共和党大会に参加したトランプ氏の支持者

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銃撃から2日後、共和党大会に登場して拳を突き上げるトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

暗殺未遂事件からわずか2日後、ドナルド・トランプ前大統領は、共和党大会開始から約2時間40分経過後、会場に登場します。大歓声が湧き起こり、歓声に応えるようにトランプ氏は何度もガッツポーズをします。

口角と頬は引き上げられ、唇を上下からプレスしています。これらは、誇りや自信があるときに生じる表情です。「銃撃を受けても、自分は大丈夫」「自分は強い」ということをアピールしようとしたのでしょう。

この大会中、トランプ氏は、ガッツポーズとこの表情を何度も見せます。観る者には力強さが印象付けられます。さらに何度も、幸福表情を見せます。「この調子で応援よろしく」と支持者に訴えかけようとしていたのだと考えられます。

また、支持者のスピーチに耳を傾けながら、眉の内側を引き上げる表情を見せる場面があります。スピーチに感動したのでしょう。この眉の内側が引き上げられる表情は、他者の心に共感を引き起こす働きがあります。

この表情を目にすることで支持者は、「トランプ氏こそ、私たちの気持ちをわかってくれる」と強く思うのではないでしょうか。「マッチョで優しい」というアメリカンヒーローの体現です。

過度な自信と恐怖の不足がもたらす危険

しかし、この「マッチョ」を手放しで喜ぶわけにはいきません。ストッパーが不足しているように考えられるからです。端的に言えば、トランプ氏の表情に恐怖がみられない、ということです。

銃撃からたった2日しか経っていません。常人なら多くの人々の前に身をさらすことに恐怖を覚えて当然といえる状況にもかかわらず、常人ならトラウマ体験になっても無理がない出来事に遭遇したにもかかわらず、トランプ氏は恐怖表情を見せません。

先の誇りや自信のシグナル以外にも、こうしたところにトランプ氏の力強さや度胸が見られるのですが、恐怖のなさは無謀と背中合わせでもあります。

例えば、私たちは将来自身の身に何が起こるか不安を抱き、懸念し、恐怖を感じるから保険に加入します。「自分は絶対に大丈夫」と自信満々に思っていたら保険などお金の無駄でしょう。私たちは、恐怖を抱くからこそ、恐怖が現実にならないよう、現実になったとしても被害を抑えられるようさまざまな予防策を立てるのです。

恐怖がなければ(まったくないと言わずとも恐怖心が不足していれば)、潜在的な脅威に注意が向きにくくなるのです。

ガッツポーズが命取りになった可能性も

先日の銃撃直後、シークレットサービスに囲まれながら会場を後にする場面で、トランプ氏は聴衆に向かって顔を見せ、ガッツポーズをしていました。シークレットサービスはトランプ氏に密着し、氏の頭部に手をかざしながら、必死で守っていましたが、もし銃撃犯による第2撃、第3撃があったとしたら、トランプ氏やシークレットサービスは、負傷していたかもしれません。

さらに時を遡ること、2018年6月。シンガポールで米朝首脳会談が開かれ、共同宣言にサインをする場面で、トランプ氏は「朝鮮半島の非核化は、本当にすぐに実現できる」と微塵の怖れも見せず、自信満々に述べていましたが、結局は実現しませんでした。

ゆえに、恐怖心を適度に抱けるというのは為政者にとって必要な資質なのです。

イプソスによる最新の調査によれば、調査対象者となった共和党の有権者の66%が、トランプ氏が銃撃を生き延びたことについて、「神の配慮や意思が働いている」と回答しています(なお、同質問に対する民主党有権者の回答率は11%)。

こうした支持者の考えによって今後トランプ氏が神格化されていくようなことが起これば、「神」側と「そうでない」側が意識化されます。そうでない側は敵になります。

こうした流れが生じた際、(トランプ氏の自信過剰さや支持基盤の熱狂、先月末に行われたバイデンvsトランプのテレビ討論会の結果などから考えると、そうなる可能性は十分あるでしょう)民主主義の価値が問われる事態となります。

思想家の内田樹氏は、オルテガ・イ・ガセットによる「敵と共存する、反対者とともに統治する」という民主主義の定義を一番納得するものとし、投票で多数を制した者が正しいわけではなく、少数派のほうが正しいかもしれないこと、公人とは、多数派の代表なのではなく、反対者を含めて組織の全体を代表する者のことであると述べます。

目下、イプソスの調査によると、7月16日時点の両者の支持率は、バイデン氏41%、トランプ氏43%と、銃撃事件後も今のところは拮抗しているようです。しかし、今後どうなるかわかりません。引き続き、注視していきたいと思います。

参考文献・Web
内田樹『サル化する世界』文藝春秋(2020)
https://www.ipsos.com/en-us/race-presidency-remains-unchanged-wake-assassination-attempt-trump <2024年7月17日アクセス>

(清水 建二 : 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役)