夏シーズンに始まったドラマ。作品によって評価が分かれた(写真は各公式インスタグラムより引用)

7月後半に入り、夏ドラマがほぼ出揃った。だが、残念ながらポジティブな話題で盛り上がるようなドラマがまだ生まれていない。

期待値の高かった宮藤官九郎オリジナル脚本の『新宿野戦病院』(フジテレビ系)、安定のブランド力のTBS日曜劇場『ブラックペアン シーズン2』は、思いのほか厳しい評価にさらされている。

既視感が多い「新宿野戦病院」

夏ドラマの中でも、放送前に特に話題になっていたのが『新宿野戦病院』だ。

社会的ヒットになった1月期ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)に続く宮藤官九郎のオリジナル脚本であり、物語の舞台は新宿・歌舞伎町。

前作は令和の過剰なコンプラ社会を昭和の視点からツッコミを入れて話題になったが(過去記事:「不適切にもほどがある!」世代で生じる"温度差")、本作ではアジア随一の歓楽街に渦巻くさまざまな社会問題に鋭く切り込んでいくことが期待された。

しかし、エンターテインメント性の高い社会派人間ドラマが繰り広げられるかと思いきや、第3話まででは「思っていたのとちょっと違う」という感想が多いようだ。

気になるのは設定の多くがベタなこと。第1話からドタバタコメディ要素が全開。歌舞伎町の酔っ払いのケンカ、外国人のから騒ぎ、パパ活の話題ではしゃぐおじさん医師たちなど、歌舞伎町の要素が入っているとはいえ、昔懐かしいテレビドラマを見ているかのようだった。

ほかにも、赤字経営の病院を美容クリニックに変えようとしていがみあう家族や、そんな病院に担ぎ込まれるホストやキャバ嬢、ホームレス、トー横キッズ、外国人難民などが物語に登場する。

そこで起きている出来事は、歌舞伎町の現実の一部かもしれない。だが街のことも、社会問題も、すでに数多く報道されているだけあって、既視感だらけに思えてしまう。社会問題として掘り下げてもいないため、ストーリーに意外性も新しさもない。事象の表面をなぞっているだけに感じてしまうのだ。

ヒロインであり、歌舞伎町の若者をサポートするNPO法人代表の南舞(橋本愛)が、夜はSMクラブの女王という裏の顔を持つのも、昔よく見たドラマ設定のパターンのようだ。

ただ、英語と岡山弁を巧みに扱うアメリカ国籍の元軍医ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)と美容皮膚科医の高峰享(仲野太賀)は、クドカン脚本ならではの会話劇を楽しませ、ドラマを引き締めている。その際立ったキャラ立ちっぷりは、視聴者を強烈に物語に引き込んでおり、つい見入ってしまう魅力を放つ。


『新宿野戦病院』(写真:『新宿野戦病院』公式インスタグラムより引用)

前期放送されたクドカン脚本の『季節のない街』(テレビ東京・ディズニープラス)は、災害から12年を経てなお仮設住宅で暮らす人々が抱えるさまざまな事情と街のあり方を、痛みを伴う喜劇として痛切に描き出していた。

本作にも痛みを持つ人々が登場する。彼らの人生の喪失からの癒やしと再生を、歌舞伎町という街を通してどう掘り下げていくのか。クドカン節の効いた悲喜こもごもの喜劇への昇華が、中盤から後半にかけて見られるのか。これからの展開を期待している。

日曜劇場っぽくない「ブラックペアン シーズン2」

日曜劇場は潮目が変わってきているように感じる。重厚感のある安定したストーリーが売りの枠だが、前作『アンチヒーロー』の暗く複雑だった物語とは対照的に、今回の『プラックペアン シーズン2』には医療ドラマであるにもかかわらず、ストーリーの“軽さ”が節々からにじんでいるように感じる。

人の命がかかるオペをショーと呼び、その公開オペのために症状が重篤で稀有な症例の患者を探す。そして、主人公の天才外科医・天城雪彦(二宮和也)の施術を受けて命が助かるためには、全財産の半分を彼との賭博にかけて、勝たなければならない。

