高円寺の「自由な感じ」は、自分のようなふらふらした人間を勇気づけてくれる(写真:はりまごう/PIXTA)

定職に就かず、家族を持たずフラフラすごし、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作った20代と30代。「日本一有名なニート」とも呼ばれたphaさんが、40代半ばのいま感じるのは「すべての衰え」。

ずっと右上がりに楽しいことだけやって生きていけたらいいな、と思っていたのに、最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行っても楽しくない。

そんな中年の日常を描いたエッセイ『パーティーが終わって、中年が始まる』から抜粋し、3回にわたってお届けします。

前々回記事はこちら:『定職・家族なしで40代突入、感じた「生き方の限界」
前回記事はこちら:『中年になると否応なく増す「不要な存在感」の功罪』

「路上で宴会」が日常の高円寺

高円寺駅の北口のロータリー広場に来るたびに、なぜ東京の中で、高円寺だけがこんなに自由な感じなのだろう、と思う。

大体いつも、昼でも夜でも、路上飲み会をやっている集団が何組かいる。他の駅でも、駅前の広場で飲み会をしている人はいなくはないけれど、高円寺は圧倒的に多い。ギターをかき鳴らしている人もいるし、小さなスピーカーからヒップホップを流している人もいる。

何種類かの音楽が入り交じった上に、路上で飲んでいる人たちの会話と、かすかに聞こえる駅のアナウンスと、通り過ぎる電車や車の音と、すべての音がごちゃまぜになっていて、その中心にいるとなんだか心地いい。広場の隅の喫煙所はいつも満員で、何人かはスペースからはみ出したままで吸っている。

東京でこういうのってありなんだ。東京は、とにかく土地が狭くて高くてお金を払わないと何もできなくて、路上で宴会、みたいなちょっと人と違うことをするとすぐに「人に迷惑をかけるな」と怒られる場所だと思っていたのだけど、高円寺ではみんなずいぶん自由にやっているように見える。「高円寺はこういう街だからしかたない」とみんなが思っているせいだろうか。いいね。本来、街というのはこれくらい自由度があるべきだと思う。

ここに来るといつも、京都の鴨川の河原を少し思い出す。便利な場所に広場があって、お金を払わなくても自由に使ってよくて、みんなが酒を飲んだり楽器を演奏したり、特に何もせずにぼーっとしたりしている感じが似ているのだと思う。

もっとも、鴨川は静かで緑があって遠くには山々が見えるのに比べて、高円寺の北口はコンクリートだらけで騒がしくてギラギラとしたビルに囲まれているから、全然雰囲気は違うのだけど。高円寺の北口に鴨川の河原が広がっていたらいいのにな。

歌を本気で聴かせたい弾き語りの人は、ロータリー広場ではなくガード下のあたりによくいる。大体2組くらいがいつもいて、少し距離を取って座って歌っている。

ガード下は最近ちょっと再開発が行われて綺麗になったけど、まだまだ闇市みたいなボロくて胡散臭いエリアが残っていて、飲み屋が路上にたくさんテーブルを出していていつも酔客で賑わっている。

街には楽器を持っている人やタトゥーが入っている人がやたらと目につく。

中年にも居場所がある

若者ばかりではなくて、中年以上の年齢で、胡散臭い感じの見た目の人が多いことが、自分のようなふらふらした人間を勇気づけてくれる。年をとってもそういう感じでいいんだ。高円寺にいれば、ずっとちゃんとしないままで生きていけるのだろうか。駅前広場で上機嫌で缶チューハイを飲んでいる、自分より一世代上のおっちゃんたち、それを目指すべきなのだろうか。

駅から約5分、商店街の路面店なんて家賃だってそんなに安くないだろうのに、こんなに古着屋ばかりがいっぱいあってやっていけるのだろうか、そんなに古着は利益率がいいのだろうか、知らない業界の商売のことって全然わからないな、といつも考えてしまう高円寺パル商店街を抜けたところにある古いビルの2階に、小さな書店がある。ドアの鍵を開けて店に入る。今日は店番のシフトの日なのだ。

書店員としての日常

店内には段ボール箱がいくつか置かれている。今日の朝に取次(書籍の流通業者)が届けてくれた本だ。取次は店の鍵を持っているので、毎朝やってきて店の中に本を置いていってくれる。本屋で働くまでは、書店に本がこんなふうに届けられているということを知らなかった。

