実は「新型車」ではなかったデリカミニのうまい手法(写真:三菱自動車工業)

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街で見かける機会も増えたデリカミニの1年を振り返る(写真:三菱自動車工業)

登場するやいなや一躍人気モデルとなった、三菱自動車の「デリカミニ」。2023年5月25日の発売から1年を経たいま、販売台数を含め、改めてこのクルマを深掘りしてみたい。

このモデルは、自動車という商品の特性や売れ行き、マーケティングを理解するうえで、非常に興味深い1台だからだ。


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どういうことかと言えば、デリカミニは「新型車」として登場しているが、その実、中身はまったく新しくないからである。中身は、3年も前の2020年3月に発売となった「eKクロス スペース」そのものなのだ。

その中身をそのままに、名前と顔つきを変えて新たに発売したのが、デリカミニ。だから、「デザインとキャッチコピーを変えることで、どれだけ売れ行きが変わるのか?」という見本のような存在といえる。

「eKクロス スペース」名称の意味

まずは、三菱自動車の軽自動車の“命名法”を理解してほしい。非常に論理的に構成されているのだ。

軽自動車の乗用車は、基本的に「eKシリーズ」と呼ばれる。その中で、クルマの形ごとに「ワゴン」「スペース」と呼び分ける。さらにSUV/クロスオーバー風にした派生を「クロス」、BEV(電気自動車)バージョンには「EV」と名付けるのだ。

具体的には、基本モデルを「eKワゴン」とし、それをクロスオーバー風にしたものが「eKクロス」、さらにクロスオーバーかつBEVとするのが「eKクロスEV」。


eKワゴンのクロスオーバータイプとなるeKクロス(写真:三菱自動車工業)

背が高くスライドドアを持つスーパーハイトワゴンが「eKスペース」で、それをSUV/クロスオーバー風にしたものが「eKクロス スペース」となる。

つまり、名称を見るだけで、どのような車体で、どのような雰囲気なのかがわかるようになっている。まさに理系的な、賢い命名方法と言えるだろう。

【写真】デリカミニのデザインを詳しく見る(25枚)

スーパーハイトワゴンといえば、ベストセラーの王者ホンダ「N-BOX」に、スズキの「スペーシア」とダイハツの「タント」が挑む構図となっている。現在の軽自動車の主力となるボディタイプであり、いまもっとも売れている軽自動車だ。

ところが、この売れ筋ジャンルにありながらeKスペース/eKクロス スペースの売り上げは、非常に厳しいものであった。


eKスペースとそのクロスオーバータイプのeKクロス スペース(写真:三菱自動車工業)

デビュー直後となる2020年度でも、eKスペース/eKクロス スペースを含む、eKシリーズすべてを合わせても3万3100台しか売れなかった。販売ランキングでは、14位。

これは、ベストセラーモデルであるN-BOXの2カ月分にしかならない。同年度のN-BOXの販売は、19万7900台であった。また、eKスペース/eKクロス スペースと基本設計が同じ兄弟車の日産「ルークス」は、10万台弱を販売して、販売ランキングで5位に入っている。

デリカの弟分のようなイメージにリニューアル

売れ筋ジャンルであり、兄弟車はヒットしているとなれば、三菱自動車の悔しさは予想に難くない。そうした現状打破の手法として採用されたのが、eKクロス スペースのリニューアルだった。

名称とフロントまわりのデザインを一新し、足回りの設定などを変更。新型車デリカミニとして発売したのだ。


フロントマスクとフェンダーまわりを変更してデリカミニへリニューアル(写真:三菱自動車工業)

外観の雰囲気こそ大きく変わったが、基本的には「eKクロス スペースのまま」といえる。

「デリカ」とは、三菱自動車の日本市場における大黒柱のひとつだ。主力となるのは「デリカD:5」で、ミニバンでありながら、4WDを得意とする三菱自動車らしく、オフロード走行も得意とするクロスオーバーであるという特徴を持つ。このデリカの名称と雰囲気を持ち込み、デリカミニはデリカの弟分のようなイメージに仕上げられている。

