体操・宮田「五輪辞退は厳しすぎる」に言いたい事
2022年の世界選手権で銅メダルを獲得。今年4月の全日本個人総合選手権で初優勝、5月のNHK杯では3連覇を達成した宮田笙子選手。現在は憔悴しきっているという(写真:Getty Images/Kiyoshi Ota)
7月19日、日本体操協会は、パリ五輪の女子代表選手である宮田笙子選手(順天堂大学)に飲酒、喫煙という規約違反があったとの理由で、宮田選手の代表辞退を発表した。
この決定について、「厳しすぎる」「(辞退は)当然だ」といった賛否両論が起きており、有識者も意見は割れている。
順天堂大学は同日付けで、公式ホームページ上に「本学学生のパリオリンピック出場辞退について」と題した声明を掲載。
謝罪をしつつも、出場辞退に関しては「本人が負う社会的ペナルティーの重さへの懸念から、誠に残念な思いでおります」と表明し、「出場もあり得ると考えておりました」と処分の厳しさをほのめかすような表現をしている。
なお、こちらに関しても、賛否の意見が巻き起こっている状況である。
順天堂大学が掲載した声明文(画像:順天堂大学公式サイトより)
未成年の飲酒、喫煙はどのくらい問題なのか?
筆者としては、今回の判断は、たしかに重いペナルティーではあると思うが、五輪という、世界の多くの人々が注目する国際大会の場で起きたことを考えるとやむを得ないことであると考える。
一方で、宮田選手に関しては、今後も再起のチャンスが得られるよう、寛大な対応を取ってほしいと思っている。
これは、筆者の個人的な意見というだけではなく、客観的に見ても、それが最も妥当であると考えている。
未成年の飲酒や喫煙は違法なので、「問題行為」であることは当然のことだ。しかし、社会的に見てどのくらい問題なのだろうか?
一般的に、不祥事の“深刻さ”を測る基準として、下記が挙げられる。
・被害者がいるか否か
・(被害者がいる場合は)どのくらい大きな被害をおよぼしたのか?
・(被害者がいない場合は)どの程度の社会的影響をおよぼすのか?
通常でいえば、未成年の飲酒や喫煙では被害者は存在しない。本人の健康や発育に支障が出る可能性はあるが、あくまでも「個人の問題」と見なせなくもない。
もちろん、人前で吸うことには受動喫煙の問題があるし、飲酒をして迷惑行為を働くと被害者は出かねないが、あくまでもそれは可能性の話だ。
日本では、成人年齢が18歳に引き下げられたが、酒やたばこの年齢制限は20歳に維持されている。海外では、両者ともに18歳以上とされている国も多く、日本の規制は海外と比べても厳しめと言える。
ちなみに、宮田選手は19歳であり、本人の説明では飲酒も喫煙も今回1度だけの行為だという。
もちろん、法律は国ごとに異なっていても、国民は各国の法律に従わなければならない。違法行為であることには変わりはなく、放置するわけにはならないのも事実だ。
ただし、「一般人」が行ったのであれば、「若気の至り」として大目に見てもらえることも多いだろう。「出場辞退は厳しすぎるのでは?」という意見は、こうした考え方に基づいているのではないかと思う。
五輪という「聖地」で求められる行動
今回の場合は、宮田選手が「一般人」と言えないだけでなく、五輪という特別な場での代表でもある。
日本体操協会の行動規範では、日本代表として活動する場では「20歳以上でも原則的に喫煙は禁止する」と定められている。
日本体操協会だけでなく、五輪はIOC、JOCをはじめ、多くの団体が関わっている。政治家も関わっているし、グローバルの大手企業がパートナー(スポンサー)として名を連ね、契約金を支払っている。
筆者の前職場・広告代理店では、五輪を担当している同僚が何名かいたが、彼らは世界的なプロジェクトに関われることを光栄に思う反面、多方面への配慮と、多くの関係者との調整で大変な思いをしながら仕事をしていた。
代表選手は、文字通り国を代表して出場している。厳しい行動規範や倫理基準が設けられるのは、やむを得ないことでもある。
順天堂大学の声明は、表現には配慮しつつも、真意を表明したものであるとは思う。しかし、いまさら決定が覆される可能性が薄いこと、さらに議論を巻き起こしてしまいかねないことを考えると、謝罪と、宮田選手への指導と支援の意思表明をするにとどめておいたほうが適切だっただろう。
スケートボード選手の「未成年飲酒」はなぜ許された?
