかることもある

梅本さんのマンガ飯再現は、気になるマンガ飯を専用ノートにメモすることから始まる。

「ときどき見返して、『いまならこれを作れるかも』『この時期を逃したら作るのは1年先』などと考えていきます」

作るマンガ飯を決めたら、絵や前後の話から推測したり、ネットや本で調べたりしてレシピを考える。料理漫画のように作品中に詳細なレシピがあっても、単行本を汚したくないのと、レシピを頭に入れる意味もあり、必ずノートに書き写す。


マンガ飯のレシピが書かれている専用ノート(写真:梅本さん提供)

下調べが終わったら、いよいよ調理だ。梅本さんにとってマンガ飯は「普段の自炊を楽しくするためのもの」だという。そのため1時間もあれば完成する料理が大半だが、料理によっては材料を干す、数日煮込むなどの工程があり、完成まで数日かかることもある。


実際にマンガ飯を作っている様子(写真:梅本さん提供)

“わが家の定番”になったマンガ飯があるかどうか、梅本さんに聞いた。

「いろいろありますよ。『きのう何食べた?』(よしながふみ)の10巻に登場する『豚バラ、キャベツ、にら、春雨のモツ鍋風』がおいしくて手軽なので何度も作っています」


『きのう何食べた?』の豚バラ、キャベツ、にら、春雨のモツ鍋風(写真:梅本さん提供)

「『あたりまえのぜひたく。─いくら 塩鮭 ぜひたく親子丼。─』(きくち正太)の自家製いくらもおいしくて、毎年、筋子が出る時期に作るようになりました。最近は、『かしましめし』(おかざき真里)3巻の『時短酢のもの』をくり返し作っていますね。1時間で味がしみておいしいんです」

漫画を忠実に再現、高価な食材を使うことも

マンガ飯はなるべく漫画に忠実に作ることを大切にしているため、普段の料理ではまず手に取らない、高価な食材を購入することもある。

「槇村さとる先生の『おいしい関係』2巻に出てきた『黄金のコンソメスープ』の再現では、500グラム5000円の和牛のイチボ肉を取り寄せました。いまならスープを取ったあとのお肉をミートソースに活用するところですが、料理の知識があまりなかった当時は、お肉を出し殻と思って捨ててしまって。いまだに後悔しています(笑)」


『おいしい関係』の黄金のコンソメスープ(写真:梅本さん提供)

その一方で、再現したいが、なかなか手をつけられないマンガ飯もあるそうだ。

「『なんて素敵にジャパネスク 人妻編』(山内直実、原作:氷室冴子)に登場する甘葛(あまづら)の削り氷(かき氷)ですね。再現が難しい甘葛のシロップはクラウドファンディングで3万円を寄付して手に入れたのですが、氷をどこから調達すべきか、かき氷機なしにどうやって氷を削るかなど、下調べに時間がかかっています。“日本のトリュフ”と呼ばれる松露を使った『てだれもんら』(中野シズカ)に出てくるお吸物、『ドラえもん』に出てくる「百年後のおかし」も、いつか再現したいマンガ飯です」

梅本さんにとって、仕事と趣味は互いに影響し合っているものだという。仕事で広告やメルマガ、ブログ、YouTubeのプロジェクトに関わってきたからこそ、マンガ飯の発信にブログやYouTubeを使おうと思いつき、逆に、趣味で得た知識が仕事に活きる場面もあるという。

だが、趣味は「絶対的に自由な自分の領域」。仕事とは明確に分けるのが、趣味も全力で楽しむ梅本さんが大切にしていることだ。


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「『孤独のグルメ』(原作:久住昌之、作画:谷口ジロー)の井之頭五郎が言う、有名なセリフがありますよね。〈モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず 自由で なんというか 救われてなきゃあ ダメなんだ 独りで静かで豊かで……〉。これが私にとっての趣味の概念そのもの。誰にも邪魔されない趣味があるからこそ、仕事が大変なときも頑張れるんじゃないかと思っています」

マンガ飯を作るタイミングも自分の自由

長年働き続けていれば、仕事の波もあるし、家庭の状況も変わる。それでも趣味を続ける秘訣はどこにあるのだろうか。

「趣味をプレッシャーにしないことですね。ほかに優先すべきことがあったら無理に作らないし、更新が数カ月滞っても仕方ないと思うようにしています。更新頻度も再開時期も自分の自由ですから、忙しくてもマンガ飯の再現をやめようと思ったことはないですね」

マンガ飯の再現を始めたことで、「一生遊べる退屈しない趣味を見つけた」と梅本さん。いつか仕事を引退したら、料理学校で勉強をすることも考えている。

「料理の素人であることが壁になって再現できない料理もありますから、一から学んでみたらどうかなと。再現が難しい料理も作れるかもしれない、といまから楽しみにしています」

【写真17枚】600食以上のマンガ飯を再現!『ダンジョン飯』『きのう何食べた?』『深夜食堂』などこれまで再現した料理の数々。【記事に載せきれなかった写真も掲載】


『ダンジョン飯』のローストレッドドラゴン(写真:梅本さん提供)

(横山 瑠美 : ライター・ブックライター)