こうした物語は、誰もの身近にある病気や命を扱うドラマとしての軽さに嫌悪感を抱く視聴者も少なくないのではないだろうか。たとえエンターテインメントとはわかっていても、それを楽しむ気持ちにはなりにくい。その結果が「日曜劇場っぽくない」「おもしろくない」という声につながっているように思う。

また、賭けがポイントになるはずなのに、その過程はほぼ描かれない。予定調和の手術成功後に、振り返りが少し入るだけ。第3話まででは手術はすべて行われており、天城の賭けの設定が、ドラマ前半ですでに意味を失いつつあるようにも感じる。


『ブラックペアン シーズン2』(写真:『ブラックペアン シーズン2』公式インスタグラムより引用)

本作の出足の評価の鈍さは制作陣も感じていることだろう。これまでの日曜劇場らしくないのは、“新しさ”かもしれないが、視聴者が置いていかれている感がある。しかし、まだドラマははじまったばかり。これからの盛り返しを待ちたい。

キラキラではない月9「海のはじまり」

一方、スタートから視聴者を物語にぐいぐい引き込んでいるのが、フジテレビ月9ドラマ『海のはじまり』と『あの子の子ども』(関西テレビ・フジテレビ)の2本だ。

『海のはじまり』は、28歳の主人公・月岡夏(目黒蓮)が大学時代に付き合っていた同級生・南雲水季(古川琴音)の訃報とともに、彼女に娘がいて自身が父親であることを突然知る物語。

自分の知らないところで自分の子どもが生まれ、何も知らないまま娘が7年間を生きてきたことに、夏は戸惑い、悩む。そこに向き合いながら、亡くなった母親がどのような思いで娘を育ててきたのかに加えて、現在付き合っている彼女の百瀬弥生(有村架純)の気持ちにも思いを馳せる。


『海のはじまり』(写真:『海のはじまり』公式インスタグラムより引用)

突然彼の人生に訪れた大きな転機は、周囲の多くの人たちの人生に影響を与えていく。誰も悪くはないが、みんなが苦しみ、傷つく。ときにチクリと胸に刺さる痛みがあり、ときに心温まる優しさに満たされる。

「ラブストーリーの月9枠らしくない」「ストーリーが重すぎる」との声もあるが、近年の月9枠は若者のキラキラした恋愛ドラマだけの枠ではなくなっている。本作が切り込んだテーマは、親子の愛のあり方のひとつ。その愛を丁寧に優しくすくいあげるような描き方に、心を揺さぶられる。

一方で、『あの子の子ども』は、16歳の高校生カップルの女子生徒が妊娠してしまう物語。ふつうに部活も勉強もがんばり、恋愛も楽しんでいた一般的な高校生の2人が、その“1回きり”の出来事で苦しみ、悩むことになる。


『あの子の子ども』(写真:『あの子の子ども』公式インスタグラムより引用)

たまたまコンドームが破れ、たまたまタイミングがあわず病院でアフターピルをもらい損ねる。そのことから目を背けるように生活していたなか、妊娠が発覚する。女子生徒は後悔し、傷つき、悩んで苦しむ。どこにでもいるような高校生2人が向き合う現実が切々と描かれる。

生まれゆく命を扱う良作

この2作に共通するのは、生まれゆく命を扱うテーマであることと、そこに向き合う現代の若者の素直な思いと真摯な姿勢が描かれていること。テレビドラマらしいドラマティックな演出はない。彼らの心の内が切々と丁寧に紡がれる。彼らの気持ちに嘘や作り物がなく、リアルだから心を打たれる。

2作品とも、誰の身の回りにあっても不思議ではないし、誰もが当事者であってもおかしくない。もし自分だったらと容易に想像できる物語であり、彼らの行動にも心情にもまるで自分ごとのように共感できる。

そこには、当事者へ優しく寄り添う姿勢と、彼らを見守る温かい視点がある。そのうえで、現代社会の一面をすくいあげる社会性とリアリティを兼ね備えた良作だ。

劇中の登場人物たちの人生が険しい道ではあることは承知のうえで、一緒に苦しみながら、これからの彼らの人生を見守っていきたいと思わせてくれる。そんな2作の行く末にも注目したい。

(武井 保之 : ライター)