苦手な「EBPM」に官僚が本腰を入れる真の狙い
政策と効果の「因果関係」をデータで示せるか(写真:metamorworks / PIXTA)
7月19日に開催された経済財政諮問会議で、EBPM(証拠に基づく政策立案)の強化に向けてアクションプランを取りまとめるよう、岸田文雄首相は指示を出した。
同日の会議に提出された民間議員ペーパーによると、重要政策・計画ごとに収集データや検証方法、実効性あるEBPMの体制等を定める「EBPMアクションプラン」を本年内に策定する、としている。
EBPMの発端は「GDP推計の改善」
EBPMとは何か。
Evidence-Based Policy Makingの頭字語だが、それを解説した内閣府の説明文が興味深い。EBPMとは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること、である。
「エピソード・ベース」とは、たまたま見聞きした事例や経験(エピソード)のみに基づき政策を立案してしまい、これだけでは根拠や分析が不十分となる。これに対して、「エビデンス・ベース」は、変化が生じた要因についての事実関係をデータで収集し、どのような要因がその変化をもたらしたかをよく考え、データで検証して政策を立案するものであると位置づける。
日本において、EBPMが意味ある形で初めて政治の俎上に載ったのは、2016年12月に経済財政諮問会議で決定した「統計改革の基本方針」だった。
当時は、GDP(国内総生産)の推計が不安定だったことから、正確な景気判断のためにGDP統計を軸にした経済統計の改善を図ることと合わせて、EBPMの定着と推進を図ろうとするものだった。自民党内にも、この時期にEBPMに期待を寄せる議員が複数いた。
これを受けて、2017年1月に、内閣官房に統計改革推進室(2023年11月以降は同行政改革推進本部事務局に業務移管)を設置するとともに、菅義偉官房長官(当時)を議長とする統計改革推進会議が設けられ、EBPMのための体制構築などが議論された。そして、同年5月「最終取りまとめ」を公表した。
その中では、EBPMを推進する取り組みを総括する政策立案総括審議官などを各府省に設置し、その下で所管する行政に関してEBPMを進める体制整備を行うよう提言された。それに基づき、現在では各府省に政策立案総括審議官などのポストが設けられている。
こうして、EBPMは官邸主導で推進されるものと期待された。
「過ちを認めない」官僚の特性がEBPMを阻む
しかし、コロナ禍での政策立案では、それと逆行する動きさえあった。真にEBPMが推進されていれば、2020年度から2023年度まで10兆円単位の巨額の補正予算が組まれることはなかっただろう。そこでは、エビデンス・ベースというよりエピソード・ベースが跋扈した。
これまで、なぜEBPMが浸透してこなかったのか。
一因として挙げられるのは、官僚の無謬性である。
官僚は行政において誤ったことはしない、とか誤ったことをするはずがない、という認識がある。加えて、国民の側も、官僚は誤ったことをしてはならない、という見方が強い。そうすると、前任者が決定した政策について、誤っていたとしてもそれを否定するように改めることは難しい。
しかし、EBPMの発想は、「過ちては改むるに憚ること勿れ」である。過ちと気づいたならばためらうことなく改めるべきである。官僚の無謬性にこだわりが強いと、「改めたほうがよい」というエビデンスがあっても受け入れられない。政権交代がほぼない日本においては、なおさらである。
もう一つの原因は、EBPMに使えるデータが整備されていなかったり、分析体制が整っていなかったりすることである。EBPMを推進する体制は、外部人材を多く採用しなければ、一朝一夕には構築できない。
そうした経緯もあって、冒頭に記したように、「EBPMアクションプラン」の策定という議論になった。
ただ、今般の「EBPMの強化」には、これまでの「EBPMの推進」と違うニュアンスを感じる。それは、これから求められる霞が関におけるEBPMの取り組みににじみ出ているように思える。
政策効果を検証できるデータはあるか
まず、行政改革推進会議は、国の全事業(約5000事業)について、その具体的内容について記載する行政事業レビューシートの改訂を行った。そこでは、行政事業レビューシートを作成する段階から、担当部局にEBPMの発想を浸透させるべく、政策のロジックモデルを記載するよう求めた。