白い帯でとめられている箱には今日出たばかりの新刊が入っていて、青い帯でとめられている箱には以前売れた本の補充注文をした分が入っている。届いた本の箱を開ける瞬間はいつも少しワクワクする。今日はこんな本が出たのか。新刊を平台の一番いい場所にどんと積み上げる。たくさん売れるといいな。

スピーカーの電源を入れ、BGMをかけて、店内を掃除して、レジにお金をセットする。開店の準備が一通り終わると、お茶を淹れて、席に座って少しのんびりする。開店前の誰もいない店を独り占めして、ゆっくり本を読んだりする時間が一番好きだ。

ずっと「働くのは嫌だ」と言ってきた自分がこんなことを思うのは過去の自分に対する後ろめたさもあるのだけど、本屋の仕事は楽しい、と感じている。本屋が世界で一番好きな場所なので、店にいるだけで幸福感がある。毎日いろんな新刊が届くのも楽しいし、お客さんがどんな本を選ぶかを見るのも面白い。静かな空間に座ってゆっくりと店番をするのも性に合っている。

昔から本屋が好きだったのに、どうして本屋で働くということを今まで考えなかったのだろうか。まあこの店みたいに小さな個人書店を手伝うのと、大きな書店に就職するのとではだいぶ違うとは思うけれど、もし大学を卒業したとき、就職先として書店業界を選んでいたら、定職につかずにふらふらと生きるのではなく、順調に会社員として働き続けていた可能性もあったのだろうか。

いや、多分だめだな。20代の頃の自分は本当に社会性や協調性がなかったので、どこに就職しても数年で辞めてしまっていただろう。この店の仕事が続いているのは、40代になった今だからだ。

昔の自分は落ち着きがなさすぎて、1日8時間同じ場所に座って勤務するのが本当に苦痛だった。それが少し落ち着いてきたのは四十路を過ぎてからだ。単に加齢とともに動き回るエネルギーがなくなってきただけなのかもしれないのだけど、その衰弱のせいでこういった店番ができるようになったのならそんなに悪くない。

書店員の仕事は楽しいけれど、フルタイムで働いているわけではないし、それだけで食べていける収入にはなっていない。まあ楽しいからそれでいいかと思っている。

「仕事をするとお金がもらえる」が理解できない

昔からずっとそうで、今でも相変わらずそうなのだけど、仕事とお金に関係があるということがうまく理解できない。

もちろん理屈としては、「仕事をするとお金がもらえる」という単純な因果関係はわかっている。しかし、自分の中ではいつまで経っても「興味のあることをやっていたらなんとなくお金が入っている」という感覚で、それ以外の意識で上手く仕事ができないのだ。

30代くらいの女性がひとりでやってきて、15分ほど店内を見たあと、人生相談の本と台湾の本を買っていった。

本屋にふらっとやってくる人は、差し迫った切実な悩みを抱えているというよりは、何かちょっと面白いものや、日常に刺激を与えてくれるものを求めていることが多いように思う。

本屋でぶらぶらと本棚を見て回るうちに、少しずつ心の中が整理されて、自分が何に興味を持っているのか、自分の悩みとはなんだろうか、というのを自覚していくのだろう。

本屋で店番をしていると、そういう瞬間にたくさん立ち会えるのが楽しい。

危機感を持つ「回路」が壊れている

ここ数年、貯金は減り続けている。大して仕事をしていないからだ。

普通はこういうときにもっと焦るものだと思う。だけど、なぜだか焦る気にならない。危機感を持てない。多分そういう回路が壊れているんだと思う。

貯金があと半分くらい減ったらさすがに尻に火のようなものがついてきて、「そろそろ真剣に考えないといけないな、人生とか」という気持ちになるのではないか、とぼんやりと期待しているのだけど、実際にそのときになったら「さらに半分くらいになるまで意外と平気だな」となりそうな気もする。

そういえば昔は、「何か本を出しませんか」というオファーが年に数件あったけれど、最近はあまり来なくなった。それは出版不況のせいではなく、書き手としての自分の問題だろう。自分自身がそんなにぱっとしない存在になってきているのをなんとなく感じる。まあ、今まで10冊くらい本を出してきて、大体のことは書いてしまって、そんなに書きたいこともなくなってきた、というのもある。

いや、そもそも仕事としては、書きたいことがあるから書くというのではなく、需要のあるものを書く、というのが正しいのだろう。

電力会社の人が全員電力に興味があるわけじゃないだろう。就職して大学職員をやっていたとき、学生の成績表の管理なんて何も面白くなかったけど、自分以外のみんなは淡々とこなしていた。好きとか嫌いとかではなく、求められることをやるのが普通の仕事なのだ。

