トランプ再選の場合、日本経済への影響は?(写真:Al Drago/Bloomberg)

ドナルド・トランプ前大統領がホワイトハウスに戻れば、日本経済は大きな「トランプ・ショック」に見舞われる。すべての輸入品に一律10%、中国からの輸入品には60%の関税を課すというトランプ大統領の計画によって、デリケートな世界のサプライチェーンも日本の輸出需要も深刻な打撃を受けるだろう。

同時に、トランプ大統領のインフレ政策(追加的な大型減税と関税)は、連邦準備制度理事会(FRB)に現在意図している以上の高金利を強いると見られる。その結果、円には下落圧力がかかるだろう。

どの程度のショックになるかは、トランプの話がどの程度現実になるかにかかっている。さらに、ジョー・バイデン大統領が大統領選を離脱したことによって選挙結果に不透明さが増している。

日本経済は「外的ショック」に過剰反応する

しかし、わかっていることはこうだ。日本経済は非常にもろく、外的ショックに過剰反応し、時には2011年3月の大災害のような純粋な国内ショック以上に反応する。その結果、日本は過去30年間、景気拡張と景気抑制政策がうまくいかずに苦しんできた。

1990年代、日本国内の銀行危機と消費税増税の影響は、1997〜1999年のアジア金融危機によって大きく悪化し、GDPが1997年初頭の水準に戻るのに5年かかった。その10年後、世界金融危機は、日本の銀行が金融危機の原因となった不正行為に関与していなかったにもかかわらず、再び5年間のマイナス成長を引き起こした。

新型コロナウイルスやウクライナ侵攻も他国ほど影響はないものの、構造的に弱い日本経済に混乱をもたらし、現在でもGDPは2018年の水準まで回復していない。つまり、トランプショックも予想以上の悲劇をもたらす可能性があるということだ。


トランプは「ビジネスマン」だという幻想

政府関係者や企業経営者の中には、トランプはビジネスマンとして経済にとっていいことをするだろうから、無謀な行動は控えるだろうと主張する人もいる。これは希望的観測だ。トランプは、長期的な権力と富を高めると考えることに突き動かされているのだから。

実際、トランプは自らの政策によって助けたいと主張する人々に害を与えても支持を拡大してきた。中国からの輸入品に25%の関税、同盟国には25%の鉄鋼関税をかけることで、少なくとも全国で20万人の工場雇用が奪われたが、輸入を制限するために関税が最も効果的だった選挙区でも雇用はほとんど創出されなかった。

それどころか、いくつかの選挙区では雇用が減った。これは、鉄鋼の雇用増加分が、自動車や家電製品のような鉄鋼を消費する産業の損失によって相殺されたためである。

何年もの間、日本のリーダーたちは、共和党を開放貿易の推進者と見て好んできた。しかし、それは共和党の献金者のスタンスに過ぎなかった。実際、2021年のギャラップ世論調査によると、輸入品を脅威とみなす共和党支持者は民主党支持者では18%だったのに対して、共和党支持者では51%に上った。

日本の半導体製造装置メーカーを含むハイテク株は、トランプ大統領が「もし自分が彼らだったら、今はそれほど安心できないだろう」と台湾防衛に対するアメリカのコミットメントを切り捨てたことに動揺した。台湾有事は世界経済を大きく揺るがしかねない。

実際、トランプはこんな発言をしている。

「彼ら(台湾半導体製造公社=TSMC)は我々の半導体産業のほぼ100%を奪った……そして今、彼らがこの国で半導体を製造するのにも数十億ドルを出資していて、それももっていくつもりだ。言い換えれば、ここで工場を設立しても、彼らはすべてを自分の国へ持って行ってしまう」

トランプが純粋に信じている政策スタンスは多くないが、経済ナショナリズムはその1つだ。彼の新たな貿易戦争は、過去をしのぐものになると見られ、世界の供給網を混乱させ、計り知れない影響を及ぼす可能性がある。

何でもかんでも関税を課す可能性

同時にトランプの関税政策は、アメリカのGDPにも16%という大きな影響を与えるだろう。必要不可欠な部品が手に入らなくなったり、価格が突然2倍になったりしたらどうなるだろうか?2011年の東日本大震災で世界中の自動車生産が中断されたときを思い出してみてほしい。

日経アジアの報道によると、iPhone 15 Pro Maxのコストの10%は日本製の部品だ(これはアメリカ33%、韓国29%に次ぐ)。だが、ほとんどが中国で組み立てられていることから、ほぼすべての部品に60%の関税を課す可能性がある。

