平田智基(ひらた・ともき)/2020年同志社大学卒業、創業期のスタートアップに投資するシードベンチャーキャピタルのEast Venturesに入社。投資業務のかたわら、スタートアップ・VC向けのメディア「スタタイ」の運営も手がける。Xのプロフィールには「1人でも多く事業に詳しい方を増やし、日本のGDPが上がることを目指して、いつも四季報を配っています」と記している(撮影:尾形文繁)

「四季報写経」とは『会社四季報』に書かれている主要項目をスプレッドシートにコツコツと書き写していく修行のこと。この四季報写経の‟布教活動”を行うと同時に、四季報を配り続けているのが平田智基さんだ。なぜ四季報を配り続けているのか。その理由を聞いた(関連記事=「四季報丸写し」が会社員人生に与える驚きの変化)。

『会社四季報』を読むことが趣味に

ーー社会人になってから会社四季報の写経を始めたとか。

『会社四季報』の写経を始めたきっかけは、新卒1年目ぐらいのときに山川隆義さんが書かれたnoteの記事を見たからです。私はベンチャーキャピタルに勤めているのですが、ざっくり言うと将来上場するスタートアップを目利きして投資するのがベンチャーキャピタリストの仕事です。であれば、すべての上場企業の事業を把握しておくことは、ベンチャーキャピタリストとして生きていくうえでは非常に役立つはずだと思って書き写すことを始めました。

とはいえ、スプレッドシートのテンプレートがあらかじめ用意されているわけではない。山川さんのnoteを読んでも「このデータを書き写しなさい」といった具体的なことが書かれているわけではない。写経というからには文字通り書き写すのだろうと思い、とりあえず業績や事業の特色をはじめとした、自分の知りたい情報を書き写していくことを始めました。

そんなことをしているうちに、四季報を読むこと自体が趣味にもなっていたし、上場企業の事業内容についても徐々に詳しくなっているという感覚が生まれてきました。スタタイというスタートアップやVCのための情報サイトも始めて、海外のスタートアップなどにも詳しくなっていきました。

ーーベンチャーキャピタルの社員であれば、四季報を読んでいる人はそれなりに多い?

もちろん四季報を読んだり、適時開示を読み続けてらっしゃる方もいますが、多いわけではありません。自分自身は学生インターンをはじめとして、新卒数年目くらいの、世代が近い人たちと会うことが多いのですが、そうした中で痛感したのは、多くの人が会社四季報は知っていてもちゃんと読んでいるわけではないということ。それもあってか、日本の上場企業についてあまり知識を持っていない方もいる、ということでした。

ーー読んでいない人が多くても仕方がないと思うのが普通の感覚だと思います。でも、そうは思わなかったわけですね。

これはまずいことだと思いました。VCが上場企業についての知識を持っていなければ、起業家とミーティングするときに時間を割いて良かったと思っていただけるような良い情報を伝えることができない。最近の生きた情報をキャッチアップしていなければ、良い情報どころか間違ったことを言ってしまうかもしれない。こうなると起業家にはマイナスですし、VCにとっても投資先の成長につながらず、投資リターンが出づらくなって良くない。ひいては日本経済にとっても良くないことじゃないですか。


「四季報を知っているけれども読んだことがない人」が多い(撮影:尾形文繁)

これは改善すべきことだと思いました。じゃあとりあえず四季報を配ってみれば、配らなかった場合と比較すれば少なくとも1円でもGDPが伸びるだろうと思うようになりました。

新しい事業を生み出す参考に

聞きかじったアイデアで起業するより、確立されたビジネスの宝庫である四季報を読み込んでアイデアのタネを探したり、時代にマッチしたアイデアに昇華させたほうが成功する確率は高いと思います。そうして生まれた新しい事業のいずれかが成功を収めて、日本のGDPを引き上げることにつながる。これは何も起業家に限らず、会社に勤めていらっしゃる方々にも当てはまることです。

孫正義さんをはじめとした稀代の起業家たちは、多くの場合、徹底的なリサーチを経てから事業を立ち上げています。孫さんに至っては、1981年に日本ソフトバンク(現在のソフトバンク・グループ)を起業する前に、どのような事業を行うのかのリサーチに1年ほど費やしたというエピソードがあるほどです。

ーーなぜ配るのでしょうか。

税込み2600円もするので、学生からすると正直、四季報はちょっと高い。社会人である僕からしても安くはないので、学生や新卒まもない社会人はよっぽど興味がなければ買おうとは思わないでしょう。そこで、知り合いの学生起業家や後輩のベンチャーキャピタリストなどに、少しずつ四季報を配り始めました。

先輩からプレゼントされてそのまま放置するわけにもいかなかったのか、「おかげで上場企業について詳しくなってきました」といった声もいただくようになったので、もっと大々的にやったほうがいいなって思うようになり、自分の財布だけでは少々しんどいので、日本経済のために先輩方のご支援をいただこうと考えました。

VCでパートナーを務めておられる先輩や、起業家の先輩の方々に、私が意欲ある若者たちを見つけてくるので『会社四季報』を3冊ぐらい買っていただけないでしょうか?とお願いをして私に届けてもらいました。言ってみれば、四季報の現物出資ファンドのGPみたいな役割をしていました(笑)。

経済ニュースを読んでアイデアを見つけたり、引き出しを増やしたりするのも悪くはないけれども、まずは四季報を読んで世の中にある上場企業について詳しくなろうというところからムーブメントを起こしていきました。

支援者も登場

ーー支援者も現れたようですね。

はい、最近になって四季報を寄付してくれる人も現れるようになりました。匿名希望の資本家の方が「300冊ぐらい送ろうか」と連絡してくださいました。本当にありがたいオファーだなと噛み締めつつ、その量の四季報を一度に配ったことはなかったので「一旦100冊からお願いします」とお返事させていただきました。


Xでの「四季報100冊配ります」の呼びかけには多くのリプが寄せられた。(写真:平田さんのX投稿)

今では150冊ぐらいは配り終わりました。とはいえ全部を自分が配っているわけではありません。150冊のうち100冊ぐらいは自分で見つけた若者に配っていますが、投資先の起業家や、同世代のベンチャーキャピタリストなどに10冊ずつ託して配ってもらったりしています。


「四季報配り」の輪が広がりつつある(撮影:編集部)

志高い方の周りには志高い若者がいるはずだと考えているからです。関西の知り合いや、九州の知り合いにも20冊ずつぐらい送り、各地で四季報にまつわるイベントをしてもらっています。Xを見ると、そうしたイベントの模様を確認できますが、けっこう盛り上がっていることがわかると思います。

上場企業を知ることは楽しい

ーーそれも、これも日本のGDPを上げるためですか。

日本のGDPを上げるというと、少し大袈裟に聞こえてしまうかもしれませんが、下がるよりは上がったほうが幸せだと思うんですよね。でも正直これは長期的な話なので、ずっと考え続けるにはずいぶん重たい話だとも思っています。

でも一方で、上場企業に関する知識が増えること自体も楽しいんですよ。街中を歩いているときに、四季報で見たことのある会社の広告を見るなんてことは日常茶飯事ですし、少し汚めのビルを覗いてみると、キラキラな事業を手がける上場企業が入っていたりしてその堅実さに惚れ込んだりすることもあります。

飲み会のネタになるような面白い話も、四季報や適時開示を見ていると見つかります。なのでGDPを引き上げる目標を脇に置いたとしても、かなり有意義なことだと思っています。

どちらの思いも持ちながら、これからも日々四季報を配っていこうと思っています。

(山田 俊浩 : 東洋経済 記者)