物議醸す「ダイドー株売却」の内幕を丸木氏語る
丸木強(まるき・つよし)/1982年東京大学法学部卒。野村証券を経て、1999年に旧村上ファンドの中核企業となるM&Aコンサルティング創業に参画。2012年ストラテジックキャピタル設立(記者撮影)
アパレルブランド「ニューヨーカー」や「ブルックス ブラザーズ」を展開するダイドーリミテッドに株主提案を行ったアクティビストファンドのストラテジックキャピタル。6月27日の株主総会では6人提案した取締役候補のうち3人が選任された(提案の背景は『老舗アパレルが「株主ファンドと泥試合」の全容』で詳報)。
ところが7月4日、ダイドーが株主還元を大幅に強化すると突如発表したことで事態は急展開を見せた。ストラテジックキャピタルは翌7月5日に、保有していた32.2%の株式をすべて売却したのだ。
取締役会の再編による新体制で株主価値向上を目指すと謳っていただけに、X(旧ツイッター)上などでは全株売却が物議を醸している。その意図を聞くためにストラテジックキャピタルの丸木強代表を直撃した。
ーー保有していたダイドーリミテッド株を7月5日にすべて売却しました。ダイドーが今期1株5円としていた年間配当を今後3年間は100円に引き上げ、50億円程度の自己株買いも行うと発表した翌日のことです。
株価が急騰したのが理由だ。ダイドー株には1000円以上の価値があるはずだと言ってきたが、それがわれわれの思ったタイミング、やり方ではなく、実現してしまった。
われわれは業として投資運用業をやっている。投資家からお金を預かって運用している立場からすると売らざるをえない。投資家に対する受託者責任というものがある。
買収者やアクティビストを追い出すために大幅還元を急に発表する会社がある。ダイドーはまさにそういうことをした。
還元のタイミングとやり方が違う
ーー巨額の株主還元までは求めていなかった?
求めていたものではある。求めていたタイミング、やり方ではなかったということだ。
われわれが株主提案した取締役には次のように伝えていた。経営計画を改めて策定してアパレルビジネスの立て直しや投資計画を考え直してほしい。そのうえで不動産事業をこのまま続けるのかどうか見極めてほしい、と。
私は不動産を売ってほしいと思っていたが、新しい経営計画を数カ月後に見て、もう一度判断する予定だった。しっかりとした手順を踏んで、将来の投資にどれくらいお金が必要なのかを確認したうえで、株主還元をするようにしてほしいと思っていた。
2012年にストラテジックキャピタルを立ち上げてから、レピュテーション(世間からの評判)についてはすごく気にしている。事業のために残すべき現金を確認せずに全部(資産を)売り飛ばして、株主還元をさせるようなことは求めない。
ーーSNS上などでは「ここで売り抜けるのはどうか」と批判的な声が散見されます。
われわれが買い上げることでこの株価にして、そこで売り抜けたのであれば批判もされるだろう。でもそうではない。3月末以降、1株たりとも買ってない。繰り返しだが、1000円を超える水準まで株価が上がったのは、ダイドーの決めた株主還元が理由だ。
われわれは売却という投資判断を新たにした。ほかの株主もこの新しいニュースを受けて判断してよかったかもしれない。(SNSなどは)私自身は見ないんだけど、同僚が教えてくれる。われわれは確かに株主提案への賛同をお願いしてきたが、せめてその総会終了後は、新たなニュースや株価を見てそれぞれの投資家が売買タイミングを判断してもらえないものか。
これまでも、われわれの提案がある程度実現した場合でもそうでない場合でも株価が上がったら株を売っていた。今回も同じことをやっているだけにすぎない。
ーー会社経営を一時的に支配して不動産などを売却処分させ、一時的な高配当で株価が上がったところを売り抜ける。そういう目的でのダイドー株の取得ではなかったのかという指摘についてはどうでしょうか。
今回苦労して、ストラテジックキャピタルとして初めて株主提案を通した。そんな目的でやるわけがない。非常に失礼だ。ふざけるなと言いたい。
仮に株主提案の全員が取締役になっていたら、大増配などの還元にわれわれが賛成するかというと、経営計画を作り直すまでは賛成しないと判断しただろう。そうしないと、自分たちのレピュテーションの問題になってしまう。
ただし、会社の財産は株主の財産でもある。われわれは今回行ってはいないが、そもそも論として、不要な財産を売って株主に返すことを求めたら、なぜいけないのだろうかと思う。
「村上さんに言われてやった」と聞いた
ーーあくまでもダイドーが自ら決めたことだと。
もっと言うと、村上(世彰)さんに言われてやったと聞いている。村上さんが「TOBするぞ」と脅したからだと。