こうした“ミニ手法”は、三菱自動車にとって初めてではない。1990年代から2000年代には、大型SUV「パジェロ」の弟分として、軽自動車の「パジェロミニ」が人気となった。


パジェロミニは1994年に登場し、フルモデルチェンジを経て2013年まで生産された(写真:三菱自動車工業)

パジェロミニは独自のメカニズムを持つモデルであったが、兄貴分のイメージを上手に使うという点では、デリカミニも同じだ。

なお、パジェロの名称を持つモデルとして、他にも「パジェロ・ジュニア」「パジェロ・イオ」も存在した。

デリカミニ登場でeKシリーズの販売は2倍に

では、発売1年でデリカミニは、どのぐらい売れたのか。

まず、発売前の2022年度(2022年4月〜2024年3月)の販売実績は、eKシリーズ全体で2万6379台。販売ランキングは15位だった。2021年度は2万9599台で、はっきり言って低迷している。

なにせ、eKシリーズには、eKワゴン/eKクロス/eKスペース/eKクロス スペースの4車型が含まれているのだ(eKクロスEVは当時、未発売)。

ところが、デリカミニを5月に発売した2023年度は、5万2427台となっている(デリカミニもeKシリーズに含まれる)。なんと、前年比で約2倍だ。


デリカミニのインテリア。形状はeKクロス スペースと基本的に共通(写真:三菱自動車工業)

このうち、デリカミニだけで言えば、3万7216台(三菱自動車より)。つまり、デリカミニ1モデルだけで、前年のeKシリーズ全体よりも数多く売れているのだ。これは、まさに大成功である。

デリカミニは、中身は同じでも、デザインと名称、そしてイメージを一新するだけで、売れ行きは変わるのだという、いい実例と言えるのではないか。

ただし、2024年度のデリカミニの販売は、4月:4130台、5月:2230台、6月:2082台と徐々に落ちてきている。ニーズが一巡したのであろう。今後のテコ入れが非常に重要という局面となっている。この夏の販売攻勢の結果に注目したい、という状況だ。

個人的には、以前のeKクロス スペースは、ターゲットを誤っていたのではないかと思う。eKクロス スペースの顔つきは、「アウトランダーPHEV」や「デリカD:5」と同じ、Xをモチーフにした「ダイナミックシールド」というデザインだった。力強さと先進性を訴える、男らしい顔つきだ。


キリっとした顔つきのeKクロス スペース(写真:三菱自動車工業)

しかしながら、スーパーハイトワゴンのユーザーは、子育て中の女性が中心となる。そんな女性に向けて、ダイナミックシールドは、ちょっと的外れだったのではないだろうか。

また、「eK+クロス+スペース」という名称も、論理的ではある一方、少々わかりづらい。前提として、eKシリーズ全体の編成を理解していなければならないというのは、クルマに興味の少ない人にはハードルが高いだろう。

それに対して、まるで犬のようなキュートな顔つきと、ペットネームのようなストレートな名称のデリカミニは、スーパーハイトワゴンを求める層にぴったりだったのだろう。


デリカミニでは丸型風ヘッドライトなどにより柔和な印象に(写真:三菱自動車工業)

聞くところによると、デリカミニのCMなどに登場する、犬のような(?)マスコット「デリ丸。」の人気は絶大で、ぬいぐるみの売れ行きも絶好調だとか。

デリカミニの成功をどう生かせるか

クルマの販売は、性能云々よりも、ターゲットにあったデザインとイメージが重要であることが、eKクロス スペースからデリカミニへのリニューアルを見れば、よくわかる。

三菱自動車は、2024年2月に発売したピックアップトラックの「トライトン」も好評のようだ。こちらもオフロード4WDのピックアップというわかりやすいイメージが、功を奏していると言える。

三菱自動車が、これからデリカミニをどう成長させていくのか。そして、他モデルにこの成功事例をどう生かしていくのか。実に興味深い。

【写真】改めてデリカミニのスタイリングを見る(25枚)

(鈴木 ケンイチ : モータージャーナリスト )