でも自分にはそういうのがうまくできなかった。自分の興味のあること以外ができないからこんなよくわからない人生になって、高円寺によくいるずっと好きなことだけやってきてそうな職業不詳の胡散臭いおっさんたちに憧れてしまうのだろう。

本屋で店番をしているとき以外は、相変わらず自由というか、制限がなさすぎてだらしのない毎日を過ごしている。

適当な時間に起きて、適当なものを食べて、洗濯をして、ゴミを出す。限りある資源をただ食い潰す、その繰り返し。

少しずつ自分の家事がだんだん雑になっていることにうっすらと気づいているけれど、見ないふりをしている。例えば食事の質や、洗濯や掃除の頻度、丁寧さなど。この雑さが30倍くらいの速度で進行したら、1年後くらいにはゴミ屋敷の独居老人になるのだろう、という実感がある。

なんだか少しずつ、何かが詰んできている気がしなくはない。

この令和の世の中は、もう自分みたいな生き方が通用する時代ではないんじゃないだろうか、ということをときどき思う。

もともと自分は2007年頃に「できるだけ働かずに生きていきたい」みたいな内容をブログに書くというところから物書きを始めた。当時はそういう意見がある程度支持を集めることができたのだけど、今同じようなことを書いたとしたら、「人に迷惑をかけずきちんとしろ」と白い目で見られて終わりなんじゃないだろうか。

昔よりも今のほうが、ちゃんとお金を稼がなければならない、という空気が強いように思う。ゼロ年代の頃は不景気が続いているなどと言いながらも、まだ社会全体に余力があったのかもしれない。今は、格差社会化や高齢化が進んだせいか、役に立たないものを面白がる余裕がなくなってしまった。そんな時代の空気の中で、自分の存在が少しずつ時代遅れになってきているのを感じる。今まではなんとかごまかしながらやってこられたけど、この先はかなり怪しい。

高円寺では「時代遅れ」がいまだ現役

しかし、高円寺の街を見ていると、もう時代遅れのものが依然として現役で残り続けている、ということはよくあるな、とも思う。

再開発も少しずつ行われてはいるけれど、高円寺のほとんどはまだ狭い路地が入り組んだごちゃごちゃした街並みが残っていて、昭和の頃からあるような古い店がたくさん立ち並んでいる。こういう猥雑さこそが高円寺だと感じる。

そういえば、何か良いものが失われていこうとするとき、若い頃は「とんでもない、これはずっと残っていくべきだ」と思っていたけれど、40代になってからは「失われるのは時間の問題だけど、要は自分が死ぬまで逃げ切れるかどうかだな」という視点が出てきた。そして大体いつも、自分が死ぬまでならなんとかギリギリ逃げ切れるんじゃないか、と思っていることに気づく。

まあ、なくなったらなくなったで、そのときは寂しいけど、すぐに慣れて、忘れてしまって、最初からそうだったような気がするんだろう、大体のものは。

過去のこともすぐ忘れてしまって、未来のこともあまり実感が湧かない。今の気分だけをいつも重視してしまう。それは自分のいいところでもあり悪いところでもあると思う。

みんな「わけのわからない生活」をしていてほしかった

みんな人生をどうやって生きていってるのか、いつまで経ってもうまく想像できない。


SNSで、普通の人間ぽくない変なハンドルネームで(たとえば「暴れ大納言」みたいな)、生活感のない変なことをいつもつぶやいている人たちが、ときどき何かの拍子に普段は普通の社会人として働いているのを匂わせるようなことをつぶやいたとき、少し裏切られたような気持ちになる。

自分は「pha」という人間かどうかもよくわからない名前で、何をやっているのかよくわからない生活を続けているのだから、みんなももっとわけのわからない生活をしていてほしかった。自分以外のみんなはちゃんと人生というものを理解してしっかりと生きているのに、自分だけがいつまでも地に足の着かない生活をしている気がしてしまう。

でも、そういう生き方しかできないのだ。先のビジョンは全くないけど目の前のことをひとつずつかろうじてこなしていく、ただひたすらそれを繰り返していって、破綻が来る前に逃げ切りたい。もし破綻してしまったら、そのことを文章にしていろんな人に笑ってもらおうという心の準備だけはいつもしている。

(pha : 文筆家)