ロジックモデルとは、政策を実現するために投入される資源(インプット)、政策を実施することに伴う活動(アウトプット)と、その結果、期待される成果(アウトカム)について、論理的関係を説明するフローチャートである。
これまでは、政策を講じる際に用いる達成手段(インプット)と期待される成果(アウトカム)の間の因果関係があいまいだったり、こじつけて関係づけてごまかしたりしていた。
今後は、行政事業レビューシートにおいて、政策のロジックモデルに沿った説明を記載することによって、EBPMに向けた端緒となる。
しかし、それだけではEBPMは貫徹しない。最も重要なのは、政策が奏功したか否かを検証できるデータである。しかも、それは、相関関係ではなく因果関係を突き止めるのに資するデータである。単にデータがあったらそれでよいわけではない。
政策のインプットを表す変数とそのアウトカムを表す変数があって、2つの変数の間にどのような関係があるかについて、一方が増えるときに、他方が増えるとか減るとかという関係を統計学的に確認することはできる。
しかし、それは相関関係であって因果関係ではない。2つの変数の間に正の相関関係があるからといって、一方の変数が原因で、他方の変数が結果という関係にあると断じてはならない。
しかも、2つの変数以外の別の変数が作用して、一見するとその両者には強い相関関係があるように見えても、実は「見せかけの相関関係」にすぎない場合もある。
政策対象者だけに変化が生じれば「効果アリ」
因果関係を分析するには、そうした分析が可能な形でデータが入手できなければならない。典型的なケースでは、政策の対象となった企業や個人と対象となっていない企業や個人のデータがそれぞれ入手でき、かつ政策を講じる前と後のデータがそれぞれ入手できると、因果関係の分析が可能になるケースがある。
政策の中には、その対象を絞るケースがある。そうしたケースには、政策を講じる前後の変化と対象者と対象外の者との違いに着目して、その政策にしかるべき効果があったか否かを確認できる。
例えば、ある政策を講じる前は、対象者も対象外の者も違いはなかったものの、政策が講じられた後に対象者にだけある変化が生じたのに対して、対象外の者にはそうした変化がまったく生じていなかった、ということなら、その変化はその政策によって引き起こされたと考えられる。
こうした動きをデータで分析できれば、因果関係を確認することができ、当該政策を原因としてしかるべき成果という結果を引き起こしたという立論が可能となる。こうしたケースならば、まさにEBPMといえるものである。
しかし、いつでもこうした形で因果関係を突き止められるとは限らない。特に、全員を対象とした政策は、対象外となる者がいないため、対象者と対象外の者との間の違いが区別できず、当該政策が原因なのか他の要因が原因なのかが判別できない。
今後策定予定の「EBPMアクションプラン」では、前述のように、収集データや検証方法も視野に入れており、さらなるEBPMの強化が期待される。
こうした取り組みは、なぜ今唱えられているのか。官僚の無謬性があって元来不得手であるEBPMを、ここまで強力に推すからにはワケがあろう。
そのワケは、予算において無理筋な政治的要求を断るための効果的な手段だからだとにらむ。
エビデンスを示せるのは政治家より官僚
コロナ禍では、与党側から過剰な予算要求が横行した。官僚側もそれに悪乗りした面もあるが、無理筋な予算要求を効果的に止める手段がなかった。
しかし、EBPMでは、提案する政策にエビデンスがないなら却下される。EBPMでは、エビデンスを解明する分析を必要とするが、今のところわが国の政党にはそうした機能があまりなく、むしろ中央省庁にその機能がある。
最後の関門は、EBPMについての首相官邸の理解であろう。
官僚がEBPMに則して政策に効果がないと否定しても、「自らの政策に反対するのであれば異動してもらう」などとして聞き入れなかったり、政策の実施を事務方に事前の相談もなく突如決めたりするような首相官邸の姿勢である限り、誰が総理大臣になっても、わが国にEBPMは定着しない。
EBPMによって、国民のためになる政策が選りすぐられてゆくことが、今求められる。
(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)