1期目は中国がトランプの主な標的だったため、日本の通商関係者の何人かは「安心した」と語っていた。だが、今回日本はさらに大きな「巻き添え被害」を被るだろう。日本の対中輸出は、中国の対米輸出にかかっているからだ。

過去四半世紀の間、日本の対中輸出の伸びと中国のGDPには50%の相関関係があった。しかし、日本の対中輸出と中国自身の対米輸出の間には、75%というはるかに大きな相関関係があった。韓国とユーロ圏も同様である。日本の輸出と韓国のGDPの伸びには50%の相関関係があるが、韓国の対米輸出には74%の相関関係がある。

エコノミストの大半は、トランプの政策がインフレを復活させ、FRBが現在の予定よりも金利を高く維持せざるをえなくなると考えている。

エコノミストによって影響の大きさは異なるが、広く尊敬されているマーク・ザンディは「トランプの政策は2025年のCPIインフレ率を1.2%ポイント押し上げるだろう」と見積もっている。FRBのインフレ目標がわずか2%であることを考えると、これは大きな数字だ。

金利上昇は、投資家が日本からアメリカや他の裕福な国へ資金をシフトさせるため、円安をもたらす。円安はひいては実質賃金の下落を意味し、ひいては個人消費の減少を意味する。

日本総合研究所によると、1年間で10%の円安が進むと、大手製造業の従業員年収は5.7%上昇するという。輸出と利益を押し上げるからだ。一方、サービス業では2.1%減、中小企業では1.9%減となる。日本の従業員の70%以上は中小企業で働いている。

インフレは一段と加速する

トランプの政策は3つの点でインフレを引き起こすだろう。

まず第1に、トランプの関税は1世帯あたり1700ドル(約26万円)相当の物価上昇をもたらす。

第2に、トランプは2025年末に期限切れとなる2017年の富裕層減税の一部を延長する予定だ。また、2017年に35%から21%へ恒久減税した法人税を15%から20%へと引き下げたいとしている。

これらの減税により、アメリカの財政赤字は年間約5000億ドル、GDPの2%拡大する。すでに完全雇用状態にあるときに財政赤字を拡大すれば、物価が上昇する。

最後に、トランプは労働力不足、特に労働集約的なサービス業において、約400万人の不法移民を強制送還しようとしている。

トランプのアドバイザーの中には、さらに無謀な姿勢を提案する者もいるが、その実現は不透明だ。大統領に金利政策に関する発言権を与えたり、金融機関を規制するFRBの権限を縮小したりして、FRBの独立性を低下させる方法を見つけようとしている者もいる。

大統領にこれを実行する政治的・法的能力があるかどうかは不明だ。もしそれが実現すれば、アメリカの金融政策に対する信頼は大きく低下し、金融市場のボラティリティはさらに高まるだろう。

副大統領候補のJ・D・バンスや前USTR(アメリカ通商代表部)代表のロバート・ライトハイザーなど、ドル安を推進する人物もいる。ライトハイザーは現在、トランプ派のアメリカファースト政策研究所の通商部長を務めている。もちろん、前述したように、トランプの財政・金融政策は実際にドル高をもたらすだろう。

それでもこれらのアドバイザーは、他国が自国通貨高に失敗した場合の「報復」関税を提唱している。1974年通商法第122条は、対米貿易黒字が「大規模かつ深刻」な国に対して最大15%の関税を課すことを認めている。

「より悪い」ものが何かを見ることになる

トランプ1期目の際、ライトハイザーとピーター・ナバロ通商顧問によるこの方向への取り組みは、スティーブン・ムニューシン財務長官やゲーリー・コーン前国家経済会議委員長といったウォール街とつながりのある高官によって阻止された。トランプ2期目には、そのような人物は少なくなるかもしれない。


安倍晋三元首相がトランプと行った2回の首脳会談は、ワシントンではなくトランプの別荘であるマー・ア・ラゴで行われた。日本政府はこの費用を負担せずに済んだが、これによってトランプは費用のほとんどをアメリカの納税者に払わせることになった。

しかし、これらの会談でも、トランプが鉄鋼関税の対象に日本を含めることを止めることはできなかった。当時、日本の政府関係者はより悪い事態は避けられたとして、これを「勝利」と呼んだ。もしトランプ2期目があれば、日本政府は「より悪い」ことがどのようなものかを見ることになるだろう。


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(リチャード・カッツ : 東洋経済 特約記者(在ニューヨーク))