今回の件と比較で出されるのが、今年5月のパリ五輪の予選の上海大会で、20歳未満の日本人のスケートボード選手4名が中国国内で飲酒をした件だ。この時は、厳重注意などにとどまり、出場停止には至らなかった。実名も公表されていない。
選手は飲酒する意図がなく、スポンサーのスタッフから、中国では18歳以上は飲酒ができると勧められ、飲酒量も少量だったことから、軽い処分で済んだという。
実際、飲酒や喫煙の年齢制限は、国籍ではなく、滞在国、滞在地の法律や条例が適用される。
フランスでは18歳以上から飲酒、喫煙が認められるが、宮田選手が飲酒、喫煙を行ったとされるのは日本国内であり、法律違反となる。また、飲酒は強化合宿で滞在した北区の味の素ナショナルトレーニングセンター宿泊棟で行われたことであり、やはり団体の行動規範にも反している。
一方で、中国はお酒、たばこが購入可能な年齢は18歳以上だが、喫煙や飲酒の法律による年齢制限は設けられていないという。つまり、スケートボード選手は法律違反をしていないということになる。
ただし、ワールドスケートジャパン(WSJ)の代表選手規程には違反している。どのような処分が適切なのかは、難しい判断であると思う。
いずれにしても、スケートボード選手よりも、宮田選手のほうが重い処分が科されるのは、やはりやむを得ないところがある。
とはいえ、前述のような五輪の特別性、特殊性を鑑みると、宮田選手の代表辞退が厳しすぎたというよりは、スケートボード選手の処分が軽すぎたと見ることもできるだろう。両者を比較して、宮田選手の処分が厳しすぎるとするのは短絡的であると思う。
五輪の選手は、厳しい競争にさらされているのみでなく、国家を背負って大会に臨んでいる。ストレスとプレッシャーは絶大だろう。
代表選手の年齢は概して若く、未成年も多い。アスリートは、競技で勝利するだけでなく、コンプライアンスを遵守し、国民の模範となることが求められる。しかも、衆人環視にさらされ、メディアやSNSで話題にされる。
未成年にこのような役割を負わせることが妥当なことなのか? という疑問は残るが、身体能力のピークとなる年齢を考えると、やむを得ないことではある。若年のアスリートに対しては、大人が最大限に指導、サポートをする必要があるだろう。
宮田選手やスケートボード選手の件についても、「問題を起こさないための適正な指導が行われていたのか?」という点は気になるところだ。オリンピックという大規模な国際イベントで、かつ未成年者が起こした問題となると、表沙汰にできないことも多々あると思われる。
関係者の間では、今回の件はしっかり検証して、再発防止に取り組むべきなのは言うまでもない。一方で、未成年のアスリートが、一度の過ちで今後の選手生命に影響をおよぼさないよう、最大限の配慮を行うべきである。
宮田選手の今回の行為がおよぼした影響は多大ではあるが、厳しい処分はしても、今後についてはできる限り寛容になり、立ち直りのきっかえを与え、それに向けて競技団体や指導者がしっかり指導と支援を行うことが、公正な対処であると思う。
東京五輪で炎上した「小山田圭吾」問題
メディアの報道も同様だ。報道の対象が未成年で、未来のあるアスリートであることを忘れるべきではないし、報道がきっかけとなって巻き起こるSNSでの話題についても配慮してほしい。
さらに付記しておけば、これをきっかけに東京五輪の開閉会式の一連の“不祥事”を再検証してみてはどうかと思う。多くの担当者が、解任されたり、辞任に追い込まれたりしたが、振り返ってみて、はたして正当な判断だったのか。
例えば、開会式の楽曲担当だった小山田圭吾氏に関しては、過去のインタビューから、学生時代の行いがいじめだったのではと問題視された。しかし、一部に誤情報も混じっており、SNSではそれらに踊らされて炎上が起き、小山田氏は歪曲された情報で辞任に追い込まれたことが明らかにされている。
誤情報や過度な報道に流されることなく、冷静かつ公正に判断することが、競技場の外においても求められる態度だ。
(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)