実は株主総会の後、山田政弘さん(会社提案で新たに取締役となり会長兼CEOに就任)にアポイントメントを申し入れていたところ、急きょ会いたいと7月2日に連絡がきて、大増配を発表する前日の7月3日に面談した。
山田さんが話したのはおおむね次のようなことだった。
「村上さんに株式公開買い付けをすると言われた。『TOBされたくなかったら、こういう株主還元をしろ、その前に丸木の了解を取ってこい』と」
山田さんは村上さんの言いなりだった。「翌4日までに答えないとTOBされる」ので翌日までに答えがほしいと言うが、そんなのは今日明日答えるって無理。考える時間がいる。
その日の夕刻、われわれは、ダイドーが株主の議決権行使に関しいろんな干渉をした件についてまずは謝罪するようにメールを送った。株主総会の前、ダイドーは個人株主に電話をかけて議決権行使を変えさせようとした。村上さんに対しても株主提案に賛成するなら新経営陣には会わせないと言った。
メールには、それらを公表して謝罪してほしい、株主還元の案についてはその後に答えると書いた。われわれの了解がないと(還元を)やらないって言っていた。なのでやらないと思ってたが、翌日に発表した。
これが事実だ。今の村上さんの運用規模からすると、なぜそこまでするのだろうと非常に不思議ではあるが。
投資として成功ではあったが
ーー丸木さんと村上さんは今、どのような関係性ですか。
もう10年くらい会ってないが、たまに電話がかかってくる。
今回は私から電話をした。南青山不動産(村上氏の関わる投資会社)がダイドーの大株主になったのを見たから、株主提案に賛成してくれと2回くらい電話で話したかな。彼は賛成するということを言っていた。
ところが総会後に出た臨時報告書で、賛否がすごい僅差だったとわかった。村上さんは謝罪の電話をしてきた。「賛成すると言ったがしなかった。棄権せずに賛成したら、丸木の提案した6人全員通っていた」と。君は噓つきだ、もう電話してくるなと言った。その後、着信拒否にした。
ーーダイドーに対する投資は成功だと言えるのでしょうか。
投資としては成功だろう。でもトータルで成功したかというと、いろいろ思うところがある。村上さんの行動にも、会社側の対応にも、株主提案に賛成してくれた株主、賛成してくれなかった株主、それぞれに対してだ。
われわれアクティビストとは、アクティビスト戦略によって投資リターンを追求する投資家だ。世直しをしてお金儲けをしなくてもいいということではない。
もちろん両方実現したいが、職業としてはお金を預けてもらっている投資家にリターンを出すよう努力しなければならない。とくにうちの場合、8割がアメリカの厳しいプロの投資家だ。
たまたま、株主総会の翌日、ダイドーの株価が800円台のとき、うちに来た投資家がいた。「マルキ、まだ売らないのか。本当に上がるのか」。そうプレッシャーをかけられる。
売るしかなかった状況
ーー5%くらいでも保有して大株主として残り、株主提案で送り込んだ取締役を応援するような形はなかったのでしょうか。
中山俊彦さんが7月9日付で辞任されたことにより、株主提案で選任された取締役は非常勤の方だけになった。中山さんの辞任はわれわれが株を売ったこととは無関係。彼がわれわれの売却を知る前に辞任の意思を直接聞いた。思ったように自分の力を発揮できないと感じたから辞めると決めたそうだ。
残る2人の取締役は、選ばれた以上、すべての株主のために職務を遂行してくれると聞いている。一方でわれわれがダメだと言った人たちが代表取締役に2人就いている。そういう状況で株価がこれだけ上がった。
株価が下がっているなら買い増して(大株主を)続ける可能性もあったかもしれない。だが、あれだけ上がってしまえば買い増すこともできない。
われわれが売ってはいけなかったとしたら、どうしたらよかったのか。ほかに何か方法があったのだろうか。
――もう株主ではありませんが、今後のダイドーをどう見ますか。株価は短期的に上がりましたが。
アパレルビジネスの状況がこの間改善したわけではない。しかし株主からすると直接関係するのは株価と配当だけ。株主価値が大きく上がったことは事実だ。
短期的に株価が上がるのはけしからんというバイアスが日本人にはあるが、その価格をキープできればいい。今の株価水準をキープできるような経営方針を出せるかにかかっている。
巨額の株主還元をする間に、ビジネスを立て直して実績を毎年見せていけば企業価値も上がる。それ次第だ。
(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)
(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)